1話 魔法学校の落ちこぼれ
この世には精霊という存在がいる。
精霊は人間や他の動物と違って肉の体を持っておらず、その体は全て魔力でできている。
力の弱い精霊ならば光の点だけの存在であるが、力の強いものだと犬や猫などの動物の姿をとっている。
彼らの特徴は魔力でできたその特別な体だけではなく、人に対して魔法という奇跡を授けることだろう。
人は、精霊と契約することで魔法という奇跡を得ることができる。
彼らのおかげで火を放ち、水を操り、土を加工できるのだ。
人の手でできないことはできるようになり、人の手でできることはより簡単にそれができるようになる。
魔法というのはこの世になくてはならない存在であり、精霊というのはこの世にいなくてなならない存在だ。
しかし精霊と契約をして魔法を使えるということは、逆に言えば精霊と契約できなければ魔法を扱うことができないということだ。
こんなことはこの魔法学校に通う者ならば誰でも知っていることだ。
もちろん、俺だってそんなことは知っていた。
入学以来、一体の精霊とも契約できていない俺でも。
俺の名前はアルバート・レイクラフト。
魔法学校に通う魔法使いの卵だ。
立派な魔法使いになるため、日夜研鑽に励んでいる。
といえば聞こえはいいが、実際のところは俺の評価は落ちこぼれだった。
入学してから1年。
数百もの精霊と契約を行おうと試してみたが、そのすべてと契約に失敗してきた。
精霊との契約なんて、相手を選ばなければ本来は誰でもできる。
精霊には下級・中級・上級・特級・神級と区分わけが存在する。
とはいえ神級なんて契約どころか遭遇すらままならないような特殊な精霊で、普通は契約できるのは特級精霊までと言われているけどな。
下級は望めば誰でもできると言われるくらいには簡単に契約できる。
そして級があがるごとに契約の難しさはあがっていく。
契約を行うのが難しいといわれる上級精霊や特級精霊ならば無理でも、簡単に契約できる下級精霊程度ならば魔法学校の生徒ならば誰でも契約している。
早い者ならば入学当日に。
遅い者でも入学した月の末にはもう精霊と契約している。
たまに半年たっても精霊と契約していない者もいるが、それは最初から上級精霊と契約しようとする無謀な者というだけであり、そういった奴でも諦めて下級精霊と契約を行おうとすればいとも簡単にやってのけるのだ。
そんな下級精霊とすら契約できないのが俺だ。
落ちこぼれ扱いされるのも無理はなかった。
そんな俺が、授業の一環でダンジョンに潜ることになった。
こういった実技の授業はよくあることで、ダンジョンでの実践を経験して魔法の研鑽を測るという趣旨で行われている。
俺は魔法が使えないからダンジョンの時は基本的に役には立たない。
それでもかまわないという仲のいい友人と一緒に潜っていることが多いのだが、今日は少し事情が違った。
普段俺によく絡んでくるクラスメイトのジェイクとその取り巻き数人が、俺と一緒にダンジョンへ潜るよう提案してきたのだ。
不審ではあったが、しかし断る理由もない。
それに担当していた教師が「落ちこぼれのお前はジェイク君の姿を見て学ぶといい」と言ってきたこともあって一緒に行くことになった。
その結果。
俺はダンジョンの途中でジェイクに背中を押されて下層へと落ちてしまった。
片方が険しい崖になっているところでドンと背中を押された。
気が付いた時には宙に投げ出され、そして真っ逆さまに落ちていってしまった。
「あーあ。ダメじゃないか。足を滑らせちゃぁ」
ジェイクは嫌味に笑いながら下層の俺へと話しかけてくる。
「いやー、不幸な事故だなあ」
その発言に「ぶふっ」と取り巻きの2人かが噴き出す。
「あはは、ジェイク君ひでー」
「つーかいまの見た? あの間抜けな声。うわああ、だってよ。だっっっさ。俺思わず笑っちゃったよ」
「魔法の才能ないけど笑いの才能あったんじゃね? 笑い上戸の精霊となら契約できたでしょ」
「精霊と契約? あいつができるわけないだろ。つーかできねえから落ちこぼれなんだし」
「あーあ。落ちこぼれがほんとに落ちちゃったよー」
「あはははは! おいあんま笑かすなって!」
3人ともがこちらを指さしながら笑っている。
その姿にはらわたが煮えくり返りそうになる。
だがしかし、遥か上にいるあいつらに今の俺はなにもできなかった。
「おい、ジェイク! なにすんだよ」
こうして文句を言うのが精いっぱいだ。
「なにする? 落ちこぼれは頭も悪いのか? 背中を押して落としたに決まってるじゃないか」
「ジェイク君。さっきと言ってることちげー」
「え? そうだっけ? なんて設定だっけ?」
「設定って言っちゃったよ」
「まぁいいでしょ。ここにいるの俺ら3人だけだし」
「あの落ちこぼれもいるよ」
「ああ。あいつはいいんだよ」
取り巻きの言葉にジェイクはそう返す。
「あの落ちこぼれは魔法を使えないんだ。ダンジョンの下層で放置してたら生き残れるわけないんだから。というか、そうするために落としたんだし」
「ジェイク! それはどういう――」
「うるさいなあ! お前をダンジョンで殺すために落としたに決まってるだろ。そんなこともわからないのかよ、このグズ」
「なんでそんなことをするんだ。俺が何をしたっていうんだ」
「目障りなんだよ。精霊と契約もできない落ちこぼれが魔法学園にいたら学園自体の品位が下がる。お前のような落ちこぼれと同じクラスにいることすら吐き気を催すくらいだ。自主退学でもすれば見逃してやったのに、いつまでも惨めに学校に残る姿がムカついてさ。だからこうして僕が直々に学園にいる害虫を間引いてやったわけ」
「な――」
学園にいるのが目障り。
たったそれだけの理由で?
たったそれだけのことで、ダンジョンの下層に落とされたのか?
たったそれだけのことで、ここで殺されるのか?
「直接手を下すのはさすがにまずいからね。でもこうして授業中の不幸な事故っていう体ならどうとでもなるじゃん?」
「ジェイク君あったまいいー」
「だろ? 下層にいるモンスターは上級精霊と契約している僕でも手こずるような強いモンスターばかりだ。魔法も使えない落ちこぼれなら抵抗もできずに死ぬだろ。そこで大人しく死ぬのを待つといいさ」
「あはははは! じゃあな落ちこぼれ」
「そこで死んどけばーか」
思い思いの罵詈雑言を吐きながら、ジェイクたちはそこを遠ざかっていく。
「じゃあね、落ちこぼれ。ばいばーい」
最後にそう言い残して、彼らは去って行った。
「おい待て! ふざけるな! くそ!」
悔しさに大声でわめき、地面にある石を蹴り上げて、地団太を踏む。
がしかし、そんなことをしても意味がない。
どれだけ悔しがっても事態は好転するわけではなかった。
「はぁ……どうするか」
暴れてわめいても体力を消費するだけだ。
ひとまず地面に腰を下ろし、これからのことを考える。
まあ、どうするも何もないんだけど。
やれることなんて何もない。
魔法が使えない俺は、宙を舞って崖の上に行って来た道を戻ることはできないし。
攻撃系の魔法を使って魔物を倒して進むこともできない。
通信系の魔法を使ってダンジョンの別の場所にいるであろう友人たちに助けを求めることもできない。
魔法が使えればなんとでもなるはずの状況を俺は何もできずにいた。
ここでじっとして助けが来るのを待つしかないのだ。
待っていたらたまたま他のクラスメイトが通りかかるかもしれない。
あるいは俺が帰ってこないことを心配した教師が探しに来るかもしれない。
そのときに助けてもらえばいい。
それを期待して待つしかない。
「……どこまでも人任せか」
できることは何もない。
ジェイクのことは許せないが、自分では何もできず他人を当てにするしかない今の自分は、ジェイクの言う通り魔法学園にふさわしくないのかもしれない。
いや、そんなことはいまさらか。
周囲の人間に後ろ指をさされたことなんてこれが初めてじゃない。
俺のことを落ちこぼれだと後ろ指を指して笑っていたのはジェイクだけではない。
他の生徒や教師の中にもそう言っていたことは知っている。
直接言われたこともあったし、陰口を言われていることも気づいている。
なかには魔法学園を去れと言われたこともあった。
それに、悪意ではなく善意でそれをいわれたこともある。
精霊と契約できない俺のことを気づかって、魔法学園には向いていないといった教師やクラスメイトたちがいた。
家族にだって、それとなく魔法学園をやめるように勧められたこともある。
「まあそりゃそうだよな。いまのこの体たらくじゃなおさら」
ダンジョンの下層で何もできずにうずくまるこの姿を見れば、誰だって俺に向いていないと言うだろうさ。
ふう、とため息をつく。
「あーダメだダメだ。後ろ向きなってる」
一人ぼっちになると考えが悪い方に行ってしまう。
これじゃだめだ。
特にこの危機的状況でそんな後ろ向きな考えでどうする。
ポジティブに、前向きに考えよう。
そうさ。
魔法が使えなくてもここを乗り切るくらいの面持ちで――。
コツン。
石ころが俺の足にぶつかった。
「ん?」
石ころ?
なんで石ころが俺の足に?
こんなもん自然に転がってくるわけないし、風で転がる大きさじゃない。
というか地下にあるダンジョンに風なんてない。
違和感を覚えた俺は後ろを振り返った。
そこには、四つ足の巨大な魔物がよだれをたらしてそこにいた。
グルルルル、とこちらを見て喉を鳴らしている。
その開いた口からは舌がでてよだれがだらだらと流れている。
俺はこの魔物を知っている。
ベヒーモスという、ダンジョンに出てくる危険な魔物だった。
特徴としては、すごく強くて人を食うのが好きらしい。
そんなベヒーモスが目の前に。
しかも腹が減っていそうな様子。
つまりどういうことか?
俺はいまとてもピンチだということだ。
「うおおおおおお!」
「ガアアアアアアアアアアアア!」
俺が全力で逃げ出すと、それを負ってベヒーモスが走り出した。
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