私の中のわたし
棚倉朱李は、私立高校に通う16歳。この春、2年生に進学するが彼女は憂鬱な気分だった。例えば、火事などで学校が失くなってしまえば、春休み最後の今日世界中の時間が止まってしまえば、なんて考えるほど学校に行くことを拒んでいる。
しかし、願いは虚しく時間は刻一刻と過ぎていく。
窓の外を見ると、空はもう夕暮れ。朱李はカーテンをそっと閉じて、大きな溜息をついた。
「朱李。いい加減起きなさーい。」
聞こえた母の声に目を覚ます。ゆっくりと体を起こすと、カーテンの隙間から眩しい光が差し込んでいる。
ああ、朝なんだ…。
昨夕より更に憂鬱な気持ちになった。
身支度を終え、朝食を摂っているとインターフォンが鳴る。
「ほら、もう迎えに来てくれたわよ。早く食べてしまいなさい。」
母は早口で言いながら玄関に向かった。
「もうすぐ来るから少し待っててね。」
玄関先から聞こえる母の声の後に
「はーい、待ってまーす。」
と答える声がする。
その声に朱李は動悸がするのを感じた。
だが、あまり待たせ過ぎると何をされるか分からない。そんな思いに駆られ、朱李は急いで準備を整えた。
まだダイニングでテレビを観ながら朝食を摂っている父に向かって
「行ってきます。」
と言うと、笑顔のまま無言で手を振る。どうやら、口の中の食べ物を飲み込み切れてないようだ。
そんな父に朱李は少しだけ笑ってみせた。
玄関に行くと、山岸絵麻と談笑している母が朱李に気付いた。
「ああ、やっと来たの?遅いわよ。絵麻ちゃん、いつも迎えに来てくれてありがとね。」
そう言う母に絵麻はニッコリ笑って
「いいえ、大丈夫です。朱李ちゃんは1年の頃からの親友なので。」
そんな絵麻の言葉を聞き朱李は思った。
親友?そんなワケない…
「さ、早く行こ。遅刻しちゃうよ。」
絵麻は朱李の手を引いた。その瞬間絵麻は朱李の手の甲に延びた爪を突き刺してきた。
一瞬の痛みに顔が歪んだが、ここで痛みを発する言葉を言えば更に酷いことをされてしまうかもしれない。
「行ってきます。」
痛みを我慢したまま、母を背に向けて言った。
「行ってらっしゃい。」
後ろから母の明るい声が響いた。
絵麻は朱李と手を繋いだまま100m程歩き、後ろを振り返る。
「ふん、あんたの母親いなくなったね。」
先程とは打って変わった低い声で言いながら、朱李の手を振りほどく。
手の甲を見ると、絵麻の爪痕がくっきりと付いており僅かだが血が滲んでいるように見える。
「ほら、さっさっと持ってよ。重いんだから。」
絵麻は自分のカバンを朱李の顔面に突き付けた。
「…はい。」
朱李は絵麻のカバンを受け取り、右手に自分のカバンを左手に絵麻のカバンを提げた。
それを見た絵麻は、ニヤリと嫌な笑いをして歩き始めた。
朱李の通う高校は、家から徒歩15分程の所にあり近いという理由で選んだ学校だ。
こんなことなら、電車を使ってでも公立の高校を受験するべきだった、と後悔に苛まれる。
山岸絵麻は高校に入学して同じクラスになった。
絵麻の家はバスで20分くらい掛かる。そして、学校に1番近いバス停は朱李の家から数mしか離れていないため、ここでバスを降りることになり必然的に朱李の家の前を通ることになるのだ。
絵麻の父親はこの辺りでは有名な会社の社長であることから、絵麻自身プライドが高く自分より目立つ存在が気に入らない。
入学してからすぐに行われた学力テストで、朱李はクラスでも学年でも断トツで1位を飾った。そのことがきっかけで絵麻は朱李を気に入らない存在と認定し『いじめ』が始まってしまった。
『いじめ』は肉体的な暴力ではなく、クラスのみんなから孤立させ絵麻の“使用人”として精神的に追い込んでいく。
しかも、運の悪いことに朱李の父が勤めている会社は絵麻の父の会社の取引先になっていることで、
もし自分が絵麻に逆らえば父の仕事が失われてしまうかも知れない、とそんな恐怖観念から家族に相談できずにいた。
1度担任に相談をしてみたが、この学校は絵麻の父親から多額の寄付金を貰っているらしく
「絵麻さんと少し話してみるよ。」
と言ってはくれたが、教師の全てが絵麻の顔色を窺うような行動をしているため十中八九話してはいないだろう。
朱李はこのまま高校3年間を絵麻の命令を聞きながら過ごすことになるのか、と思うと絶望しかなかった。
退学して留年してもいいから別の高校に行くことも考えたが、やはり父親の仕事のことを思うと二の足を踏んでしまう。
せめて2年になってからクラスが別れてくれれば、なんて淡い期待を持っていたが不運なことに今年も絵麻と同じクラスになってしまったのだ。
朱李は、地獄のような日々がまた続くことに最早生きていることの意味が見いだせずにいた。
新学期における全校集会が体育館で行われ、校長の長い話を聞き終えそれぞれ教室に戻ろうとした時、担任から声が掛かった。
「誰か、パイプ椅子を倉庫に仕舞ってきてくれ。」
校長や教頭など数名が使っていたパイプ椅子がそのまま取り残されているのを、担任が見つけのだ。
それに答えたのが絵麻だった。
「はーい、先生。私達が片付けますね。」
朱李には絶対見せない朗らかな笑顔で絵麻は言う。
「絵麻さん、悪いね。よろしくお願いします。」
担任はヘコヘコとした態度で体育館を出ていく。
担任の姿が見えなくなった体育館には、絵麻といつも金魚の糞よろしく彼女の後を付いて廻る江本貴代と中西愛希那、そして朱李だけが残った。
貴代が朱李に向かって怒声を響かせた。
「なにボーッと突っ立てんのよ!早く椅子を片付けな!!」
その声に弾かれるように朱李は椅子の側へ駆け寄ろうしたその瞬間、何かに躓きその場に倒れてしまった。
「…痛…」
わずかに呻きながら体を起こそうとすると、
「アハハハ。やあね、どんくさ〜。」
とバカにしたような笑いが聞こえた。
この声は、愛希那だ。
朱李はそう思いながら少しだけ後ろを振り返ると、足を伸ばしたままの愛希那が、ニヤついた顔で朱李を見下げている。
どうやら、愛希那がわざと足を出して朱李を転ばせたようだ。
悔しい…
朱李は黙ったまま立ち上がり、痛む足を引きずりながらパイプ椅子を片付け始めた。
パイプ椅子は全部で6脚。2脚ずつ倉庫前に運ぶ間、絵麻を含む3人は朱李を見ながら何やらコソコソ話してはクスクス笑いをしている。
倉庫の扉を開け、倉庫内の1番奥まった場所にパイプ椅子を運び並べる朱李。絵麻達は倉庫の扉まで来ると、朱李が背を向けているのを確認してから扉を閉めた。扉が閉まる音に気付き、朱李は扉に走り寄り開けようと試みるも鍵も掛けられてしまった。
この扉は外側からのみ鍵が掛けられる為、内側からは開けることは不可能なのだ。
「開けて!ここから出して!!」
朱李は扉を叩きながら叫んだ。
「うるさいわね。黙ってなさい。」
扉の向こうから絵麻の声がする。
「あんたが教室にいなくても誰も気付かないわ。ホームルームが終わって、覚えていたら出してあげるわね。」
「あたし達が忘れていても、先生の誰かが夕方の見廻りで気付くんじゃない?今日中には帰れるだろうから、心配しないでね?」
貴代と愛希那が笑いながら言っている。
「さ、2人とも。教室に戻りましょう。」
「はーい、絵麻さん。帰りにいつものカフェに行きません?期間限定メニューが出てるんですよ。」
3人の話す声が次第に遠ざかっている。
「待って!お願いだからここから出して!!」
懸命に叫ぶ朱李。だが、その願いは聞き届けられず体育館の重い扉が閉まる音が遠くから聞こえた。
閉じ込められた…。
朱李は倉庫の中で座り込んでしまった。
どうして…私が何をしたっていうの…
悔しさと悲しさで朱李の頬に涙が伝う。思わず声を上げて泣いた。
どのくらい座っていたのだろうか。涙はいつの間にか止まっていた。朱李は座ったまま、自分の腕時計を見た。時間は10時20分。全校集会が終わったのが9時40分頃だったと記憶していたので、椅子を片付ける時間を省いて考えると、倉庫に閉じ込められて約30分以上は経っている。
やがて朱李は薄暗い倉庫を見渡してみた。どこか出れる場所はないか、と。
窓はあるが、以前体育館の裏で野球をしていた男子生徒が窓ガラスを割ったことから外側に鉄柵を施したため、脱出することはできない。
朱李は立ち上がり窓の側に歩み寄り、少しだけ窓を開けた。爽やかな風が吹き込んできて淀んでいた倉庫内の空気が一掃されたような感じがした。
朱李は何度か深呼吸をしてから、もう1度回りを見渡すとある場所に目が止まった。
それは、いつからか使われなくなった古い木製の三段棚だ。その1番上の棚の中の小箱に朱李は気付いたのだ。
何だろう?
三段棚の前に置かれた、バレーボールがいくつも入った大きなカゴを動かし近付いて小箱を手に取る。
小箱はオルゴールのように片側が接着された、いわゆる背貼り箱になっており処々に年月を感じる古臭さがある。
朱李は小箱の蓋をそっと開けてみた。中には縫い針が数本と、4、5cmくらいの大きさの人形が5体入っている。人形は作りが粗くよく見ないとそれが何なのか分からない程だ。更に目を凝らして見てみると、どの人形にも無数の小さな穴があった。
もしかして、この針で刺した?何の為に…?
朱李は頭の中を疑問符だけらにしながらも考えを巡らせた。そして、思い出した。以前図書館で読んだある本のことを。
とある田舎町に住む少女の父親が、殺人の容疑者として逮捕された。父親は無罪を主張し続けたが、警察は犯人だと決めつけていた。しかしそれは、少女の母親に一目惚れをした金持ち男の陰謀で、自分が人を殺めた後警察に賄賂を渡し逮捕させた。
父親が警察に拘束されている間、母親を奪おうとしたのだ。
連日連夜の取り調べに、日々疲弊していく父親は留置所の壁に自分の血で【妻と娘へ、俺は潔白だ】と書き残し、自ら命を断ってしまった。
嘆き悲しむ母子に、金持ちの男は慰めるような仕草で近付いたが、母親はその男に靡くことなくひたすら夫の冤罪を司法に訴え続けた。その姿に心打たれた警察官の1人が、匿名で母親に手紙を出し真実を伝えた。事実を知った母親は父親の遺影を前に泣き
続け、少女は金持ち男に憎しみを抱いた。
そして真夜中に家の近くの山林に向かい、金持ち男の名前を書いた藁人形を1本の木に縛り付け、恨みと憎しみを込め釘を打ち込んだ。何度も何度も、『死ね 死ね 死ね』と呟きながら。
それから数週間経った頃、金持ち男が原因不明の病に侵され苦しみながら亡くなったことを聞いた。
少女は『ざまぁみろ』と言い残し、母親と共に町を去って行った、という物語だった。
丑の刻参りなどという言葉があるが、朱李は非科学的なことは信じていないので、この物語も言ってみればただの本に過ぎなかった。しかし今、藁ではなくフェルトのような生地で作られた人形を見つめ、
もしかしたら…。
半信半疑ではありながらも、朱李の心の中に自分ではない自分が出てこようとする感覚があった。
絵麻達には何度苦杯をなめさせられただろうか。
朱李の部屋にあった祖母の形見のブローチを盗られたこと。買い物に付き合わされ荷物を全て持たせられたこと。パシリとしていくつもの店に行かされたこと。宿題や提出課題の代行。その他にも様々な嫌がらせをされてきた。
そんな思い出したくもない記憶を呼び覚ますうちに、絵麻達への憎悪が膨らんできた。
朱李は1体の人形を床に置き左手で抑えた。右手に針を持ち、しばらく人形を眺めた。
私があなたに何をしたの?あなたの何がそんなに偉いの?父親の嵩を盾にしているけど、社長はあなたの父親であって、あなたじゃない!私は…山岸絵麻の奴隷じゃない!!
そう思った瞬間、朱李は勢いよく針を人形に突き刺した!無意識に何度も何度も、朱李は右腕を振り下ろしていた。
「朱李さーん、いますかぁ?」
その声に我に返った。
誰!?
朱李は肩で荒い息をしながら、扉を見つめた。
「朱李さーん。」
朱李の名前を呼ぶその声は、段々と近付いてくる。
朱李は人形に目をやると、どれだけの力で刺し続けていたのだろう、と怖くなるくらい人形は形を崩してしまっている。
そして、右手に持っている針も先が潰れている。
朱李は思わず針を投げ捨てた。
と、とにかく急いで片付けなくちゃ!
人形を小箱に直し三段棚に戻した。そして、扉に向かい
「私はここです!倉庫の中にいます!!」
と叫んだ。
すると、扉の外でカチャカチャと音がしたかと思うと扉が開き女性が覗き込んできた。
「あっ、朱李さん。見つかって良かった。」
ニコニコと笑うその女性は、数学の教師で朱李のクラスの副担任でもある先生だった。
「あ、相川先生…。」
朱李は言いしれぬ安心感を感じた。
「絵麻さん達に聞いたら、椅子を片付けた後焦っていたからもしかしたら体育館に置いてきちゃったかも、って言ってたの。朱李さんがなかなか戻って来ないから3人とも慌てていたわよ。」
相川先生は相変わらずニコニコと笑っている。
朱李は絵麻達がウソを付いていることに腹立たしさを覚えた。
ウソつき!自分達がわざと閉じ込めたくせに!!!
「さあ、教室に戻ろう。」
相川先生に促され、朱李はコクンと頷いた。
階段を昇り教室へ続く廊下を曲がると、人だかりができていた。みんな顔を真っ青にして朱李のクラスを見ながら何やらボソボソと話をしている。
「何かあったんでしょうか?」
朱李が相川先生に問うと、さあ?という感じで首を傾げた。
朱李と相川先生は人だかりを縫って自分の教室に向かっていると、何やら呻き声のような唸り声のような、どっちともつかない声が響いている。
「救急車は呼びました!」
他のクラスの教師が叫んでいる。
え?救急車?
朱李は急いで教室に向かい集まった生徒達の隙間から覗くと、クラスメイトはみんな教室の端に集まって不安気な様子だ。
「絵麻さん!しっかりして!!」
声の方向に目を向けるとそこには貴代と愛希那が座り込んでいる。そして、2人の視線の先を追うとそこには悶え苦しみ暴れ回る絵麻の姿があった。
朱李はフラフラとしながらも近付いてみた。
絵麻は、両手で首や胸の辺りを押さえ
「…苦しい…痛い…助けて…。」
と今まで聞いたことのない弱々しい声で助けを求め、顔は涙と苦痛でグチャグチャになっている。
朱李は口元に手を当て、ついさっきまでの自分の行為を思い出す。
ウソ…まさか…ね。
程なくして救急車が到着し絵麻は運ばれて行った。
朱李を含む生徒達は緊急事態により、1時間程早く帰宅させられた。
朱李は急いで体育館の倉庫に行き例の小箱をカバンに素早く仕舞い込んだ後、自宅まで走って帰った。
自宅玄関を開け、母がいつもいるダイニングに入った。が、母は居らずテーブルに朱李の昼食がラップをした状態で置かれており、そのすぐ側に
【夕方までには帰ります。母より】
と書かれたメモがあった。
朱李は着替を済ませ、昼食を摂った後自室に籠もった。カバンに仕舞った小箱を取り出し、蓋を開け形の崩れた人形を取り出す。
この人形…本物なのかも知れない。
朱李は思わず口角が上がっていくのを感じた。自分でも驚くくらい、絵麻のあの状態を喜んでいるのだ。朱李はベッドに倒れ込み、人形を胸に抱いたまま寝入ってしまった。
夜になり、夕食の後片付けを母と共にしていると電話が鳴り、母が応対する。
「朱李。相川先生から電話よ。」
そう言われ、受話器を渡された。
「はい、代わりました。」
『あ、朱李さん。あの、実はね…』
相川先生は歯切れ悪く話し出した。
『…絵麻さん、病院に運ばれたんだけど…残念ながら亡くなったわ。』
その言葉に息を呑んだ。
「亡くなった…んですか。分かりました。わざわざありがとうございます。」
『あの、朱李さん!ショックなのは分かるわ。あなた達いつも一緒にいたんだもの。いつでも相談に乗るから!ね。』
胸にスーッと冷たいモノが走った。
「…はい、ありがとうございます。では。」
受話器を置いたその手をグッと握り締めた。
先程の相川先生の言葉がリフレインする。
ショック…?いつも一緒にいた…?そうね、いつも一緒にいたけど、ショックじゃないわ。むしろ、嬉しいわ。
再び、口角を上げる。
「フフ…ウフフ…アーハッハッハ。」
突然笑い出した朱李を見て母が声を掛ける。
「ど、どうしたの?相川先生、何のご用だったの?」
「アハハ。聞いてよ。絵麻さんが亡くなったんだって!」
喜びながら人の死を伝える自分の娘を見て、母の顔色が悪くなった。
「ちょ、ちょっと!あなた、大丈夫?」
母は絵麻の突然の死に、娘の頭がおかしくなったのではないか、と心配になったようだ。
「大丈夫大丈夫。笑っちゃダメだよね。ごめーん。」
そう言い残し朱李は自室に入っていった。
小箱を開け、人形達を見つめる。
この子達がいればもう何も怖くないわ。貴代も愛希那も、私に何かしてくるなら絵麻と同じ目に合わせてやる!
朱李は、満面の笑みを湛え5体の人形に
「ありがとう。これからもよろしくね。」
と言った。
絵麻の突然の死から1ヶ月が経った。その間、貴代と愛希那は一切朱李に話し掛けてくることはなかった。それ以前に、絵麻という後ろ盾を失くしたせいか2人とも今までのように大きな顔をしなくなったのだ。
絵麻の恐怖から解放されたお陰なのか、少しずつクラスメイトが朱李と話すようになってきた。
朱李自身も、元々持ち合わせていた明るい性格が戻って来たようで楽しい学校生活を送れるようになってきた。
そして今日も学校に行く時間になった。
「お父さん、お母さん。行ってきます。」
屈託のない笑顔で両親に挨拶をする。
「行ってらっしゃい。気を付けるんだぞ。」
父も笑顔で朱李を見送った。朱李の姿が遠くなった時、母は父に話し掛けた。
「ねぇ、あなた。最近朱李おかしくないかしら?」
「え?そうか?1年生の頃はあんまり元気がないように感じていたけど、気のせいだったのかなって思うよ。」
「気付かないの?あの子、時々すごく怖い顔をしているのよ。まるで私の娘じゃなくなったような…。」
「おいおい、そんなこと言うなよ。友達が亡くなってまだ不安定な気持ちもあるんだよ。俺達でちゃんと見守ろう。」
「ええ…そうね。」
「それじゃ、俺も仕事に行ってくる。」
そう言って玄関先にあるブリーフケースを持って、バス停に向かって行った。夫を見送った母は、静かに玄関ドアの鍵を締める。そして、朱李の部屋に入って行き、ベッド下から小箱を取り出した。
絵麻の死から少し後に、朱李の部屋の掃除をしている時に見つけたのだ。
中に入っている不気味な5体の人形。そのうちの1体は形が崩れている。母はその崩れた人形を手に取って裏返す。そこには名前がマジックで書いてあった。
絵麻。