恋人代行を見つける
貞操観念が逆転した世界。
男が守られ、女性が社会の主導権を握り、恋愛の主導権まで女性が握る。
そんな価値観の違いに驚かされ続けていたが、もっと深刻な問題があった。
──金がない。
手持ちの財布を開いてみたが、中に入っていたのは数枚の紙幣と小銭だけ。スマホで銀行の残高を確認するが、当然のように減ったまま補充されることはない。
思い返せば、俺は大学生だ。異世界に飛ばされたとはいえ、どうやらこの世界での身分は元の世界と同じらしい。
となると、当然ながら……仕送りなんてものは期待できない。
生活費を稼がないと、すぐにでも詰む。
いくら男が貴重な存在だと言われていようが、誰かが勝手に養ってくれるわけじゃないだろう。
……となると、仕事を探さなきゃならない。
さっそく求人情報を調べてみる。
ただ、ここでまた一つ壁にぶち当たった。
男性向けの求人がやたらと「負担の少ない仕事」に偏っている。
『男性歓迎! 軽作業中心!』
『男性専用のストレスフリー職場! ゆったり働けます!』
『優しい女性スタッフがしっかりサポート!』
……うん、なんか違う。
俺としては、普通にガッツリ稼げる仕事を探してるんだけどな。
試しにカフェのアルバイト募集を見てみると、こんな条件が書かれていた。
『男性バイトは接客なし! 女性スタッフがすべて対応します』
……え、俺にできる仕事、めちゃくちゃ限られてない?
いや、確かにこの世界では「男性は大事にされるべき存在」って価値観だから、無理に働かせようとはしないんだろうけど。
でも、俺には金がいる。生きるために。
こうなったら、何でもいいから稼げる仕事を──
そんな時、偶然目にしたのが 『恋人代行サービス』 という仕事だった。
求人サイトで、ひときわ異色な募集が目に入った。
『男性スタッフ急募! 高時給! 貴重な時間を有意義に使いませんか?』
詳細を開くと、仕事内容の説明が書かれていた。
『恋人代行とは、忙しい女性たちのために一定の時間、疑似恋愛を提供するサービスです。デートをしたり、甘い言葉を囁いたり、特別な時間を演出します。』
……なにこれ?
一瞬、怪しい仕事なのかと疑ったが、口コミや評価を見ても、どうやら普通に認知されている職業らしい。
さらに説明を読んでいくと、この世界の価値観が色濃く反映されていることに気づいた。
『多くの女性は、男性と関係を築くことに苦労しています。そのため、恋愛経験を積むために恋人代行を利用する方も少なくありません。』
つまり──
この世界では、男が「選ぶ側」だから、普通に恋愛しようとしても女性側が苦労する。
だから、仕事として 「恋愛経験を積む場」 を提供するサービスが成り立つってことか?
なるほど、貞操観念が逆転している世界ならではの発想だな。
それにしても……
「甘い言葉を囁いたり、特別な時間を演出します」 って、俺にできるんだろうか。
だが、高時給なのは確かだ。
正直、今の俺には選んでいる余裕はない。
──やるしかない、か。
こうして、俺は 恋人代行という仕事に足を踏み入れることになった。