逆転している
ニュースの「男女比1:5」「男性は貴重な存在」── その言葉を聞いた時、俺はようやく違和感の正体をはっきりと理解した。
この世界は、男が圧倒的に少ない。
だから、街を歩いているのは女性ばかりだった。だから、カフェで出会ったスーツ姿の女性も、店員も、妙に俺に対して優しかった。
でも、それだけじゃない。男女の比率が違うだけなら、もっと普通の世界に近いはずだ。
決定的に違うのは、この世界の「常識」だ。
ニュースの続きをぼんやりと聞きながら、コーヒーを飲んでいると驚愕な事実に気づいた。
『男性の安全確保のため、ナイトレジャーエリアでの警備を強化』
『新たなハラスメント防止条例が施行。女性による執拗なアプローチには厳罰も』
『企業は男性社員の健康とストレス管理を徹底し、過重労働を防ぐこと』
……なんだ、この違和感の塊みたいなニュースは。
まるで、男が「守られるべき存在」みたいな扱いを受けている。
俺がいた世界では、どちらかというと女性の方がそういう保護を受ける側だった。でも、この世界では真逆だ。
SNSを開いてみても、驚くべき投稿ばかりが目に入る。
『彼氏が夜道を歩くなんて信じられない。危ないから送り迎えしてあげなきゃ』
『男友達が残業してるって聞いて怒りが止まらない! 会社はもっと男性のケアを考えるべき』
『うちの弟が通学中にナンパされて怖かったって……男の子を一人で歩かせるのは本当に危険だよね』
もはやカルチャーショックを通り越して、俺の中の「常識」が根底から崩れるような感覚に襲われた。
さらに調べてみると、この社会の構造も俺のいた世界とはまったく違っていた。
女性が社会の主導権を握り、政治、経済、企業のトップのほとんどが女性。
「男女平等」という言葉は存在するけれど、実態は女性優位の社会で、男性はどちらかというと 「大切にされるが、積極的に社会で活躍することは求められない」 立場だった。
就職情報サイトを開くと、違いがさらにはっきりする。
『男性歓迎! 負担の少ない働き方が可能!』
『男性社員専用の休憩スペースあり! ストレスケアを重視』
『男性の残業ゼロを推進! 仕事よりもプライベートを大切に』
働く女性たちの声も見つかった。
『男性に家にいてほしいって思うのは私だけ? 私がバリバリ働くから、家庭を支えてほしい』
『彼氏がフルタイムで働きたいって言うんだけど、正直ちょっと不安。男性がストレス抱えるのって良くないし……』
つまり、この世界では 「男性は積極的に社会進出しなくてもいい」という価値観が浸透している ということだ。
そして、もうひとつ──
ここまで来て、俺はあることに気づいた。
──この世界、男の貞操がめちゃくちゃ重視されている。
試しに「男性の恋愛事情」について検索してみると、信じられないような記事が山ほど出てきた。
『男性は慎重に恋人を選ぶべき。安易な交際は危険』
『貞操観念のしっかりした男性は好感度が高い! 軽率な関係は敬遠されがち』
『女性側が誠実さを証明するために「交際申請」を提出する文化も』
……いや、待てよ。
つまり、ここでは「男が簡単に恋愛しないのが美徳」ってことか?
実際、掲示板の恋愛相談スレを覗いてみると、こんな書き込みが並んでいた。
『彼に好きって伝えたら、もっとお互いを知ってからって言われた……誠実な人で嬉しいけど、どうしたら振り向いてもらえる?』
『アプローチしてる男性に「付き合うなら結婚前提で」って言われた。これって脈アリ?』
『好きな人にデートに誘ってもらう方法を教えてください……男性から誘ってくれることって少ないよね』
──完全に逆だ。
俺のいた世界では、どちらかというと男が女性にアプローチして、女性が選ぶ側に回ることが多かった。でも、ここでは 「男性が選ぶ側」 になっている。
しかも、「貞操観念がしっかりしている男性がモテる」なんて、俺の世界と完全に逆の価値観だ。
だから、女性たちは「男に振り向いてもらおう」と必死になり、アプローチに積極的なのか……?
確信──ここは、貞操観念が逆転した世界だ
街を歩けば、スーツを着て颯爽と歩くキャリアウーマンが、スーツ姿の男に「今度、食事でもどう?」と声をかける。
店では、店員の女性が「よかったらまた来てね」と 男性客に優しく微笑みながら手を振る。
広告には「誠実な男性は素敵!」と書かれ、掲示板では「どうすれば好きな男性に選んでもらえるか」が議論されている。
俺は、異世界に来た。
しかも、男女の価値観が真逆になった世界に。
──この事実に、ようやく頭が追いついた。
……さて、どうする?
ここでの生き方を考えなきゃならない。
この世界で、男として。