白瀬家のご令嬢
「あなたは、常に品位を保たねばなりません」
幼い頃から、そう言われ続けてきた。
白瀬家は、代々名門企業を経営する一族。
私もまた、その家に生まれた以上、「一流の女性」として育てられることを宿命づけられていた。
立ち居振る舞い、言葉遣い、礼儀作法。
すべてにおいて完璧でなければならない。
食事のマナーを間違えれば、母に優雅な微笑みのまま諭される。
無駄に騒げば、父の冷静な視線が飛んでくる。
──私は、間違えられない。
周囲の令嬢たちと同じように、私は「一流の女性」として生きることを求められた。
でも、それがどれほど窮屈なことなのか、誰も教えてはくれなかった。
──この世界では、恋愛において「男性が選ぶ側」「女性が選ばれる側」という構図が当たり前だった。
男性は希少な存在であり、女性の方が圧倒的に多い。
そのため、女性たちは競い合うようにして「選ばれる努力」をする。
可愛らしさ、気配り、男性を心地よくさせる仕草や言葉。
どれも、「男性にとって魅力的な女性であること」を前提としたスキルとして磨かれる。
その結果、この世界では「恋愛市場における女性の価値」が自然と定まっていた。
男性たちは、基本的に「庇護される存在」として育てられる。
危険なことから遠ざけられ、無理をしなくても周囲の女性たちが手を差し伸べてくれる。
だからこそ、恋愛においても男性たちは「守ってあげたくなる女性」を好む傾向が強い。
控えめで、男性に尽くす女性。家庭的で、穏やかに支えてくれる女性。男性を立てることができる女性
これらの要素を持つ女性ほど、恋愛市場では人気が高い。
反対に、「強い女性」「自立した女性」は、男性から敬遠されることが多い。
あまりにも優秀な女性は、「自分には釣り合わない」と思われる。
自立している女性は、「自分がいなくても生きていける」と判断される。
自信を持ちすぎている女性は、「生意気で可愛げがない」と言われる
この世界の恋愛市場では、女性の成功は必ずしもプラスに働かない。
では、「名門のお嬢様」である白瀬梨花は、恋愛市場においてどう扱われるのか?
──答えは、「最初から対象外とされる」 だった。
名門の家柄に生まれ、教育を受け、知性や品位を備えている。
それは、本来であれば魅力的な要素であるはず。
だが、この世界では、それが「高嶺の花」ではなく、「近寄りがたい存在」 になってしまう。
「お嬢様は、自分たちとは住む世界が違う」
「絶対に自分を見下しているに違いない」
「どうせ、理想が高いんだろう」
そんな偏見のせいで、白瀬梨花は最初から恋愛対象として見てもらえないことが多かった。
実際、彼女は男性に対して高飛車な態度を取ったことはない。
だが、「お嬢様」という肩書だけで、先入観を持たれてしまうのだ。
この世界の女性たちは、基本的に「男性に尽くすこと」を教え込まれる。
男性にとって居心地の良い空間を作る。
男性が求めるものを察し、献身的に支える。
それが、「モテる女性」の条件だった。
だが、名門の令嬢たちは、そうした訓練を受けてこなかった。
令嬢には「品格」が求められ、自らアプローチするのは「品位に欠ける」とされる。 「尽くす」のではなく、「敬われる」ことが当たり前とされる
つまり、令嬢たちは「選ばれるための努力」を学ぶ機会がなかったのだ。
梨花も例外ではなかった。
「白瀬家の令嬢として、恥ずかしくない振る舞いをしなさい」
「高貴な女性としての誇りを持ちなさい」
そう教えられ、育ってきた。
しかし、「高貴で誇り高い女性」は、この世界の恋愛市場では価値が低かった。
男性たちは、可愛げがあり、頼ってくれる女性を求める。
自立した令嬢は、彼らにとって「付き合うメリット」がなかったのだ。
社交界においても、令嬢たちは密かに競争を繰り広げていた。
「いかに有望な男性に選ばれるか」
それが、彼女たちにとっての最重要課題だった。
婚約の話が進めば、周囲の評価が上がる
名家の血筋を保つため、適切な相手を見つけなければならない
男性の取り合いが発生するため、女性たちは日々努力を続ける
──しかし、白瀬梨花には「選ばれる」ことがなかった。
彼女は令嬢たちの中でも特に秀でた存在であり、「品格」においては他の追随を許さなかった。
だが、それが仇となった。
彼女は「憧れの対象」にはなっても、「恋愛対象」にはならなかったのだ。
どれだけ努力しても、「誰にも選ばれない」という現実。
それは、彼女のプライドを少しずつ傷つけていった。
貞操逆転社会では、女性は選ばれるために努力しなければならない
名門令嬢は、男性に媚びることを許されない
この矛盾が、梨花を「選ばれない存在」にしてしまった。
梨花が心のどこかで、恋愛に憧れていたことは間違いない。
しかし、彼女はその方法を知らないまま、大人になってしまった。
気づけば、彼女の周囲にいた令嬢たちは次々に「選ばれて」いった。
──そして、梨花はずっと「一人」のままだった。




