異変に気づく
──カーテンの隙間から、朝日が差し込んでいる。
「……ん?」
まぶたを開けると、見慣れない天井が目に入った。
いや、それどころか…… 部屋自体が違う。
俺――天城透の部屋は、六畳一間のボロアパート。古びた畳と薄汚れた壁、狭いキッチンに小さな折り畳みの机。それが俺の生活のすべてだったはずだ。
でも今、俺が寝ているのは ふかふかのベッド の上。
部屋も広いし、床はフローリングで、壁も白く清潔感がある。家具はシンプルながらも、どこか統一感があってオシャレだ。
明らかに、俺の部屋じゃない。
「……は? なんで?」
寝ぼけているのかと思い、バッと起き上がる。すると、隣に置かれていたスマホが目に入った。
手に取ってロックを解除する。
「……あれ?」
ホーム画面のアイコンが微妙に違う。見慣れたアプリがない代わりに、聞いたこともないアプリが並んでいる。
さらに、カレンダーの表記や、通貨の単位も変だ。
「……何だ、これ?」
一気に眠気が吹き飛び、心臓が早鐘のように鳴り始める。
街に出ると、明らかな異変
とにかく、この状況を把握する必要がある。
俺はすぐに部屋を飛び出し、エレベーターで一階へ向かった。
外に出た瞬間、違和感の正体をはっきりと感じる。
──通りを歩く ほぼ全員が女性 だった。
「……え?」
たまたまなのかと思ったが、視線を巡らせても、やはり圧倒的に女性が多い。
しかも、見かける男性は数えるほどで、皆どこか遠慮がちに歩いている。
肩をすくめ、女性とすれ違うたびに少し身を引くような動き。
明らかに、俺の知っている日常とは違う。
「……気のせいか?」
不安を紛らわすために、近くのカフェに入ることにした。
ドアを開けると、店内は落ち着いた雰囲気で、女性客が大半を占めている。
レジに向かおうとすると、俺の後ろに並んでいた スーツ姿の女性 が、気さくに話しかけてきた。
「ねえ、君、一人?」
唐突な問いかけに、一瞬、俺は言葉を詰まらせる。
「え? あ、まあ……」
「珍しいね。普通、彼女と一緒に来るもんでしょ?」
「……は?」
意味がわからず、聞き返そうとしたが、彼女はニコリと微笑みながら続けた。
「それとも、フリー?」
「え、いや……」
何で初対面の人にそんなこと聞かれなきゃならないんだ? 俺、ナンパされてるのか?
違和感を抱えたままレジに進むと、今度は店員が柔らかい笑みを浮かべながら言った。
「ご注文は?」
「あ、コーヒーを……」
「かしこまりました。……ねえ、よかったら、今日の分は私が奢ってあげる。次、また来てくれる?」
「え?」
思わず固まる。
奢る? いや、何で? 俺、店員と初対面のはずだけど……
「えっと、いいですよ、自分で払います」と言うと、店員は 少し驚いたような顔 をした後、「しっかりしてるんですね」と笑った。
意味がわからない。普通、こういう場合って 男性が奢る側じゃないのか?
俺は妙な胸騒ぎを覚えながら、コーヒーを持って席に着いた。
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ふと、壁際にあるテレビの音声が耳に入った。
『本日のニュースです。今年の出生統計が発表されました。男女比は例年通り、男性1に対して女性5の割合 となっています』
──ピタッ。
カップを持つ手が止まる。
『男性は引き続き貴重な存在として、社会全体での保護が求められています』
俺は思わず テレビを凝視した。
『政府は男性の負担軽減のため、企業にさらなる時短勤務の推奨を求め──』
……何を言ってるんだ?
男女比が1:5……? 俺がいた世界と全然違うじゃないか!?
脳裏に、今までの出来事がフラッシュバックする。
──通りには女性ばかり。
──すれ違う男性は控えめな態度。
──女性が積極的に男性にアプローチ。
──店員が「奢る」と言った。
──「彼女と一緒に来ないの?」という言葉。
……まさか。
俺は 頭の中で、その可能性を思い浮かべたくなかった。
でも、あまりにも状況が一致しすぎている。
だから、俺はようやくその言葉を、心の中で認めざるを得なかった。
──この世界、貞操観念が逆転してる……!