もっと 気をつけて
「 ―― どこかで、ひっかけられたんですねえ」
女の指はふれることもなくヒコイチの顔の前までもちあげられ、その指先から、なにか光るものがのびている。
蜘蛛の糸か?
そこできゅうに、腕や顔のさらけだされたところへ、いくつも糸がかかってきたいやな感触をおもいおこした。
「 そういやあ・・・。 ここにでるまでの山道で、いやにあちこちかかっちまって、道をかえようとしてたんだ」
そこへ、鈴の音が? ・・・いや、おかしい・・・
「それなら、お寺さんのほうで世話してくれましょうよ」
「寺?」
遠くからみたときには、この小さな集落のそばにはそんなものみえなかったが・・・。
ああ、と女はわらうようにあごをひき、ちょいと山よりのほうになるんですよ、と肩越しにふりむくように山をみた。その山の裾に、木々とは異なるあお色の銅板でできた屋根がしっかりとあった。
あんなところに、ずいぶんと立派な・・・
「お寺におぼうさまはいまいらっしゃらないでしょうが、お寺をまもってる方がいらっしゃるんでね。その方にたのめば一夜くらいはしのげましょうよ」
「ああ、なら、そこへいってみるさ」
さきほどの寒気をおもいだし、目の前の女の家に世話にならずにすんだことに、なんだか胸をなでおろしたいほどだった。
ねんのため、オチョウの顔をみて、ありがとな、と礼をくちにする。
女のうしろから何か言いたそうにでたこどもの顔は、母親である女とよく似ていた。
「オチョウちゃんの鞠のおかげで、今夜は夜露にぬれなくてすみそうだ」
「そうね、よかったね。 ―― もっと気をつけてね」
最後はまた、えらそうにつけたしたが、母親の着物のそでをつかんでみあげるその顔は、困ったこどものなさけないようなかわいらしい顔だったので、そうするさ、とすなおにうなずいた。