オチョウの母親
「アれ、旅のかたですか?」
オチョウとよばれたこどもの後ろに立ったのは、あかぬけた雰囲気の街にでもいそうな女だった。
「だからカアさま、鞠が、ころがっていっちまったの」
「そうかい。ウゴウさまは?」
「なんだか鼻にしわをよせて、どこかにいっちゃった」
「わっかたよ。じゃあ、オチョウにあとを頼んだんだね。ああ、お若いかた、山をぬけて街道にでるおつもりですか?」
おんながヒコイチにほほえみかけるようにきいた。
「 いや、抜ける前に、ここでちょいとやっかいになろうとおもったんだが、飯と横になれるところを世話してくれそうな旦那をしらねえかい?」
銭はもう残っていないし、きょうの朝、きのう世話になった家でもらった餡いりの団子をあぶって食ってからなにもくちにしていない。
「力仕事だったらなんでもやるぜ。読み書きもいちおうできる」
この女の旦那がなにか仕事をくれたらはなしははやい。
ヒコイチはオチョウにわらいかけてみたが、こどもは母親の影にかくれてしまった。
その母親が、つい、と白い手をヒコイチへとのばす。
ぞぞぞ
首から背を寒気がかけて、身をひこうとしたのに動けない。