サゲンの《まじない》
っっご どっ べきべきっ ばきっ ど ど ど おおお
すごい音がして地がゆれて、手足がしびれ息をととのえるヒコイチも身をおこした。
はいずってゆき大岩からみおろした沼は、おもったよりも小さい。
揺れと音はおさまっていた。
深そうな沼の淵に、折れた大きな木がかたむき、枝を張った上の部分を横にのこしたまま根元の方だけが、ぶきりぶちり、と土中の根をあらわにしながら、あおい水のなかへとひきいれられてゆくのをヒコイチはみる。
「《水神》の気をしずめるのに、あの木におまえの身代わりになってもらったわ」
また、うしろから、ゲンではない声がした。
たしかによくみると、木にはいくつもの糸がまきついているのがわかる。ヒコイチはそっと手をあわせた。
「なあ、あんた、あの寺の坊さんなんだろう?ウゴウさま」
「おれが『ぼうさん』だと?」
嫌そうな声がかえり、わらいごえがつづいた。
「 ―― 坊主じゃねえよ。サゲンとおなじ身分でな。 まあいい、とにかくおまえ、サゲンのいうとおり、おもしろいやつだな。にぎり飯といっしょに置いてあったサゲンの《かきつけ》を懐におさめたな?」
「ああだって、『もってゆけ』ってあったし、ゲンって名もはいってたからよ」
捨ておくわけにはいかねえだろうというヒコイチのこたえに、ウゴウは楽しそうにこたえる。
「それだから、懐からとびでたあいつが木を倒したのよ。 みてみろ、あいつがおのれから誰かを助けるなぞ、あまりないぞ」
「懐って・・・」
「あの紙はサゲンの《まじない》だからな」
まだ音をたてて沼にひきこまれる大木の残されよこたわった枝に『ゲン』さんだとおもっていた『サゲン』はたっている。みたこともないかたちの斧のようなものを肩にかつぎ、ひきこまれてゆく切り株へ片手の指を立てたり曲げたりしながらなにかをとなえている。
その両目はひらき、目玉は ―― 。
「あいつの《術》なら《水神》も身代わりだと気づかねえだろ。さあ、おまえはもう、さっさとかえれよ」
うしろから背をつつかれた。
つぎで終わります




