ヒコイチという若者
ヒコイチは、十二のとき郷をでて、それからずっと旅をしながら、ところどころで小銭をかせぐ暮らしをしている、無頼漢すれすれの若者だ。
でてきた郷は山間だが、ヒコイチがじいさんと暮らしていたのは、山の中だ。
その、山の中では、ときどき、すこしふしぎなことが起こる。
じいさんと暮らしていたころは、それも自然にうけいれて、それほど気にしていなかったのだが、じいさんが死んでひとりになってから、そういう『ふしぎ』がおこると、なんだか寒気をおぼえるようになった。 それでも、里の人たちがうちにこい、というのを断り、ひとりで山の中の小屋に住み続けた。
そこをでたのは、ヒコイチが山にはいってる間に、小屋の中が荒らされたからだ。
里の人ではないと思うが、動物に荒らされたものではなかった。行李の中まであけられいた。
死んだじいさんが持っていたものを狙ったのかもしれない。
そう思ったので、世話になった里の人たちにもなにもいわずに、そこをでた。
十五をすぎてもそれほどからだは育たず小柄だが、力もあるし、けんかに強い。
ただし、強盗と強姦、もちろん殺しには手をかさないときめている。
じぶんが山道などで強盗にあったときは、相手が刃物をもっていようが、三人組までなら、徹底的にいためつける。それ以上の数にかこまれたときはさからわず、見せ金を放って逃げることにしている。なりゆきで『山賊』におそわれている旅人を助けたことが数度あるが、礼金は遠慮せずにもらうし、つぎの宿場までいっしょにとさそわれ、その宿で《いろいろ》礼をうけるときもある。賭け事には手をださない。宿場で薪割りをしたり、集落をみつけては田んぼを手伝ったり、農家のてつだいなどをして、食い物や小銭をもらい、どうにか旅をつづけているのだ。