すこしちがう
ヒコイチはあいたくちがふさがらなかった。
力にももちろん驚いたが、すべてが見えているような動きだ。だが、やはり、目はとじたままだ。
「すげえもんだなあ。 ゲンさんはこの寺でなにかの修行をしてるのかい?」
「いいや。寺の世話をして、坊主をときどき手伝うだけだ。だいたいこんなところで修行などしても・・・そうか、ヒトの坊主は寺で修行するのか・・・」
なにかおもいだしたようにぶつぶつとうなっていたが、この寺ではそういうことはしない、と力強くいいきった。
「 ―― まあ、すこしほかの寺とは違うので気になるかもしれんが」
「そうなのかい。おれはお寺さんには、人のいねえ荒れ寺で軒をかりるぐらいしか世話になったことがねえんで、そこのところはわからねえが。ゲンさんが目がみえねえってのに、たいしたもんだからよ」
「 ―― そうか、まあ、あれだ。慣れよ、慣れ」
すべてはそういうことだとつけたすようにわらう男に、ヒコイチはめずらしく心からかんしんしてしまった。
空になった桶をかさねて棒にとおしたゲンが庫裏にもどってゆく背中を見送りうなっていたら、ふいに、こちらの背中もだれかにみられているような気がしてふりかえる。
オチョウちゃん・・・じゃ ねえな・・・
ヒコイチのことをじっとみているこどもは、オチョウよりはとしが上だが、まだ十ほどの女のこどもだ。みたこともない白地に金糸銀糸がまばゆい着物をきて、鼻緒の白い黒いぽっくり下駄をはいている。長い髪がみたことのない結い方で頭の鉢にまきつけてある。




