うたいながらかえる
ヒコイチは川にそって奥へのぼってゆき、ようやく浅瀬のあるところをみつけた。
ちょうどむこうがわは深くなり、大きな石の近くがよどんでいる。
河原の石をころがして裏についた虫をみつけると、それを餌にしてもたされた竿で釣りをはじめた。
川で魚を釣るのもひさしぶりで、じいさんと釣りをしたときを思い出す。
あっというまに四匹釣れたが、一匹かえし、三匹をかごにいれ腰にさげる。
ふたつの桶にみずをくんで天秤にさげ、きたときとはちがい、おおまわりでもなるべく平らな道でもどることにした。
寺にかえってきたときに、じぶんがちいさく唄をうたっていることにヒコイチはきづいた。
じいさんがヒコイチをおぶってくれたころにときどき唄っていた唄なのだが、ところどころしかおぼえていない。その、ところどころをつないで、くりかえしくりかえし、唄うしかないのだが、郷をでてから、いままでうたったことなんかあったか?
「おう、ヒコ、はやかったな」
「っ!?」
じいさんかとおもってふりかえったら、ゲンが立っていた。
寄ってきて桶の中に手をつけて驚いた顔をする。
「桶の水がこんなに残ったまま戻ってこられるとはなあ。風呂にじゅうぶんつかえるな」
「いや、なんなら、もういちど汲みにいくけどよ」
「いや、いいさ。魚はどうだった?」
「それが、針をおとすとすぐにイワナがかかってきた」
「何匹だ?」
「三匹でいいだろう?おれは一匹でたりる。ゲンさんは二匹くえばいい」
「そうか、すまんな」
そういってヒコイチがかつぐ天秤棒を、片手でつかみあげた。まっすぐ風呂釜へとよって首の後ろに棒をかけかえると、左右にふって棒の先にある桶の水をうつす。




