一度ぐらい“噂を生み出す側”になりたいと思って「世界を陰から操る秘密組織」をでっち上げることにした
“噂”というのは俺たちの社会生活と切っても切れない関係にある。
学校に通ってた時は、常に噂話があちこちで飛び交ってたからな。
「○○と××は付き合ってるらしいぞ!」
「あのボスを10ターン以内に倒すと、仲間になるんだって!」
「△△先生って離婚したことあるらしいよ」
「放課後に三階のトイレに行くと幽霊が……」
「□□って暴走族の友達がいて、集会にも出たことあるんだって」
挙げてみればキリがない。ほとんどが真偽なんか不明だったけど、とにかくそれだけ子供は噂話が好きってことだ。
いや、社会人になったって噂話はつきまとう。
人事異動のこととか、ボーナスの額はどうなるとか、どこどこの会社は危ないとか。
それこそスマホやパソコンをちょいといじれば、ネット上は噂まみれだ。
芸能界の噂とか、未解決事件の真相とか、あの名作ゲームがリメイクされるらしいなんてリーク情報とか、噂話が乱雑に並べられている。
どうぞ、お好きなのをお楽しみ下さい、といった風情だ。
このように大小さまざまな噂に接してきた俺だが、ふと思った。
そういえば噂を耳にすることはあるけど、噂を生み出す側になったことはないなぁ、と。
テレビ番組のドッキリ企画でいえば、いつも驚かされて、仕掛け人になったことはないようなものだ。
噂に振り回されるだけじゃつまらない。一度ぐらい噂を生み出して、人々を振り回す側になりたい。
今ならネットを使えば、簡単に作り話をばら撒ける。
そういう作り話の中で特に出来のいいものは噂となって流れ、やがて「都市伝説」だとか呼ばれるようになるんだろう。
「よし……俺も一つチャレンジしてみるか!」
それからの俺は余暇を“新しい噂話作り”に費やすようになった。
どんな噂にしてみようか。
どうせやるならスケールの大きい話にしたい。あの歴史的大事件の裏には……とか、それぐらいのやつを。
だったら、こういうのはどうだろう?
世界にはごく少数の選ばれた人間だけで構成された集団がいて、世界は全てそいつらが思い通りに動かしてるってのは。
あの国で起こったテロも、今あの国とあの国が戦争してるのも、あのウイルスが世界的に流行したのも、ぜーんぶそいつらが裏で糸を引いてるってわけだ。
世界中のほとんどの人間は知らず知らずのうちに、そいつらが敷いたレールの上を走っているに過ぎないってこと。
さっそく組織名を決めないとな。どんな名前にしよう。
“世界”を動かすわけだからWorld。
あと“秘密”の組織だから、Secret。
“団体”を意味するAssociation。
『World Secret Association』略して『WSA』これでいこう!
おおっ、なんかそれっぽいじゃないか!
構成人数はずばり777人! スリーセブン!
国籍人種年齢性別問わず、能力の高い者が選ばれる超が10回ぐらいつくエリート集団。
本部はどこにしよう。
確か国連の本部はニューヨークだったよな、同じにするか? いや、それじゃ芸がない。それに『WSA』にとっては国連だって操り人形に過ぎないんだ。
本部の場所は南極にしよう。あんな寒いところ滅多に人は来ないし秘密の会議をする上でうってつけだ。年に一度、『WSA』のメンバーは南極に集まって、その年の世界をどうするか決定するんだ。
メンバーは、あの国の大統領、あの国の首相、他にも俺の好きなあの大女優もメンバーだってことにしちゃおう。
……とまぁ、プラモを組み立てるみたいに『WSA』の設定を作っていった。
やがて――
「……できた!」
世界を陰で操る秘密組織『WSA』が完成した。
あとはこれをネット上にさりげなく流していけば、
「『WSA』って知ってる?」
「聞いたことある。世界を裏で牛耳ってる団体だろ?」
「ハリウッド俳優の××もメンバーらしいよ」
こんな感じで噂は拡散していくはず……。
生まれて初めて俺が“噂を生み出した側”になれるんだ。
さっそく俺は都市伝説好きが集まるような掲示板とかコミュニティとかを探して、『WSA』について書き込んでいった。
他にも色んな場所で「世界には『WSA』って組織があって……」なんて触れ回っていく。
花壇に種を植えるようなとても楽しいひと時だった。
ところが、二日、三日経っても、噂が拡散される様子はない。
なんていうか、みんな俺の書き込みに対して無反応なのだ。
ばら撒き方が足りないのかな、と思って、さらに範囲を広げてみるが結果は同じ。
こんなはずじゃなかったのに……と俺は顔をしかめる。
ある日ようやく反応があった。
ところが、その内容は思いもよらぬものだった。
『なんで秘密組織が自分でシークレットを名乗ってるんだよw』
『南極が本部って不便すぎない?』
『“ぼくがかんがえたすごいそしき”って感じ』
こんな具合に思いきりダメ出しされてしまった。
唇から乾いた笑いが出た。
ようするに、俺の考えた『WSA』は噂として広まるにはあまりにも出来が悪かったってことだ。
なんだか急速に冷めてしまって、俺はその日以来『WSA』を噂として広める活動をやめたし、そもそも『WSA』について考えなくなった。
どんなブームも必ず終わりの時が来る。俺の中での“噂を生み出そうブーム”はこれにて終了である。
***
二週間ぐらい経っただろうか。
夜中にドアホンが鳴った。
出前も宅配便も頼んでないし、これといって近所づきあいもない俺には心当たりがなかったが、とりあえず玄関に出てドアを開けてみる。
すると、黒服の男が三人立っていた。
いずれもサングラスをかけて、体格もよく、いかにも映画に出てくるようなエージェントといった感じの雰囲気だった。
「どちら様で……?」
面食らいつつも俺は尋ねる。
三人のうち、真ん中の男が言った。
「『WSA』の者、といえば分かるだろう」
「……へ?」
すみません、何も分からないんですが、と返したくなる。
「よくもまあ、『WSA』についてあれだけ調べ上げたものだ」
わけが分からない。調べ上げたもなにも、『WSA』は俺が作った架空の秘密組織のはずだ。
「職場や家族関係も洗っても『WSA』に繋がるものは出なかった……。何者だ、貴様?」
「いえ、ただの会社員ですけど……」
「嘘をつくな。ただの会社員に我々『WSA』をこれだけ調べ上げられるわけなかろう!」
「調べるもなにも、俺は……」
「なにしろ、組織の名前、構成人数、本部の場所、会議の頻度など、全てが正確だったのだからな。それをあんな風に拡散させおって……」
「ええっ……!?」
俺は狼狽しつつ、頭の中で一つの仮説を組み立てつつあった。
ひょっとしてこの世には本当に『WSA』なる秘密組織があって、その組織の概要は、俺が考え出した設定と一致しまくっていたということか。
偶然にも程があるだろう。俺は叫びたくなった。
とにかく、このことを説明しないと――
「まぁいい……この場で貴様を消せば、全て解決することだ」
黒服は銃を突きつけてきた。
冷たい銃口がまっすぐに俺を狙っている。
ここで俺の人生、終わりかよ。あまりにもあっけない。
――その時だった。
何かボールのような物が投げ込まれ、ボンと音がしたかと思うと、紫色の煙が辺りに広がった。
漫画とかでよく見る「煙玉」だ。
「くっ!」
「誰だ!?」
「ゲホッ、ゲホッ!」
黒服たちが視界を失ってる隙に、誰かが俺を抱え上げ、猛スピードでその場を離れた。
連中もこっちに向けて何発か発砲してきたが、幸い当たらなかった。
た、助かった……。
気持ちが落ち着いてきて、俺を助けてくれた人を見る。
金髪で白いスーツを着た、大柄な男だった。
「助けてくれてありがとう……」
俺が礼を言うと、白スーツ男は走りながら、暑苦しい笑顔を見せる。
「礼など不要。君を死なせるわけには絶対にいかなかったからね」
「どういうことでしょう?」
「単独で『WSA』をあそこまで調べ上げる調査力、それをネットで堂々と公開する勇気。我が組織に絶対必要な人材だ!」
また『WSA』かよ。嫌な予感がする。
「あの、あなたは……?」
「『WSA』と敵対関係にある組織の者……といえば分かるだろう」
悪いけど全然分からん。
「我々は近く『WSA』を打ち倒し、この世界を根こそぎひっくり返す! ぜひとも力を貸してくれたまえ!」
俺を抱えている腕に力が加わった。
断ればこのまま絞め殺す、と言わんばかりに。
俺は痛みで「はい……」と答えるしかなかった。
「ではこのまま、我々の仲間の元に向かう! 共に世界を変えよう!」
抱えられながら考える。
俺はどうなってしまうのだろう。
この後「俺は噂を生み出した側になりたくて『WSA』という組織をでっちあげたら、たまたま実在した『WSA』と何もかも一致してしまっただけ」と正直に話したとして、許してもらえるのだろうか。というか、そもそも信じてもらえるのだろうか。
このままなし崩し的に世界を牛耳る集団とそれに歯向かう集団の争いに巻き込まれていくのだろうか。
全く先が見えない。
もしかしたら、さっき『WSA』を名乗る奴らに撃ち殺されてた方がまだマシだったのでは、とすら思えてきた。
完
お読み下さいましてありがとうございました。
夏のホラー企画に参加してみました。