転生した教師は、逆ハーレムをやめさせたい
補足
・アイシャは既婚。年齢は20代半ば。旦那様は候爵家当主。女主人として仕事もしながら、教職もしている。
・騎士団の本部と訓練場は、王城と同じ敷地内。
騎士団。それはまさに高嶺の花。
剣術に自信のある者、騎士の家系を継ぐ者、モテたい者にとっては、就きたい職業ナンバーワンだ。まあ、三つ目は動機が不純ではあるが。
そんな騎士団の訓練は、普段であれば非公開。しかし私は王弟殿下からのご褒美で、そんな訓練を見学させて貰えることになった。言ってみるものだよね!そして今日は、その当日だ。
「ようこそ、アイシャ・ガルダ侯爵夫人。お話は聞いています。私は騎士団長のモードリス・ゼブラです」
「初めまして、アイシャ・ガルダでございます。此の度は貴重なお時間を割いて頂き、ありがとうございます」
騎士団長・モードリス。子爵家の出自ではあるけれども、実力で団長にまで上り詰めたまさに実力者。歳は三十代だというが、それよりも上に見えるのは貫禄からだろう。
「見学、ということですが」
「はい。生徒達の中には、騎士団を目指す者もいますから。進路相談をされた時に、答えられないのは恥ずかしくて」
私の勤め先である国立学校は、騎士の養成学科がある。生徒数は少ないが、騎士団付属の養成学校にも引けを取らないと評価されている。
「勉強熱心な先生だ。では、一日の流れからご説明していきますね」
「よろしくお願い致します」
応接室で説明を受けながら、受け取った資料の出来に驚いた。感嘆の声が洩れなかったのは、褒めて欲しい。綺麗な字で要点をまとめられたそれは、作成した人物がとても優秀であることを窺わせている。騎士団の事務職と聞くと『雑用でしょ?』という返答を良くされるが、これを見る限りでは王宮の事務でも仕事が出来るはずだ。むしろ、王宮の事務官たちよりも優秀かもしれない。
「以上が、一日の流れです。ご不明な点はありますか?」
「いいえ。とても分かりやすかったです。ただ……」
「ただ?」
「その……この資料を作られた方は、とても仕事の出来る方なのだろうな、と思いまして」
関係ないことですみません、と苦笑を零すと、モードリスは一瞬驚愕した。しかしすぐに表情を戻し、会話を再開させる。
「いやぁ、貴女のような才女にそう言われるとは。本人も喜びます」
どこか照れたように笑うモードリスを見て、ピンときた。きてしまった。
(これはもしかして、というやつ?でも団長さんのそういった話は、聞いたことないのよね)
「それでは、訓練場へ案内します。こちらへどうぞ」
「はい、よろしくお願い致します」
慌てて淑女の仮面を被り直し、モードリスの後をついて行く。建物の外に出ると、何人かの騎士たちとすれ違った。ここでは貴族階級も平民も関係無く、共に訓練をしているというが、誰もがしっかりとした礼儀作法をしていた。
(騎士科の生徒の中には、平民の子もいたわね。礼儀作法の授業、増やしたほうがいいかも)
近日中に行われる職員会議で進言しよう、と私が密かに決めた頃、モードリスの足が止まった。
「ここが訓練場です。剣術指導と対戦訓練は中庭で、筋力訓練は奥にある基礎訓練棟で行っています。簡易浴室もそこにあります」
「これは、思ったよりも広いですね」
「先々代の団長が、『筋肉も鍛えてこそ!』という方でしてね。その方が考案した訓練方法が、今でも残っています」
指し示された基礎訓練棟は、レンガ造りの2階建てで、外から中を伺う事はできない。しかし外観に汚れなどはなく、訓練場も手入れがされている。どうやら、定期的に清掃員が来ているようだ。
「凄い、迫力ですね……」
「あまり近付かないよう、気をつけて。この石畳のところまで、ふっ飛ばされる者もおりますので」
「まあ!ここまで?!」
剣術訓練中の剣戟音を聞きながら、モードリスとアイシャは会話を続ける。極秘のものを除き、モードリスはとても快活に質問に答えてくれた。
「では次の場所へ。騎士団の食堂が」
「だから!なぜ無理なのか説明しなさい!」
一通りの説明と見学が終わり、次の見学先へモードリスが案内をしようとしたその時、訓練場に女性の怒声が響いた。その瞬間、モードリスの顔が曇ったのを、私は見逃さなかった。
「なんでしょうか?」
声がした方へ視線を向けると、どこから現れたのか、真っ白な修道服と思われるものを身に纏った女性が、一人の騎士へと詰め寄っているところだった。その女性の後ろには、貴族と思われる男性が三人。皆それぞれ、タイプは違えどイケメンと呼ばれる顔立ちをしている。
「いや、ですから、僕はまだ新米なので……」
「そんなの、わたくしと共に旅をすればレベルも上がるし、いずれは団長にもなれると言っているでしょう!」
「ですが………」
詳しい内容までは分からないが、どうやら、騎士を勧誘しているらしいことは分かった。ただし、女性の発言に些か問題はあるが。
「申し訳ありません、お見苦しいものをお見せしてしまいました。さ、こちらに」
「お気になさらず。ところで、あの方は?」
「……あの方は、巫女姫様です」
「え」
『巫女姫様』
それはこの国で、古より伝わる聖なる力を持った姫君のことを指す。初代国王と共にこの地を収め、その力で民を癒やし、平穏を齎したという、伝説の女性だ。しかし、ただのおとぎ話ではない。現に今でも王家の血筋から、数十年に一人、その聖なる力を持った女児が産まれているのだ。
(簡単に言えば、聖女という方よね。聖なる力がどういう力なのかは、明言されていないけど)
今代の巫女姫様は、第二王女だ。幼い頃にその力が認められ、厳しい修行を積んでいると聞く。
だが、どう見ても訓練場で騎士に声を荒げている女性には、王家の者に求められるお淑やかさも、気品もない。
「それは……お疲れ様です」
思わず、労いの言葉が出てしまうのは、致し方無いだろう。騎士団の仕事には、王族の警護もある。普段からああなのであれば、現場は大変だ。それに対して、モードリスは苦笑するだけに留めた。視線を戻すと、巫女姫様と騎士の間にはいつの間にか別の騎士が入り、膠着状態に陥っている。
「いいから、わたくしと行きましょう!あなたがいないと、マオウを倒せないのです!」
そろそろモードリスが止めに入ろうか、とした時、巫女姫様から聞き捨てならない言葉が聞こえた。私はそれを聞いた瞬間、モードリスよりも先に、そこへ足を進めていた。
「お話の途中、失礼致します。お伺いしたい事がございます。よろしいでしょうか?」
口論を続ける彼らの傍へ歩み寄ると、感情を淑女の笑みで隠し、カーテシーをする。その姿に男性陣は微かに感嘆の息を漏らしたが、それとは対象的に、巫女姫様の視線に嫌悪が混じった。
「どなたかしら?わたくし、この方と今話しをしているのだけど」
「ご歓談中に申し訳ございません、姫様。私、国立学校で教鞭をとっております、ガルダと申します。教師としてお伺いしたい事がございまして、失礼とは知りつつ、お声掛けさせていただきました」
丁寧な言葉と礼儀を崩さないまま、不敬になるギリギリのところを狙って言葉を紡いでいく。姓のみを名乗ったのも、もちろんワザとだ。しかしこれだけでは怒ることも出来ないのか、巫女姫様は一瞬不快を示すだけだった。
「あら、そうでしたの。それで、何を聞きたいのですか?」
「ありがとうございます。それでは姫様、マオウ、という人物についてご存知でしょうか?」
「当たり前じゃない!マオウはこの国を、いえこの世界を狙う悪辣非道な者ですわ。ですからわたくし、彼らと共に、マオウを倒しに行く予定です」
「そうでしたか」
表情を崩さないまま頷くと、気を良くしたのか、その後も巫女姫様は「どうやってマオウを倒すのか」について、止まることなく話し続けた。それを聞きながら、私の後を追いかけてきたモードリスと、騎士二人の顔は曇っていく。
「姫様のお話は分かりました。そこで私、一つ疑問なのですが」
「あら、まだ何か?」
「はい。マオウ率いるマ族と我が国、そして周辺諸国との間で交わされた『国家・民族間の友好条約』について、ご存知でしょうか?」
「…………?」
私の質問に対し、巫女姫様は微かにだが首を傾げた。本来であれば、即答できて当たり前の質問なのに。それも、王族であれば尚更。
しかし、巫女姫様は即答できなかった。これには侍っていた貴族子息たちも、何かがおかしいと、ようやく気付いたのだろう。ゆっくりとした動作で、数歩後退し始めた。
「では代わりに、騎士の方。貴方はご存知ですか?」
左隣りに立つ、巫女姫様から勧誘をされていた騎士に視線を向けると、彼はよく通る声で「はい」と返事をしてくれた。些か緊張をしているのは、私の後ろに騎士団長がいるせいだろう。
「王国歴五九二年に制定されました。その内容は『マ族は国を持たぬ代わりに、各国への入国・出国・商売・就労・居住を認める』『各国はマ族に対する弾圧・排除、及び居住区への侵略をしない』といったものです」
「正解です。それでは姫様。この友好条約が有効である現在、姫様が行おうとしていることは、条約違反ではないのでしょうか?」
淑女の笑みをたたえたまま、巫女姫様と正面から視線を合わせ言い切る。しかしその目は、笑っていないだろう。実は私、とても怒っているのです。
「確かに我が国はもちろんのこと、世界各国でマ族とマオウへの弾圧は強いものでした。けれどもそれは、今からおよそ二百年も前の話です」
驚き、目を見開いたまま固まる巫女姫様へ、追い打ちをかけていく。
「それでは、再度お伺いいたします。姫様はマオウについて、何を、ご存知なのでしょうか?」
「え、と………それは、だから…………」
視線を彷徨わせ、言葉に詰まる巫女姫様を見つめながら、私はその人を待つ。近付いてくる足音と甲冑の音に、巫女姫様が気付く様子はない。
「そんなの、おかしい………そう!そんなのは、おかしいです!だってここはあのゲームの世界なんだから、マオウが世界征服を狙っていないはずがありません!だから」
「もうやめろ」
再び大声を出して主張を始めた巫女姫様の言葉に被せるように、凛とした声が発せられた。後ろを振り向くと、そこには予想通りの麗人が一人。その場に居る巫女姫様以外の者たちは、一斉に膝をついた。
「ああ、顔を上げてくれ。ここは屋外だから、服が汚れてしまう」
モードリスが習い立ち上がれば、麗人の後ろに控えていた騎士たちが動き出した。もちろん、向かう先は巫女姫様とその取り巻きだ。
「キャロル、国王陛下が詳しい話を聞きたいそうだ。そこの君たちも一緒に、な」
「なんでですか、お兄様!わたくしはまだ、この方にお話がっ!」
「その必要はない。連れて行ってくれ」
五、六人の騎士に連れられ、巫女姫様と取り巻きの子息たちは去って行く。項垂れていた子息たちは、事の重大さを理解しているのだろう。しかし巫女姫様の顔には、怒りと悔しさがありありと浮かんでいた。
(あれは反省しなさそうね)
思わず溜息を一つ溢せば、麗人がこちらを向いた。直ぐ様、カーテシーをする。
「国立学校のアイシャ・ガルダ先生ですね。初めまして、ユリウス・フォン・ジゼーリアです」
「お初にお目にかかります、王太子殿下。アイシャ・ガルダでございます。あのようなお見苦しい姿をお見せし、申し訳ございません」
「いやいや、噂にたぐわぬ知識を見せてもらいました」
そう、この麗人、我が国の王太子殿下なのだ。つまり、先程までここで騒いでいた巫女姫様の兄上だ。
「ただ、今日ここであったことは他言無用でお願いします」
「勿論でございます。私は本日、騎士団の見学に訪れただけです」
姿勢を正して頷けば、小さく微笑まれた。このやり取りだけで、私が他言しないことは伝わったようだ。まあ流石に問題があり過ぎて、お茶会のネタにも出来ないのだけれども。
「では、私はこの辺で失礼します。モードリス、後は頼んだ」
「御意」
片手を上げて挨拶をすると、来たときの同じように、王太子殿下は騎士を連れて帰って行った。ここから先の事に、私は関わるべきではないので、静かにお見送りだけする。
「アイシャ様」
「モードリス様、申し訳ございませんでした。教師として、歴史を愛する者として、どうしても聞き逃すことが出来ず、飛び出してしまいました」
静けさが戻った訓練場で、私は深々と頭を下げ謝罪をする。本来であれば、あのまま見なかったことにするのが一番だったはずだ。それなのに、私は首を突っ込んでしまい、挙げ句の果てには巫女姫様を言い負かしてしまった。
「いえ、謝るのはこちらです。危害を加えらる可能性もある中、お守りすることも出来ず、申し訳ありませんでした」
「そんな!今回は私が悪いのですから。どうか、謝らないでください」
「ですが……」
お互いに譲らず、どうしようかと思い始めた時、靴音が聞こえた。無意識にそちらへ視線を向けると、そこには見知らぬ男性が一人。
「まったく、何やっているんですかアナタ。お客人を困らせないでくださいよ」
「ユイヒ」
モードリスの横に並んだ男性は、高身長の彼と同じくらいの身長だった。しかしそれよりも、私が驚いたのは、彼の容姿だった。
「紹介します、アイシャ様。この者は騎士団専属書記官の、ユイヒです。お渡しした資料の、作成者です」
「初めまして、ユイヒ・ゼブラです。とんだ茶番に巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」
「初めまして、アイシャ・ガルダです。資料拝見しました。とても素晴らしい出来で、お会いしてみたいと思っていたのです。あの、失礼ですが貴方は………」
「ええ、お気付きの通りです」
小麦色の肌。漆黒の髪と瞳。耳は尖り、いくつものピアスが付けられている。腰まで届きそうな髪は後ろで束ねられ、服装は王宮勤めの文官のものだが、胸元を飾るブローチには彼らを象徴する蝶が刻まれている。
そう、彼こそが『マ族』である。
(なるほど。だから団長は、私を止めなかったのね)
あそこで、モードリスは力づくで私を止めることもできたはずだ。しかし彼は私を止めることはせず、事の成り行きを見守っていた。あの巫女姫様の言動がずっと続いていたのならば、きっと腹に据えかねていたのだろう。だって、モードリスの伴侶こそが、マ族なのだから。
「知らなかったとはいえ、失礼いたしました。それと、おめでとうございます」
満面の笑みで祝福をすると、二人は顔を見合わせた。するとモードリスは、微かに頬を染めて黙り込むユイヒの腰を抱き寄せ、口元に人差し指を立てた。
「ありがとうございます。ですが、どうかこれは内密にお願いします。色々と、まだ五月蝿いものでして」
「勿論ですわ」
モードリスの手を外そうと藻掻くユイヒを見ながら、私は内心で拳を高く上げる。
(ありがとうございまーーーーす!!ゴチです!!これで半年は萌えられます!!)
そんな胸中でのお祭り騒ぎはおくびにも出さず、私は笑顔を保つ。モードリスもユイヒも、どこか安心した顔をしている。
そしてそのまま三人で、来た道を引き返した。まだ見学をしたい場所も聞きたいこともあったが、モードリスはこの後忙しいだろう。
「ここで結構ですわ。本日は、本当にありがとうございました」
「いえ、至らない点を見せてしまい申し訳ありませんでした。今後、騎士科の生徒たち向けの体験会などもしてみようと思います」
「まぁ!それは大変嬉しいです!正式決定をした際には、よろしくお願いいたします」
城門まで来たところで、別れの挨拶をする。モードリスから嬉しい申し出をされ、会議に上げる議題が増えたことに喜んだ。仕事は増えるが、生徒たちの選択肢が増えることは喜ばしいことだ。
「それでは、これで」
「お気をつけてお帰りください」
「またご連絡させていただきます」
二人に見守られながら、馬車へ乗り込む。窓越しに会釈をすれば、手を上げて返してくれた。
そして馬車が走り出し、御者にも声が聞こえないことを確認すると、私は思いっきり叫んだ。
「細マッチョ×細マッチョとかサイコーなんですけど!!!ありがとうございます!!!」
私はアイシャ。歴史と、文化と、耽美を愛する貴腐人だ。
蛇足
・巫女姫様の取り巻き三人は、アイシャが教師になる前に国立学園を卒業している。そのため、面識はなし。
・御者は聞こえているけど、聞こえないふりをしてくれている。候爵家の皆さんの優しさです。