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9 大商人の親友

 王立第2高等学校時代のもう1人の親友は、王国第2の都市出身の大商人の息子だった。


 彼は陽気な性格で、背が高くガッシリとした体つきだった。


 彼と初めて会ったのは、学生食堂だった。昼食を取っていたとき、たまたま席が隣同士になり、彼から私に話しかけてきたのだ。


 彼はとにかく話が上手だった。私は夢中になって彼の話を聞いた。彼の周りには、いつも人(だか)りが出来ていた。


 そして、彼は、話術だけでなく、遊びも一流だった。私は、彼や彼の友人に連れられ、夜の町にしばしば出掛けた。


 酒場や賭博場は、私にとって未知の世界だった。


 幸い、私がこれらに溺れることはなかったが、彼のお陰で、「夜の世界」がどういうものなのか、ほんの少し経験することができた。


「彼女はいるのかい? どんな子が好みなんだ?」


 賭博場でカードゲームをしていると、彼が聞いてきた。


 私は、自分の手札を見ながら答えた。


「彼女はいないよ。うーん、どんな子が好みなんだろう」


 初等学校や中等学校時代も、時々こういう話をする機会はあったが、その度に私は悩んでいた。


 当時の私には、短期記憶の欠陥の他に、もう一つ誰にも言っていない悩みがあった。


 それは、恋愛感情の欠如だった。


 当然、私にも人並みに性欲はあったし、美しい女性に目が行くということもあったが、「恋に落ちる」という経験をしたことがなかったのだ。


 単に今まで「恋に落ちる」相手に巡り合っていなかっただけなのか、それとも、私には恋する心が備わっていないのか。当時の私は人知れず悩んでいた。


「なんだ、自分の好みも分からないのか。とりあえず誰でもいいから1度付き合ってみればいいんだよ……お、アガリだ!」


 彼は手札を場に出して勝ちを宣言しながら私に言った。私は少額のコインを彼に渡しながら聞いた。


「そんな『とりあえず』でいいのかな?」


「いいんだよ。そうすりゃ次のステップに進めるさ」


 彼は煙草に火をつけながら言った。


 流石(さすが)に「とりあえず」という訳ではなかったが、その後、私は同じ安宿に下宿していて仲の良かった楽団員の女性と付き合い始めた。


 私にも恋愛感情が芽生えたようだった。他の人より希薄なものだったのかもしれないが、私にも「恋する心」があったのだと嬉しかった。


 彼女と付き合って1年が経った頃、彼は「その女とは別れて、もっといい女を探せ」と強く忠告してきた。


 私は、彼の忠告を聞いたフリをしながら、こっそり彼女との交際を続けた。その彼女が今の私の妻だ。


 妻と結婚したとき、彼は、忠告を聞かなかった私に憤慨した。彼や彼の友人は、私を嘘つきだと言って、私を全く信用してくれなくなった。


 これは私の苦い思い出だ。私は、彼女との結婚を彼に納得させられる自信がなかった。かといって、彼女と別れる気もなかった。


 私の不誠実な対応が、親友の信頼を失う結果を招いてしまった。


 親の後を継いで大商人となった彼や彼の友人とは、今でもたまに賭博場で遊ぶことがあるが、いつもあの時の話になり、耳が痛い。


 そして、彼は決まって「もっといい女がいたはずだ」と自分の事のように悔しがるのだ。そんな彼は今も独身生活を謳歌している。


 果たして、私は彼の忠告を聞くべきだったのだろうか。


 妻と楽しく雑談しているとき、妻が楽器で美しい音色を奏でているとき、テキパキと家事をこなす姿を見ているときなどは、妻との結婚は正しい選択だったと思うのだが、妻と口論しているときなどは、彼の忠告を聞いておけば良かったと思うこともある。


 どちらの答えが正しいのか。その答えは神のみぞ知るというところか。いや、もしかすると、神様でさえ分からないのかもしれない。


 いずれにせよ、私がこの人生を終える瞬間には「妻と結婚してよかった」と思いたいところだ。


 妻は私と結婚したことをどう思っているのだろう……今日は機嫌が悪そうなので、今度改めて聞いてみるとしよう。

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