8 大貴族の親友
王立第2高等学校に進学して1年が経った頃、私は、自分がこの世界のモブ・脇役であることを、周りの天才達には敵わないことを素直に受け入れていた。
その上で、自分が出来ることを地道に頑張ろうと思えるようになっていた。
そう思えるようになるまでには、相当な葛藤があったのは事実だ。周りの天才達に変に対抗意識を燃やしたり、逆に媚びへつらったりしたこともあった。
そんな私の行動は、周りからするとさぞ滑稽だっただろう。今考えると恥ずかしい限りだ。
そんなこんなで肩の力が抜け、自然体で学業に取り組むようになった私には、2人の異なるタイプの親友が出来た。
1人は王都出身の大貴族の息子だった。
彼は、大貴族で当然大金持ち。容姿端麗でスポーツマン、頭がずば抜けて良く、人格も素晴らしかった。そんな彼を見て、私は、天は二物も三物も与えることがあるのだなあと嘆息したものだ。
そんな彼と私は、とある講義で偶然出会ったのだが、何故か不思議と気が合った。2人とも法務官を目指していたということもあり、すぐに仲良くなった。
彼は、代々裁判官を務める家系で、彼も無試験で裁判官になる資格を有していた。
しかし、彼はあえて難関の法務官を目指していた。
「どうして法務官を目指しているんだい? 君は無試験で裁判官になれるんだし、君のように優秀かつ人格者なら、法務官にならずとも素晴らしい裁判ができると思うんだけど」
学生食堂で昼食を取りながら、私は素朴な疑問を聞いてみた。彼は笑った。
「よしてよ、照れるじゃないか。まあ確かに何もしなくても裁判官になれるんだけどね」
彼はテーブルのスープに目を落とした。
「でも、それだと親の七光りって言われても否定できない。だから僕は法務官になって自分の実力をはっきりと示したいんだ」
彼は、大貴族という身分に胡座をかかず、日々努力していた。私は素直に彼のことを尊敬した。
† † †
彼との学生生活で一番印象に残っているのは、ある刑事裁判実務の演習を一緒に受けたときのことだ。
その演習では、過去に実際にあった事件記録を渡され、2人ずつペアになって判決書を起案することになった。
私は、彼とペアになった。私は一通り記録を読んで、彼との打ち合わせに臨んだ。
私は、事件記録を読んで理解したと思っていたが、彼と話してみて、それが私の勘違いだったことを思い知らされた。
彼は、事件記録を文字どおり「精査」していた。私が一読したときには気づかなかった証言と証拠の矛盾について、彼は次々と指摘した。
「君は記録を一読したと言ってたけど、単に流し読みしただけじゃない? それじゃ真相は見えてこないよ」
そう言って彼は笑った。私は頭を掻きながら謝り、明日までに「精査」することを約束した。
私は改めて事件記録を読んだ。読むだけでなく、様々な証言や証拠を時系列で並べたり、関連性を図示したりするなど、自分で思い付く限りの工夫をして読み込んでいった。
すると、単に一読したときには分からなかった証言と証拠の関係、証拠と証拠の狭間に隠された新たな事実が見えてきた。
翌日、私は興奮しながらその内容を彼に話した。その内容の一部は彼も気づいていなかったものだったようで、彼も驚いた様子だった。
私と彼は、学生食堂で飲み物を飲みながら議論を重ね、判決書を起案した。その主文は、「被告人は無罪」。実際の裁判と真逆の結論だった。
演習で、無罪判決を起案したのは私と彼のペアだけだった。我々の起案内容は、他の学生から集中砲火を浴びたが、私と彼は協力して理路整然と反論し、全て退けた。
演習が終わった後、教授が私と彼に言った。
「この起案内容は、私の想定外のものだった。しかし、筋は通っている。この内容は高等法院に伝えておこう」
後日、私と彼の起案内容を契機として、ある男の再審が開始され、その男に本当に無罪の判決が言い渡された。
そのことを教授に教えてもらったとき、私と彼は飛び上がって喜んだ。自分達の頑張りが、無実の人を救ったのだ。
この経験は、私の職業人生に大きな影響を与えることになる。
そして、この再審無罪になった男と私は、後の勇者と魔王の戦いでもう一度関わることになる。人生は何が起こるか分からないものだ。