6 進学
貴族のグループによるイジメは続いたが、「あいつらは酷い」「君は悪くない」などとコッソリ励ましてくれる級友の声に助けられ、私はなんとか中等学校の最高学年にまで進んだ。
この頃になると、私は漠然と法務官を目指すようになっていた。
当時、行政官と異なり、裁判官は全員が貴族だったが、裁判には必ず法律の専門家たる法務官が陪席することになっていた。
判決書や和解調書は、全てこの法務官が起案することになっており、法務官の実力次第で裁判の良し悪しが決まるとまで言われていた。
そして、この法務官は、極一部の優秀な平民にも門戸が開かれており、特に高等法院の法務官に就いた平民は、一代限りの「法律貴族」に叙せられる慣例となっていた。
私は、貴族の地位には興味なかったが、この法務官になって、社会正義の実現に少しでも役に立ちたいと思ったのだ。
……いや、正直に話そう。確かに私は本気で社会正義のために働きたいと思っていた。しかし、心のどこかで、法律貴族になって、私をイジメ抜いたあの貴族達を見返したいという後ろ暗い気持ちもあったのは確かだ。
私は、法務官になるため、王立高等学校法学科への進学を目指すことにした。
王立高等学校は、今の王立大学校の前身で、概ね16歳から20歳までの男女が学ぶことになっていた。目が飛び出るほどの学費がかかった。
私は、両親に進学の相談をした。両親は奨学金が貰えるのであればと、条件付きで進学を許してくれた。
この頃になると、流石に無勉強では高得点を取れなくなっていた。特に魔法学と数学は、落第ギリギリという状況だった。
一方、歴史学や論理学については、高得点を維持していた。
論理学が出来るのに魔法学や数学が出来ない理由は、私の短期記憶の欠陥にあるようだった。
私は、普通の人なら当たり前に出来る「その場での複数の記憶」がどうしても出来なかった。
例えば、3つの数字を聞いて、その場で計算するということが、何故かまったく出来なかったのだ。
そのためか、計算問題自体に苦手意識を持ってしまい、数学にどうしても取り組む気になれなかった。
また、魔法学は、様々な詠唱の暗記だけでなく、状況に応じた詠唱の組み合わせが重要となる。
魔法学の実技では、相手の詠唱パターンをその場で暗記、理解して、それに協力又は対抗する詠唱パターンを即座に構築する必要があったが、短期記憶に欠陥のある私には、到底出来なかった。
そして、数学や魔法学なしに進学できる法学科は、王国第2の都市にある、王国で2番目に難関と言われていた王立第2高等学校法学科のみであった。
王立第2高等学校法学科は、数学や魔法学がない代わりに、他の学校にはない論文試験が課されていた。
幸いなことに、私はこの論文試験が大の得意だった。あの行商になった親友との日々の議論で鍛えられたお陰だろうか。
私は、王立第2高等学校の試験に無事合格し、ギリギリの成績で奨学金を受けることが出来た。私は進学し、王国第2の都市で下宿することになった。
† † †
生まれ育った町を出る前日の夜のことを、今でもはっきりと覚えている。
父親は、いつものように晩酌をした後、囲炉裏の火を見ながら横になっていた。
私は父の近くに歩みより、真面目な顔で言った。
「お父さん、今まで育ててくれてありがとう」
父親は、寝返りをうって私の方を向くと、笑いながら言った。
「奨学金を貰えたとはいえ、まだまだ俺の稼ぎをあてにしているんだろ? その言葉は早いな」
父親の言葉を聞いた私は、確かにそのとおりだと思い赤面した。
そんな私を見て優しく微笑んだ父親は、こう言った。
「お前は高等学校へ進学するんだ。いずれ法務官、それがダメでも高級官僚や商会の幹部として働くことになるだろう」
「俺のまったく知らない世界だ。でも、経験上これだけは言える。組織を信じてはダメだ。組織は個人を守ってくれない」
「自分、そして家族のことは、お前自身で守らなければならない。そのことを忘れるなよ」
「うん、分かった」
私は、よく分からないまま、父親に返事をした。その言葉の意味に気づくのは、ずっと後のことだった。