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5 中等学校

 当時の教育制度では、初等学校卒業者のうち、魔法の才能がある者は魔法学校に進学し、その他の学力のある者と貴族は、中等学校に進学することになっていた。


 今と違って、大多数の平民の子どもは、中等学校や魔法学校へは行かず、そのまま就業していた。


 魔法と計算以外の勉強は得意だった私は、先生からの強い(すす)めもあり、隣町の中等学校へ通うことになった。


 中等学校に通うにはお金がかかる。平民で単なる工房勤めだった父親は、学費の工面に苦労したはずだが、私にはその苦労を一切見せなかった。


 私の町と隣町は、大きな森の(へり)にあった。


 隣町まで徒歩で片道1時間。まだ魔王が現れていなかったこの時代、森に沿って少し森の中に入ったところに作られた道を、10代前半だった私は1人で通っていた。


 森はとてつもなく深く広かった。


 当時は、文明の進歩により王国内の森が徐々に切り開かれていたが、この森にはまだ豊かな自然が残されていた。


 そのため、多種多様な魔物が数多く住んでいたが、森の道で出くわす魔物は、人懐っこく害のないものばかりだった。


 私は、学校からの帰り道、森の中を流れる川に架けられた橋の近くでよく会う可愛い魔物に、弁当の残りをあげていた。あの頃は、魔物があんなに狂暴になるなんて、とても信じられなかった。


 中等学校の1年目、私はほとんど勉強せずにテストで高得点を取っていた。運動と魔法学、それに数学は全然ダメだったが。


 初等学校と同じように高得点のテストを隠し、大人しくしていた私は、貴族の男子が中心となったグループからイジメを受けるようになった。


 遊ぼうぜと言われ、羽交い締めにされ、首を絞められ殴られた。弁当箱を乱暴に揺すられ、中身をグチャグチャにされた。私物や机を小刀で傷だらけにされた。口に出すこともできない辱しめを受けた。


 私は何度も()めてくれと言ったが、誰も止めてくれなかった。むしろ、私のその必死な反応を見て楽しんでいた。


 私自身がそういう「やんちゃ」な遊びを楽しんでいると本気で思っている者もいたのかもしれない。


 貴族の1人からは「やり返していいんだぞ。一方的なのは面白くない」と笑われた。


 私はやり返さなかった。どんな形であれ、相手を傷つけたくなかった。相手が嫌なことをしたくなかった。


 だが、相手はそうは思わなかった。私を一方的に殴り付け、心身を傷つけた。


 その頃の私は、あまりにも優しすぎた。人の悪意、無理解に(うと)かった。


 彼らから受けた仕打ちは辛く苦痛だった。しかし、それを先生や親に言って、彼らに不利益が生じてしまうことが、何故か「可哀想」に思えた。そのため、私はイジメのことを先生や親に決して言わなかった。


 ただ、もし当時の私が先生にイジメを訴えたとしても、果たして問題が解決したかは疑問だ。当時の貴族の力はそれほど強かった。もしかすると、逆にこちらが不利益を(こうむ)っていたかもしれない。


 風呂上がり、自宅の脱衣場の鏡に映るアザだらけの体を一瞥したあと、家族に見つからないよう急いで寝間着に着替える。心が張り裂けそうだった。


 この頃から私は、トイレや寝る前など、1人になったふとした瞬間に、「死にたい」と思うようになった。


 ある日、服で見えない部分をアザだらけにして学校から帰る途中、いつもの森の中の橋を渡っているとき、突然「死にたい」という気持ちが頭に浮かんだ。


 普段は頭を振って済ませていたのだが、その日は場所が悪かった。私は、衝動的に橋から下の川へと飛び込んでしまった。


 濁流の中、泳げない私は息が出来ずに何度も水を飲んだ。気管に水が入り咳き込む。さらに水を飲む。(もが)き苦しんだ。


 その時、私の心に浮かんだのは「死にたくない!」という気持ちだった。


 私を日々悩ませていた「死にたい」という気持ちは、本当に死を願うものではなかった。辛く悲しい現状から脱したいという思いだったのだ。


 この「死にたい」という思いは、今でもふとした瞬間に私の脳裏をかすめる。


 そんなとき、私はこのときの気持ちを思い出し、「死にたいけど死にたくないのだ。今の辛いこと、嫌なことをどうすれば脱せられるか考えよう」と自分に言い聞かせることにしている。



† † †



 どれくらい踠いていたのだろう。もしかすると、そんなに時間は経っていなかったのかもしれない。


 私は、いつの間にか川岸にたどり着いていた。


 四つん這いになって激しく咳き込み、(おう)()する私のところへ、よく弁当の残りをあげていた可愛い魔物が寄ってきた。


 その魔物は、私の顔をチラリと見ると、嘔吐物で汚れた私の手を舐めて綺麗にしてくれた。


 もしかすると、私の嘔吐物を食べ物だと思って舐めたのかもしれない。しかし、私は、その魔物が私を慰めてくれているように感じた。


 私は魔物を抱き寄せると、大声で泣いた。魔物は、私が泣き()むまで、じっと寄り添ってくれた。


 後の勇者と魔王の戦いに際して、私があんな提案をすることが出来たのは、この経験があったからかもしれない。

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