4 行商の親友
初等学校時代の親友として真っ先に思い出すのは、私が最高学年になった年に、王国第2の都市から転校してきた彼だろう。
平民だが都会仕込みの洗練された服装に、田舎訛りのない話し方。如何にもイジメられそうなステータスだったが、彼はガタイもよく、元来の明るさで、すぐにクラスに溶け込んだ。
彼の父親は行商で、自宅は私の自宅の近くだった。私と彼はすぐに仲良くなった。
仲良くなってから知ったのだが、彼は生まれつきの病で、実は体が弱かった。彼は、それに抗うように、心身を鍛えていた。
彼と私は、よく彼の家で本を読みながら、様々なことについて語り合った。
「なあ、貴族についてどう思う?」
「え? 僕たち平民とは違って、偉くて立派な人って感じかな?」
「本当にそう思うか? 単にご先祖様が頑張っただけなんじゃないか?」
時々、彼はドキッとするほど鋭いことを言った。彼はいつも舌鋒鋭く、弁舌爽やかだった。
赤面ものだが、当時の私は、彼の真似をしようとしたこともあった。
普段は大人しい私だったが、彼と話すときだけは、侃々諤々の議論に挑んでいた。私が普段隠そうとしていた知力の全てを出しても、彼とは対等にやり合うことが出来た。
彼と2人で議論していると、どんどんと智の高みに登っていくような気がした。そのことがとても心地よかった。
そんなある日、いつものように彼の家で本を読みながら雑談しているとき、私はふとその日学校であったことを話した。
「今日、授業時間を潰して皆で『ダメダメ君』を探したのは大変だったね。いい迷惑だよ」
「ダメダメ君」は、クラスで一番勉強の出来ない男の子だった。何事にも浅慮が目立ち、私は他の友人がダメダメ君の陰口を言うのを否定せずに笑って聞いていることが多かった。
そんなダメダメ君が、今日の昼休憩中にいなくなってしまったのだ。
皆で手分けをして探したところ、ダメダメ君は学校の近所の機織工房に勝手に入り込んで、織物職人の作業をずっと見ていた。私はホッとすると同時に、内心迷惑だなと思っていた。
当然、彼も同じ考えだろうと思っていたところに、彼は本を閉じると、私の顔をジッと見て言った。
「ダメダメ君なんて言ってるけど、君はそんなに偉いのかい?」
それを聞いた私はハッとした。私は、いつの間にか人を見下していたのだ。
一方では、自分の能力に対する嫉妬が辛いと思いながら、他方では、自分の能力に劣る人を心のどこかでバカにしていたことに初めて気付いたのだ。
そのことに気付いた私は、顔を真っ赤にして彼の家を飛び出した。家に帰った私は、自室に籠って恥ずかしさのあまり泣いた。
夜、泣き腫らした顔で食卓に現れた私を見て、妹は興味津々で理由を聞いてきたが、私は不機嫌な顔で何も答えなかった。両親は、私を気遣って、そっとしてくれた。
翌朝、私は学校に行きたくないと駄々をこねたが、両親は厳しい顔で私に言った。
「何があったのかは知らないけど、このまま逃げるのは許されない。ちゃんと学校に行って、お前がやらなければならないことをやってきなさい」
私は、半ば追い出されるように家を出て、いつもよりゆっくりとした足取りで学校へ向かった。
学校の教室に入ると、真っ先に彼と目が合った。私は恥ずかしさのあまり目を背けたが、両親の言葉を思い出し、彼の席まで行くと、震える声で言った。
「昨日はゴメン……そしてありがとう」
彼は笑顔で言った。
「俺もあのセリフを偉そうに言うなんて、まさに矛盾だよな。自分の慢心を棚に上げてあんなこと言ってゴメンな」
「夕べ、親父が新しい本を仕入れて帰ってきたんだ。今日一緒に読もうぜ」
「うん!」
私は、涙目になったことを必死に隠しながら、笑顔で答えた。
彼は、中等学校に進学する予定だったが、結局、父親の行商の旅に同行することになった。
その後、父親の後を継いで行商になった彼とは、今でも時々手紙のやり取りをする仲だ。彼からもたらされる世界の様々な驚くべき情景、そして深い思索に、私は毎回驚かされ、そして刺激を受けた。
彼に教えてもらった私の「慢心」については、その後も度々悩まされることになったが、いずれもその闇から引き返すことができたのは、彼のお陰だと思っている。
続きは明日投稿予定です。