3 初等学校
幼年学校を卒業した私は、町の初等学校に進学した。
級友のエルフは、初等学校に進学するタイミングで、王都へ引っ越すことになった。
彼が町を離れる前日、彼の両親は、彼を連れてわざわざ私の家にまで挨拶に来てくれた。
彼は、私と会えなくなるということを察したようで、私の家の前で号泣してしまった。
私はポケットからハンカチを取り出すと、彼の涙を拭いた。
「今度、王都へ遊びに行くよ」
「ほんとに?」
私の言葉に、彼が聞いてきた。私は笑顔で彼に言った。
「本当だよ。約束する。その時までこのハンカチを預けとくね」
私はそう言ってニッコリ笑うと、彼の涙で濡れたハンカチを彼に渡した。
「うん!」
彼は私のハンカチを握り締めると、眩いほど美しい笑顔で頷いた。
交通網が未発達だった当時、王都に行くのは大変なことだった。私は、もう彼と会えないだろうということを理解していた。
それにもかかわらず、私はどうしてあんな約束をしたのだろう。彼を泣き止ませるための方便だったのだろうか。
それとも、彼と会えなくなる寂しさからの自己防衛だったのだろうか。
いずれにせよ、自分や人の気持ちを優先して嘘をつく私の悪い癖は、この頃からあったようだ。
因みに、王都へ引っ越した彼は、その後、魔法の才能を開花させ、歴史に名を残す魔法使いになる。そんな彼と私が再開を果たすのは、まだまだ先のことだ。
† † †
初等学校の私は、真面目で堅物な生徒だった。運動と魔法、計算は苦手だったが、それ以外の勉学は得意だった。
とにかく読書が好きだった。友達と遊ぶ約束がない休日は、町の図書館で1日を過ごした。
田舎町の図書館だ。大した書物はなかったが、様々な物語、世界の王国の興亡史等々。夢中になって読み漁った。
友達とは、よく戦争ごっこをして遊んでいた。皆、指揮官になりたがったが、私はいつも一兵卒に手を上げていた。あれこれと指示するよりも、実際に最前線で戦う兵士の方が格好良く感じていたからだ。
とはいえ、運動神経はゼロだったので、すぐに強い相手に組み敷かれて泣いていた。
初等学校の高学年になった頃、私はテストで魔法と計算以外はほぼ満点という状況になっていた。
周りの友人からは羨ましがられたが、逆に私にはどうして他の皆が点数を取れないのかが分からなかった。
当時の私は、ほとんど勉強せずに満点が取れていた。一方、魔法と計算問題は苦手だったので、自分が優秀だとも思っていなかった。
私の満点のテストを見る皆の羨望と嫉妬の眼差しが辛かった。私は、満点のテストを隠すようになった。答えが分かっていても、わざと知らないフリをするようになった。
あと、私は歌が上手だった。先生に呼ばれて教員室で歌を披露させられることもあった。
歌は大好きだった。音楽の授業中、学校の行き帰り、自宅の浴室……大好きな歌を心を込めて歌っていた。
しかし、高学年になると、徐々に級友達は「音楽の授業で真面目に歌うのはダサい」という雰囲気になってきた。
また、私の歌に対する周りからの称賛の裏に、「歌が上手いからといって見せびらかせやがって」といった嫉妬があることに気付き始めた。
その頃から、私は自宅以外で全力で歌わなくなった。
そんな私だったが、先生や級友からは「運動や魔法、計算は出来ないが、真面目で秀才」と評価されていたようだ。
そういう評価が背景にあったからだろうか。私は、度々クラスの級長に選ばれ、最高学年のときは生徒の選挙で「生徒総代」に選ばれた。
貴族のいる学校では、当然貴族の中で一番序列の高い者が級長や生徒総代になるのだが、私の通っていた初等学校は全員が平民だった。それで、当時としては珍しく、選挙が行われたのだ。
生徒総代の選挙には、私自身は出るつもりがなかったのだが、先生からお願いされて、渋々立候補したというのが実態だった。
当選発表後、何の感慨もなくクラスに戻ると、副総代に立候補して落選した女子が泣いていた。
私は彼女に「どうして泣いているの?」と聞いた。彼女は私を睨み付け「あんたなんかに分からないわよ!」と叫んだ後、また泣き始めてしまった。
彼女は、自ら立候補して落選していた。今なら当然彼女の気持ちは分かるが、当時の私は、なぜそこまで悲しむのかが分からなかった。
それに、何かを得た自分が、同じ何かを得られなかった彼女に、どうやって声を掛ければよいのか、当時の私には分からなかった。
私は、泣き続ける彼女の前でしばらく立ち尽くした後、無言で自席に戻って行った。
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