28 魔王との戦い
「お前が魔王か!」
東方侯が一歩前に出て叫んだ。
「皆は私をそう呼ぶみたいだね」
少年が微笑みながら答えた。
東方侯が剣の柄に手をかけて、更に一歩前に出た。東方侯の側近の騎士達も後に続いた。
私は、魔王と勇者は一騎打ちをするはずだということを、猟兵中隊長には個人的な想像として内々に話していた。
しかし、あえて東方侯には言っていなかった。それを知らなければ、功を焦る東方侯は必ず先陣を切ると考えたからだ。
息子を守るため、魔王の出方を見るため、東方侯には捨て駒になってもらう。私は自分でも恐ろしいほど冷徹に、そう判断していた。
東方侯が剣を抜いた。東方侯の側近の騎士達もそれに倣った。剣を抜き、魔法の詠唱を始めた。
「魔王よ、覚悟! お前を倒せば私が真の勇者だ! 私は王国最大の領地を有する公爵の嫡子にして、この討伐ぶえっ?!」
東方侯が話している途中で、東方侯とその側近の騎士達は弾かれたように空を舞った。
東方侯達は、ものすごい勢いで遥か後方の森と円形の場所との境目まで飛んで行き、結構な高さから地面に落下した。
幸い草花がクッションになったようで、命に別状はなさそうだった。
「……何あれ?」
魔王は、苦笑しながら東方侯が落下した場所を一瞥すると、王子のすぐ隣に立っていた息子に言った。
「さあ、勇者。どのように戦う? 剣にする? 槍? それとも弓かな?」
魔王が王子と息子の方へ向かって歩き出した。
恐怖にかられた兵士の一人が、魔法銃で魔王を撃った。銃弾は、魔王の直前でピタリと止まったかと思うと、跡形もなく蒸発した。
魔王は銃弾や兵士に見向きもせず、王子と息子の方へ歩き続けた。
「無詠唱でこんなことが出来るなんて、信じられない……」
幼なじみのエルフが泣きそうな顔で呟いた。
「これだけの魔力で劫火や破壊の魔法でも唱えられたら、王国の、いや、世界の滅亡だ。こんなの、勝てっこないよ……」
猟兵中隊長は、部隊に待機を命じた。部隊が一斉に攻撃しても魔王に触れることさえ叶わないであろうことは、今の様子から見て明らかだった。
† † †
魔王が、息子と王子のすぐ近くまで来て、立ち止まった。皆が固唾を呑んでその様子を見守る。
息子が王子にぴったりと寄り添って、魔王に向かって叫んだ。
「僕は勇者たる王子様の従者。魔王よ、どうして戦おうとする?」
それを聞いた魔王は、少し驚いた顔をした後、さも愉快そうに答えた。
「ははは、これは面白い。勇者ではなく従者か。戦う理由? それは君たちが戦いを挑んでくるからかな」
「じゃ、じゃあ、戦わずに話し合うこともできるの?」
息子が驚いた顔で聞いた。魔王が笑顔で答える。
「それが君の望みなら、それでもいいよ。でも、何を話し合うの?」
魔王はあっさりと言った。私はすかさず魔王に聞いた。
「ま、魔王、いや、森の王! 私はその従者の父親です。我々は、各地の魔物が狂暴になって困っているのです」
「私は、魔物が元々優しい存在であるということを知っています。あなたであれば、魔物を以前のような優しい、大人しい存在に戻すことができるのではないかと考え、こうしてやって来たのです」
魔王は興味深そうに私の顔を見た。
「森の王か、懐かしい名前だね……ん? そうか、森の道をよく歩いていた町の子どもは、君だったのか」
「てっきり勇者……じゃなかった、従者が君だと思っていたよ」
魔王が笑いながら言った。
「君は、うちの森の子にいつもご飯をあげてくれていたね。お礼に、川に落ちた君を助けたんだけど……そうか、もう子どもがいたのか。ついこの前のことだと思ってたけど、人間の成長は早いね」
魔王が笑顔で言った。驚き絶句する私に、魔王は話を続けた。
「最近、森の子をいじめる人間が増えてね。少し腹が立ったんだよ。その私の気持ちに、森の子が反応しているんだね」
魔王が不愉快そうな顔をして言った。少し腹が立っただけで王国はこの状況だ。もし魔王が本気で怒ったら……幼なじみのエルフが言ったとおり、本当に世界が滅亡するのではないか。
いや、魔王がいきなりそんなことをするはずがない。魔王は、魔物にご飯をあげていたというだけで、私の命を救ってくれた優しい存在なのだ。まだ交渉の余地があるはずだ。
私は魔王に叫んだ。
「あの時、私の命を救ってくれたこと、心より感謝申し上げます!」
私は魔王に深々と頭を下げた。私の目には、いつの間にか涙が浮かんでいた。
私は、頭を上げると、思いきって魔王に聞いてみた。
「も、もし、我々が魔物をいじめず、大切にすると誓い、しっかりとその対策を講ずれば、魔物達を元に戻してくれますでしょうか?」
「ふふ、そんな提案を受けるのは初めてだ」
魔王が笑顔でそう言うと、王子の方を向いた。
「君が勇者たる王子だったかな? 僕の可愛い森の子たちをこれ以上いじめず、大切にしてくれる?」
王子は魔王の目を見つめ、一歩前へ出た。
「次期国王として誓う! この王国に、人も魔物も、誰もが安心して幸せを追求できる楽土を築く!」
王子が堂々とした口調で魔王に言った。その凜々しい姿に、涙する兵士もいた。
王子は、息子をチラリとみて微笑んだ。息子は嬉しそうに何度も頷いた。
「ほう……久方ぶりに、王たる器の者が現れたようだね。その言葉、想い、忘れるでないぞ」
魔王が少年の姿に似合わない口調でそう言うと、ニッコリ笑った。
魔王の体がふわりと宙に浮いたかと思うと、周囲が目映い光で満ち溢れた。
その温かく美しい光は、魔王の体を包み込むと、大木の中へ消えていった。
続きは明日投稿予定です。
次回で完結予定です。




