20 従者の印
「……まあ、従者であれば勇者のように戦うことはないでしょうし、良かったわね」
王宮から帰った私がリビングで妻に状況を説明すると、妻はそう言った。
「うん。それに私が同行するしね」
私が笑顔で言うと、妻が不安そうに言った。
「あなたの運動音痴と不器用さは筋金入りだから、かえって不安よ。他には誰が参加するの?」
ちょっと傷ついたが、それには何も反論せず、私は話を続けた。
「後は、王室付の魔法使いと、近衛兵の剣士、それと武闘家らしいよ」
「たったそれだけ? 歌劇の勇者一行じゃあるまいし。他の近衛兵や騎士団は?」
「当然、近衛兵や騎士団も同行するんだけど、勇者一行として公表するメンバーは伝承どおりにするらしいよ」
驚く妻に、私が苦笑しながら説明した。
歌劇の勇者一行は、勇者、魔法使い、剣士と女性の武闘家だ。史実でもこのメンバーだったとされている。
そう言えば、従者は歌劇や史実に出てこなかったなあ、と思っていると、息子がトイレからリビングに戻ってきた。
妻が息子に尋ねた。
「ねえ、従者なんて別にいなくても何とかなるんだし、嫌なら行かなくていいのよ?」
妻が王命をあっさりと無視して息子に言った。
「夏休みで他にすることもないし、せっかくだから行ってみるよ」
息子がリビングに寝転んで雑誌を開きながら答えると、妻がちょっと怒った口調で言った。
「受験勉強と魔法鍵盤楽器の練習があるでしょ! もう、気をつけて行ってくるのよ」
息子と妻のやりとりを聞いていると、何だか魔王討伐というより遠足に行く話を聞いているような気になりそうだった。
† † †
その晩、妻と息子が寝た後、私はリビングで改めて勇者と魔王の過去の戦いに関する古文書の写本を読んでみた。
古文書には、従者の印の記述は何もなかった。そして、勇者の印は、やはり息子の首筋のアザとまったく同じだった。
古文書の記述が間違っているのだろうか。
古文書は、当時の王室付の官吏がまとめた報告書だ。作成した官吏の官職氏名が署名され、その職印が押されていた。
私は職務上様々な公文書の真偽を見分けてきたが、この古文書は偽造とは思えなかった。
仮にこの古文書が真正の公文書だとすると、非常に重要な項目である勇者の印の記述を間違うことは考えにくい。
意図的に虚偽の記載をしたという特段の事情が判明しない限り、この古文書の記述は正しいと考えた方が良さそうだ。
王は、従者の印は「王室にのみ伝わる話」だと言っていた。
王の言葉と古文書の双方が正しいとすると、勇者の印と従者の印は、見分けがつかないほど酷似しているという可能性はある。
しかし、仮にそうだとすると、勇者と従者の印をどのように判別したのか……その点を確認する必要がありそうだ。
「今度王子様にお聞きしてみようか……」
私はそう独り言を呟くと、古文書を物置部屋に片付け、寝室へ向かった。




