2 幼年学校時代
町の4~6歳の子ども達が通う幼年学校に私が通い始めた頃、妹が生まれた。
妹は、私と違って人見知りをする恥ずかしがり屋だった。いつもお気に入りの人形を片手に持ち、無言で私の後ろにくっついてくるような子だった。
当時の私に、兄としての自覚がどこまであったのかは疑問だ。
機嫌が良いときは、兄貴面して妹を連れ回していたが、面倒に思った日は、妹を連れていくのを嫌がって、家にいるよう妹に言っていたような気がする。
妹とは、小さい頃からよく遊び、よく喧嘩した。
年の差があるので、喧嘩をすると大抵私が勝つのだが、最後に妹が「お兄ちゃんのバカ!」と叫んで逃げていくのだ。
それを聞いた私が腹を立てて喧嘩再開。その後、いつの間にか仲直りして2人でカードゲームをしていたら、勝ち負けで言い争いになり、また喧嘩……というのがよくあるパターンだった。
そんな2人だったが、私が中等学校に入った頃にはピタリと喧嘩をしなくなった。2人とも成長したということなのだろうか。よく遊び、よく話し、よく喧嘩する。仲の良い兄妹だったと思う。
因みに、妹は初等学校卒業後に家事を手伝いながら武術を始め、町の守備隊の兵士に教えるまでの強さになった。
守備隊の兵士と結婚し、二児の母になった今もずっと鍛え続けている。もし、今私が喧嘩を挑んだとしても、文字どおり瞬殺だろう。
† † †
幼年学校に入った私は、正論ばかり言う面倒な子どもだったようだ。
当時の幼年学校の通知表を見ると「言うことは素晴らしいのですが、それに行動が伴えばと思います」と書いていた。一体何をやらかしたのだろうか。全然覚えていない。
そのことと関係があるかどうかは分からないが、母によると、幼年学校の同じクラスにいたエルフのお世話係を、よく私がやっていたそうだ。
エルフは長命で、人と成長スピードが違う。5、6歳頃までは人の半分位のスピードで成長し、その後急速に成長が進み、15、6歳頃には成人になる。その後は、若々しい姿のまま年齢を重ねていく。
そのため、4、5歳で入る幼年学校だと、どうしても周りについていけない。
私がお世話係だったのかどうかは分からないが、そのエルフのことはよく覚えている。
エルフは総じて美しい顔立ちだが、彼は別格だった。初めて会ったときは、天使ではないかと思ったくらいだ。
彼は、まだ会話もおぼつかない程に成長が遅く、周りにまったくついていけなかった。
そんな彼を見て、私は「優しくしてあげなければいけない存在」だという風に考えていたのは確かだ。
それは、クラスの皆の共通認識のようなもので、例えば皆で一緒に鬼ごっこしていたときに、エルフの彼が上手く逃げられずに鬼に捕まっても「今回は許してあげよう」と必要に応じて配慮するというようなことをしていた。
特に私は彼と仲が良く、いつも一緒に手を繋いで行動していた。周りから見れば、私は困っている子を助けている善良な子どもと思われていたのだろう。
ただ、正直なところ、私の心はそんな単純な善意だけではなかったのではないかと思う。
もし、彼が醜悪な容姿だったら、私はそこまで彼のために行動していなかったのではないか。
私の心の奥底には、彼の美しい姿への憧れ、その美しさを自分のものにしたいという、ある種の欲望があったのではないか。今になって振り返ると、そんな気がするのだ。
もしかすると、私は、そのドス黒い気持ちに起因する何か偽善的な言動をするなどして、幼年学校の先生の怒りを買っていたのかもしれない。まあ、単に私が偉そうなことを言って、先生がそれに腹を立てただけかもしれないが。
私の心の善良な部分と後ろ暗い部分の両方が、当時から見え隠れしていたのかもしれない。
† † †
幼年学校時代で鮮明に覚えているのは、正面玄関前のタライで育てられていた魔物のことだ。
当時、魔王が出現する前だったこともあり、大人しい魔物が多かったのだ。
その魔物は、水辺で生息する硬い甲羅に覆われた双頭の6本足。知能は高くなく、特に人間に害をなすタイプではなかった。
幼年学校の皆は、その魔物を「甲羅ちゃん」と呼んで可愛がっていた。
お弁当の残りなどをタライに入れると、いつの間にかなくなっていた。
当時の私は「甲羅ちゃんが食べてくれた!」などと同じクラスの友達と喜んでいたが、今考えると、先生が掃除していただけかもしれない。
その他、幼年学校で思い出すことといえば、断片的なものばかりだ。
何かの演し物で端役を必死に練習したこと。
収穫祭の行事で、コックさんの格好をしてお菓子をお皿に並べた「料理」を作り、校長先生に喜んでもらったこと。
2つあったクラスが対立して言い争いになったこと。
「甲羅ちゃん」が寿命か病気で死んで、皆で泣きながら校舎の裏庭に埋葬したこと。
頭痛をどう表現するか分からず「頭の中が白い」と言って先生に「?」という顔をされたこと。
遠足で町外れの果樹園に行ったとき、あまりに急な坂道でヘトヘトになり、通りすがりの魔法使いに浮遊魔法で坂の上まで連れていってもらったこと……
なんだかんだで楽しい幼年学校時代だったのだと思う。