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13 新しい命

 王都で生活を始めて2年目の年、妻が妊娠した。


 妻も私も、男の子かな女の子かな、名前は何にしようかなどと生まれて来る日を楽しみにしていた。


 そんなある日、王宮で上奏の準備を終えて夜遅くに帰宅した私は、いつも居るはずのリビングに妻が居ないことに気づいた。


 先に寝ているのかなと思い、寝室に行くと、ベッドの脇で妻が苦しそうに倒れ込んでいた。床には少量の血が流れていた。


 驚いた私は、近所の人の手を借りて、妻を近くの診療所へ担ぎ込んだ。


「赤ちゃん、ダメだったって」


 処置室から出てきた妻は、悲しそうな顔で私に言った。早期流産だった。私は何と言えばいいか分からなかった。


 その後、医療系魔法使いから、妻も私も子どもを授かりにくい体質であること、妊娠した場合も、子どもが無事に育つかは分からないことが告げられた。


 私は、医療系魔法使いや近所の人にお礼を言うと、借りた車椅子に妻を乗せて官舎に帰ることにした。


「こればかりは神様の思し召し次第だよ」


「……うん」


 車椅子を押しながら私が言うと、妻は(うなず)いた。


 この悲しい出来事については、しばらくの間、私も妻も口に出すことはなかった。私と妻は、意識的に日常へと戻っていった。



† † †



 妻が再び妊娠したことが分かったのは、それから1年後のことだった。


 妻も私も期待と不安でいっぱいだった。私が巡察で不在がちということもあり、妻は里帰りすることにした。


 私は、大貴族の親友に相談して紹介してもらった駅馬車の商会にお願いして、座席に震動が伝わりにくくしたガラス細工を運ぶ馬車を借り上げ、妻を私の故郷の隣町にある妻の実家へ送ってもらうことにした。


 王都を出発する日、妻は「私はガラス細工より丈夫だから、そんな心配な顔しないで」と言って笑っていた。


 妻とは、魔法便箋で毎日のようにやりとりした。妻によると、お腹の子は男の子で、すくすくと成長していて、医療系魔法使いに奇跡だと驚かれたということだった。


 妻が楽器を奏でると、お腹の中の子が喜んでいるかのように動くということだった。私は、妻子の安全を心から神に祈った。


 妻の出産予定の1か月前、西方に巡察に出ていた私は、昼食時にふと魔法便箋を見ると、妻ではない字で文字が書き込まれていた。


 それは、妻の母親からで、妻子の容体が急変し、地域で1番大きな病院に担ぎ込まれたということだった。


 私は、巡察で大きな問題を見つけ、午後から相手の役所と議論をする予定だった。職務を放棄して妻のもとへ向かうか、職務を終えてからにするか、私は悩んだ。


「申し訳ありません、巡察使殿。覗き見するつもりはなかったのですが、偶然見えてしまいましてね」


 たまたま飲み物を持って私の後ろを歩いていたベテランさんが、テーブルの向かいに座って言った。


 私は苦笑しながらベテランさんに言った。


「ここから妻の実家には、まる2日かかります。いま出発しても、職務を終えて明日出発してもそんなに変わりません」


 ベテランさんは真面目な顔になって言った。


「早馬を乗り継いで夜を徹して走れば、1日で着きますぜ。諦めるのは全てをやりきってからだ」


「職務のことはお任せください。私は伊達に年をとっていませんよ。今まで何度も巡察使不在の事態を経験しています」


「ご自身やご自身の家族を大切に出来ない者が、職務で人々を幸せにすることは出来ませんよ。こちらのことは心配せず、今すぐお行きなさい」


 私は何度もベテランさんにお礼を言いながら食堂を飛び出すと、馬車駅へ走った。


 馬車駅で商会に事情を話すと、商会は貴族が使う予定だった1番早い馬を用意してくれた。その貴族も馬の変更を快諾してくれた。


 私は乗り継ぎの度に馬車駅で事情を話した。どの商会も1番の早馬を私のために用意してくれた。私は皆の善意に心から感謝しながら、妻の実家のある町へ向かった。


 朝日が昇り始めた頃、懐かしい中等学校の尖塔が道の向こうに見えてきた。妻が運び込まれた病院は、中等学校のすぐ近くだ。


 私は、早馬の馭者(ぎょしゃ)にお礼を言うと、病院へ駆け込んだ。



† † †



 病室では、妻がベッドに横になっていて、その隣に妻の母親が付き添っていた。


 妻の父親と私の両親、あと私の妹は、妻の実家に一旦戻っているということだった。妻の妹は、遠方にいたが、こちらに向かってる途中ということだった。


 妻は、緊急手術を受けていた。母子ともに命の危険があったため、予定よりも1か月早かったが、急遽お腹の中の子を手術で取り上げたということだった。


 妻は、鎮痛魔法で手当てを受けながら、笑顔で私に言った。


「生まれたよ。男の子だって。初めは生きられるかどうか分からなかったみたいだけど、今は落ち着いていて、専門の医療系魔法使いが診てくれてるよ」


 妻は笑いながら泣いた。私もいつの間にか泣いていた。

続きは明日投稿予定です。

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