12 王都の生活
初めて王都に入った私は、その発展ぶりに驚いた。
王立第2高等学校があった王国第2の都市と比べてもケタ違いの人の多さだった。それに、当時は珍しかった魔力で動く自動車が、馬車に混じって大通りを走っていた。
魔力で動く階段を見たのも、この時が初めてだった。私は上りは何とか乗れたものの、下りは怖くて乗れなかった。楽団の演奏会で何度か王都に来たことのあった妻に笑われてしまった。
昼過ぎ、ようやく新居となる官舎にたどり着いたとき、妻が開口一番に声をあげた。
「こんなところ住めないわよ!」
官舎は広い一軒屋だったが、一見廃墟と見間違うほどにボロボロだった。
事前の噂だと、私のような平民で政治力のない官署の者には劣悪な官舎が割り当てられるだろうという話だったが、私も妻も流石にここまでオンボロだとは思っていなかった。
妻は、王国第2の都市を出発するときは「この安宿で鍛えられてるし、古くても愛があれば大丈夫よ」と笑顔で言っていたが、流石に許容範囲を超えていたようだ。
しかし、いくら高級官僚とはいえ、新人の俸給はたかが知れていて、物価の高い王都で他に家を借りるのは難しかった。
玄関前にしゃがみこむ妻にどう言おうかと悩んでいると、妻がスクッと立ち上がり、私に言った。
「さあ、やるわよ!」
そう言うと、妻は官舎に入るなり、先に届いていた荷物から掃除道具や工具を取り出して、猛烈な勢いで部屋の掃除や簡単な修繕を始めた。
日が暮れる頃には、官舎はそれなりに居心地の良さそうな空間になっていた。
この時のことが話題になると、妻は決まって「あの時のあなたはボーッと立っているだけで何も役に立たなかったわ」と私を揶揄った。
それに対して、私はいつも「愛があればどんな所にも住めるんじゃなかったのかい?」と反撃するのだが、どうにも旗色が悪く、最後は私が謝るのが常だ。
そんなこんなで、私と妻の王都での生活が始まった。
私は、巡察場所にもよるが、月の半分前後は王国の各地を巡り、残りは王都で調査内容を取りまとめ、王に上奏するという生活だった。
妻は、今でこそ「あなたが巡察に出ている時の方が何かと楽でいいわ」などと言っているが、王都に来てしばらくは寂しい思いをしたようだ。
そこそこの値段のする魔法便箋を買い込んで、巡察先の私と毎晩他愛もないやりとりをしていた。このやりとりは、回数は減ったものの未だに続いている。
† † †
各地の巡察は、巡察使である私と、ベテランの中級官吏である査察官、そして若手の事務官の3人でチームを組んで行っていた。
私が初めてチームを組んだ査察官は、老練な中級官吏で、周りからは「ベテランさん」と呼ばれていた。
ベテランさんは、いくら高級官僚とはいえ何も実務を知らない私に、手取り足取り優しく教えてくれた。私は、彼の教えを素直に、真摯に学んだ。
若手の事務官は、私よりも遥かに田舎の地方から出てきた女性の初級官吏だった。何事にも明るく笑顔で取り組み、チームのムードメーカーだった。
当初は、巡察先で役人の不正や行政の不合理を見つけるのはベテランさんだけだったが、徐々に私も問題を見つけるようになっていった。大貴族の親友から学んだ「精査」するという姿勢が、問題発見に大いに役に立った。
特に私は、役人が平民を不当に虐げる行為については、虐げられた者の救済を求め、その実施状況の顛末の報告を求めるなど、厳正に対処した。
役人からは「たかが平民相手にそこまで手厚くする必要はない」などと真正面から反論されることもあった。
王への上奏を取り次ぐ王宮の高官からも、「そんな平民の些細な話を王にご報告するのかね」などと難色を示されたが、私は法令や先例を猛勉強して、それを盾に役人や高官を粘り強く説得し、救済策の実施や上奏にまで持っていった。
正直なところ、巡察使の上奏で評価されるのは、軍事面での運用改善や、税収増につながる是正であり、いくら弱者救済を上奏しても、評価されることはなかった。
先輩の巡察使の中には「これだから平民出の者は困る。もっと王国のためになる上奏に力を入れるべきだ」と面と向かって私に言う者もいた。
私は「ご忠告痛み入ります。そのような上奏ができるよう尽力いたします」と答え、実際そういった指摘も上奏したが、弱者救済の上奏を決してやめなかった。そういった事態を見て見ぬふりをすることがどうしても出来なかった。
「巡察使殿は面白いお方ですな。こんな高級官僚らしくない高級官僚にお仕えするのは、私の長い役人生活でも初めてだ」
ある巡察先での夜。宿屋の食堂で夕食を取っていると、ベテランさんが笑いながら私に言った。
「ははは、そんなものですかね」
彼の表情を見ると、どうやら私を褒めてくれているようだったが、彼の言わんとすることをはかりかねて、私は取りあえず曖昧に笑った。
若手の事務官が続いて私に言った。
「ホントそうですよ、巡察使様。他のお方は何も指摘せずに物見遊山するか、困っている平民を無視して軍事や増税の指摘ばかり。平民の味方になってくれる人なんて、会ったことがありません」
「貴族だけでなく、他の平民出の巡察使も、威張り散らすような方ばかりですしね」
若手の事務官がタメ息をついた。私は、あの大貴族の親友の顔を思い出しながら答えた。
「確かに、そういう人は多いみたいですね。でも、身分関係なく努力する貴族もいるし、私は平民の味方というより、法令制度に基づき適切な措置を取っていない役人に、是正を求めているだけですよ」
心の奥底では、中等学校のあの貴族たちへの憎悪が消えることはなく、その心の闇が私の弱者救済の指摘の原動力になっていたのは確かだ。
しかし、あの大貴族の親友との出会いが、私の心の奥底に一筋の光を照らしてくれていた。
そのお陰で、私の指摘は決して一方的なものにならず、役人が渋々ながらも納得するだけの説得力を持つものになっていた。
私の弱者救済の上奏を王が肯定的に評価したとの噂が流れたこともあり、私を正面から非難する者は、いつの間にかいなくなった。




