11 卒業
私は高等文官試験に合格した。苦手な数学や魔法学には苦戦したが、得意の法律学や論文で高得点を取れたのが良かったようだ。
試験合格後、私の採用官署はなかなか決まらなかった。これは今でもそうだが、高級官僚をなるべく貴族で独占させ、平民は採用しないという官署が多かったのだ。
私を「巡察使」として採用する旨の通知が王宮から届いたのは、王立高等学校の卒業1ヶ月前だった。
「巡察使か。君にピッタリじゃないか! おめでとう!!」
「ありがとう! 各地を旅しながら、世のため人のために頑張るよ」
大貴族の親友は心底喜んでくれた。私も笑顔で答えた。
巡察使は、王直属の監察機関で、一人一人が独立した国家機関として扱われる特殊な高級官僚だ。
王国内を巡回し、官吏の不正や不合理な行政の有無を調査し、その結果を王に上奏する権限が与えられていた。
その職務は重要で、権威も高かったが、王国の政策立案そのものに関与する訳ではなく、また、年の3分の1は王国内を旅することになるので、貴族には敬遠されていた。
だが、私にはこの巡察使という仕事が魅力的に感じられた。
生まれ故郷の田舎町と中等学校のある隣町、そして王国第2の都市しか知らなかった私は、職務とはいえ広い王国の各地を回れるというのが嬉しかったのだ。
それに、王国の政策そのものには関わらないとはいえ、官吏の不正摘発や不合理な行政の是正改善に役に立てるというのは、法務官になって社会正義の実現に役立ちたいという当初の私の思いとも親和的だった。
あと、私の心の奥底にある闇の部分では、私を中等学校でイジメ抜いた地方貴族が官吏になって不正を働いていれば、それを職務上弾劾できるという点にも、後ろ暗い魅力を感じていた。
このように考えてしまうことに、私はつくづく嫌気がさしていたが、この頃には、こういった暗い闇の部分も自分の一面なのだと徐々に受け入れつつあった。
† † †
王立第2高等学校を卒業するまでの1ヶ月、私は最後の自由な学生生活を謳歌した。
大貴族の親友の別荘に招待され、彼と様々な事柄について思う存分語り合った。
大商人の親友やその友人達と南方の観光地を訪れ、初めて見る「海」に感動し、様々な「遊び」を経験した。
そして、楽団員だった彼女を連れて田舎町へ帰省した。
彼女の実家は私の田舎町の隣町、あの中等学校がある町だった。私と彼女は、それぞれの両親に挨拶し、親族だけでささやかな結婚式を挙げた。
妻になった彼女と2人で、中等学校時代に通学していた森の中の道を歩いていると、あの橋の近くで、可愛い魔物と出くわした。
だいぶ大きくなっていたが、その特徴ある毛並みの模様から、川で溺れた私を慰めてくれたあの個体だとすぐに分かった。
その可愛い魔物は、子どもを何匹か連れていた。
私は、たまたま持っていたお菓子を鞄から取り出すと、その可愛い魔物にあげた。
可愛い魔物は、昔と同じように私からお菓子を貰うと、子どもと一緒に食べた。そして、最後のお菓子を渡した私の手をひと舐めすると、子どもと一緒に森の中へ帰って行った。
不思議がる妻をよそに、私は静かに泣いた。
† † †
王国第2の都市へ戻った私は、空き時間を大図書館の書庫で過ごした。まだ読んでいなかった書物を読み漁った。
勇者と魔王の過去の戦いに関する古文書を初めて読んだのはこの時だった。
勇者と魔王の話は、この王国の者であれば誰でも知っている。
魔王は、ある日突然現れる。しかし、人間の前には姿を現さない。おとなしかった魔物が狂暴化し、人を襲い始めることで魔王が出現したことを人は知るのだ。
そして、魔王が出現すると同時に、勇者も現れる。勇者の体には、「勇者の印」が現れるのだ。
よくある歌劇では、王国の貴族である勇者が仲間と共に困難な戦いの旅の末、北方の高山地帯でついに魔王を討ち果たす。
そして王国に凱旋した勇者は、王女と結婚して次の国王となり、王国を繁栄に導くのだ。
学校で習う史実も概ね同じだ。北方の高山地帯には、魔王と勇者の決戦の地とされる場所が複数あり、温泉街に近いこともあり、今は観光地になっている。
しかし、私が読んだ古文書は少し違った。勇者はごく普通の平民だった。しかも、その勇者は自らの命と引き換えに魔王を倒していた。王女と結婚した貴族は、勇者ではなく、勇者と共に旅をした仲間だった。
そして、魔王と勇者が戦ったのは、何と私が中等学校時代に毎日通学していたあの森とされていたのだ。
興味を持った私は、その古文書を写本屋にお願いして精巧な写本を作ってもらい、王都の新居へ送る荷物の中に詰め込んだ。
それから少しして、王立第2高等学校を無事に卒業した私は、妻とともに王都へ向かった。




