クリスティーナの闇
「……脱げ」
怒りのあまり、どこぞの品性下劣王子の様な発言をしてしまった。
カムバック私の語彙力!
「クリスティーナ! それはアナスタシアのドレスだろう!? なんて事を……」
後ろから追いかけて来たお義兄様は、状況を見て事のあらましを察したらしい。実父と実妹の異常行動をコンボで喰らい、非常に辛そうだ。
「違うのお兄様。このドレスは元々私のだったのよ。お義姉様に奪われたの!」
………………
流石にそれは無理やろがい!
ほら、サイズだって合ってないし!!
このドレスは、私が着てこそ一番美しくラインが出る様に計算され尽くしている。その為、いくらドレスは綺麗でも他人が着るとしっくり来ない。
私の方がクリスティーナより少し背が高くて全体的に細身なのだ。
そう、あくまで全体的にだ。
決して、決して、お胸のボリュームで負けている訳ではない。
「君は何故そんな訳の分からない事を言うのだ? それは間違いなく私がアナスタシアに贈った物だ。君の物ではない」
旦那様が冷たい表情で言い放つ。かなり抑えてはいるが、旦那様も相当怒っていると思う。
「そんな! ユージーン様、本当なら私達が婚姻を結ぶはずだったではないですか? ほら、このユージーン様の色のドレス、お義姉様より私の方がずっと似合うでしょう?」
男の庇護欲を煽るのはクリスティーナの得意技だ。
目に涙を一杯に溜めて小首を傾ける様は女の私から見ても抜群に可愛い。
少しだけ不安になって旦那様の横顔を見上げると、旦那様の目は氷点下まで冷え切っていた。
「泣くな。アナのドレスに染みが付く」
辛辣ぅーーー!!
「クリスティーナ! とにかくそのドレスを脱ぎなさい。ジーンもアナスタシアも本当にごめん。とにかくクリスティーナを連れて行くから……」
かなり顔色を悪くしたお義兄様が、慌ててクリスティーナの方に駆け寄ろうとする。
ナイスです、お義兄様。
とにかく一刻も早くクリスティーナからドレスを引っ剥がして下さい。このままではドレスが心配で迂闊に手が出せません。
「来ないで!!」
お兄様がクリスティーナとの距離を後5歩位にまで詰めた所で、クリスティーナが隠し持っていたナイフを取り出した。
うわあぁぁ……、またド修羅場だぁ。
「落ち着くんだ、クリスティーナ。ほら、そんな物持っていると危ないから、お兄様に渡しなさい」
「嫌よ! 何で!? 何でお兄様もユージーン様もあの女ばっかり!!」
クリスティーナはそう絶叫すると自分の首元にナイフを持っていく。
刃物沙汰に慣れていないのだろう。
お義兄様も旦那様も顔色を失くしてしまったが、そんなのクリスティーナの思う壺だ。
あんな刃渡り2インチ位しかない刃物、鉛筆削るかじゃが芋を剥くか位の用途しかない。
下町じゃ6歳位から皆んな持っている物だ。
人や自分に向けたら大人からこっぴどく怒られるし、指を切ったら痛いんだって事も経験から学ぶから、絶対こんな使い方はしないけどね。
あんな物で首を切って死ねるとしたら、その道のプロだ。仮にクリスティーナに想像以上の度胸があって本当に首を切ったとしても、あの細腕ではちょっとした出血が関の山。
……出血? って、ドレス!!
ヤバい。首は傷が浅くても出血は派手だ。
クリスティーナは無事でもドレスの方が致命傷を受けてしまう。
「フォス、カイヤ、あのナイフは奪える?」
『もちろん!』
『余裕だね』
「分かったわ……じゃあ、ギリギリまで待って」
私はフォスとカイヤとこっそり話を付けると、お義兄様の隣へと並んだ。
「お義兄様、ここは私に任せて下さい。大丈夫です、クリスティーナに自らを傷付ける様な真似はさせません」
……だってドレスが汚れるもん。
ここでフォスとカイヤに任せてクリスティーナを無力化してしまうのが手っ取り早いのは分かってはいるが、それだと恐らくクリスティーナはまた何か仕掛けて来るだろう。
もう、ここで決着をつけてしまいたい。
公爵家がらみの茶番に付き合うのは今日で最後だ。
私が一歩近付くと、クリスティーナがナイフを自分の首により近付けてギロリと睨んで来る。
「ねぇ、そんな事して何になるの?」
「何にもならないわよ! 何にもならないから、私も公爵家ももう終わりだから、だからせめて、アンタが苦しむ事をしたいの!!」
…………凄い事言われた。
「どう? 目の前で人に死なれたらショックでしょう? 記憶にこびり付いて、一生私の事が忘れられなくなるはずよ!」
「……私に、クリスティーナの事を覚えていて欲しいの?」
「違うわよ! 何でそうなるのよ!」
…………えぇー?
「ねぇ、何でそんなに私を嫌うの? そもそも、嫌いなら嫌いでお互いもう関わらなければいいだけの話じゃない。何で嫁ぎ先まで纏わりついて来るのよ?」
「……だからよ」
「え?」
「アンタが! 本当は私なんか眼中に無いからよ! どうせ私は本物じゃないもの。アンタには価値が無いんだって。私の方が価値があるんだって。そう周りに思わせないと私がいらなくなっちゃう!!」
クリスティーナはそう喚くと、ナイフを持つ手に力を込めた。
「金色って、まさか髪色の事? そんな事で……」
「そんな事、じゃないっ!!」
髪を振り乱して叫ぶクリスティーナは、突然自分の髪を掴むと、
ザクッ……と、ナイフで切り落とした。
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