王太子が現れた!
この令嬢はクリスティーナの取り巻きでは無いな……旦那様に懸想してたクチかしら?
突然目の前に現れて何やら囀っているご令嬢を見ながらそんな事を考える。
もし本当に旦那様の事が好きだったのなら同情の余地もあるのだが、こればっかりは仕方がない。旦那様はもはや既婚者なのだし、逆恨みで私に絡んで来られても困る。
しかも、こう一方的に嫌味や悪口を言われた日には同情心も吹っ飛ぶってものだ。
さっきのご令嬢は勝手にいなくなってくれたから楽だったんだけど、この人は相手にしなきゃ駄目かなぁ。
「ちょっと! 聞いてますの!?」
あ、全然聞いて無かったのバレた。
「申し訳ございません、あまりこういった場に慣れていない物で…」
とりあえず、扇で顔を隠ししおらしく振る舞ってみる。
「フン、そんな事だろうと思いましたわ。貴族の教育も碌に受けていないからこんな体たらくなんではなくて? 貴方みたいな方を無理矢理押し付けられて、ユージーン様が可哀想だわ!」
「ああ、やはりそういう事でしたか! ミルクス子爵令嬢」
よし、言質は取った。私の勝ちだ。
「私、まだミルクス子爵令嬢をご紹介頂いた事もご挨拶させて頂いた事もございませんでしたわよね? どうして親しげにお話しして下さるのかしら? と不思議に思っておりましたの」
ミルクス子爵令嬢の顔がサーッと蒼くなる。
まさか私が令嬢達の顔と名前を一致させているとは思わなかったのだろう。甘いわ!
こういった夜会の場で、身分が低い者から身分が高い者に先に話しかけるのはタブーだ。
まして、挨拶もした事のない間柄で自分より高位の者に声を掛けるなんて、非礼を責められても仕方ない。
私は曲がりなりにも伯爵夫人。子爵家の、しかもまだ令嬢のミルクス子爵令嬢より明らかに身分は上だ。
「あ、あの…私…」
「けれど、ミルクス子爵令嬢は旦那様ととても親しい間柄だから私に声を掛けて下さったのね? 既婚者を捕まえて『ユージーン様』なんて名前を呼ばれるなんて。…どういった間柄かしら?」
「!!」
ミルクス子爵令嬢は今にも倒れそうな程白い顔をしている。これ位でそんな風になるなら喧嘩なんか売って来なければいいのに。
基本的に平和主義者な私は自分から揉め事を起こすつもりはないが、喧嘩を売られたからには容赦はしない性質だ。
…とはいえ、流石に今日の所は私もこれ以上目立ちたくは無い。
よし、逃してやろう!
そう思って口を開きかけた時…
「ハハハッやるねぇ、ハミルトン伯爵夫人。私が助けに来る必要は無かった様だ」
背後から聞こえてはいけない声が聞こえた。
ま、ま、まさかそんな…恐る恐る振り返ると、そこには私と同じ眩ゆいばかりの金髪の美青年が立っていた。
そう、王太子殿下である。
それを理解した瞬間、私はザッとカーテシーの姿勢を取った。
「………」
殿下が何か話すまで待つが、暫く沈黙が続く。
私はその間微動だにせずカーテシーの姿勢を取り続けた。
「…いいよ、姿勢を戻して。挨拶を許そう」
「王国の若き獅子、王太子殿下にご挨拶させて頂きます。アナスタシア・ハミルトンにございます」
「うん、いいね。会えて光栄だよ、ハミルトン夫人。流石フェアファンビル公爵家仕込みだね。貴族教育も完璧の様だ」
王太子殿下のその言葉を聞いてハッとしたミルクス子爵令嬢がガクガク足を震わせている。
そう、私は先程あえて言及しなかったが、私の貴族教育の質を問うという事は、フェアファンビル公爵家の教育の質を問うという事なのだ。
間違いなく失言である。しかも、絶対にしてはいけない類いの。
「おや、君随分と顔色が良くないね。少し休憩室で休んだらどうだい? 護衛騎士に部屋まで送らせるよ。ハミルトン伯爵夫人、それでいいかな?」
「お気遣い心より有り難く感謝致します、殿下。
ミルクス子爵令嬢は、初めての夜会で戸惑う私の為に敢えて声を掛けて下さったのです。どうかよしなに」
出過ぎた真似かもしれないが、このまま護衛騎士に連れられて休憩室まで行くなんてあまりにも目立ち過ぎる。
騒ぎを聞きつけたミルクス子爵がもうそこまで来ているし、このまま帰らせた方が傷は浅いはずだ。
王太子殿下もミルクス子爵に気が付いた様で、私に向かってニッコリと微笑んだ。
——やっぱり胡散臭い!!
周りにいた令嬢達は『キャー!』となっているが、どうも私はこの人の笑顔が苦手だ。
「ああ、ミルクス子爵が迎えに来たようだね。それなら護衛騎士の出番は無いだろう。
……良かったね、ミルクス子爵令嬢。行くといい」
「は、はい! はい! ……本当に……ありがとうございます。申し訳ございませんでした!」
ミルクス子爵令嬢は深く頭を下げると父親に連れられて去って行った。
まぁ、やれるだけの事はやっただろう。後は私自身がどうやってこの状況から脱するかだ。
目立たない様に壁の花になるつもりだったのに、こんな会場のど真ん中で金ピカ2人が並んでいたら、目立って目立ってしょうがない。
「ああ、君のお迎えも来たみたいだね。もう少し話したかったんだけど残念だな」
見れば人垣の向こうから旦那様が焦った顔をしてこちらに向かって来ている。
「じゃあ、私はこの辺で失礼するよ。ハミルトン伯爵夫人も折角の夜会だ。楽しんで」
そう言うと王太子殿下は私の横をすり抜けて主賓席の方へと戻って行った。
『君のその黄金の髪は本当に美しいね。私と並んだら対の人形の様に映えると思わないかい?』
通り過ぎる時、私の耳元にこんな台詞を残して——
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