自分の気持ちを認める時(Side:ユージーン)
(Side:ユージーン)
アナの説明によると、この喋る光は精霊らしい。
なるほど。精霊か……
私は学生時代から考古学の研究をしているのだが、古い時代の物には今より密接に精霊と関係している物が多い。
アナのペンダントを初めて見た時、どうも既視感を覚えて気にはなっていたのだ。
とはいえ、女性物のアクセサリーは私にとってどれも似たり寄ったりで『まぁそんなものか』と思っていた。
しかし、魔道具と聞けば話は別だ。
アナにとってそのペンダントがあまりに大切な物だと分かったので貸してくれとは言えなかったが、記憶を頼りに自分なりに調べた結果、『フェイヤーム』という国に行き当たった。
フェイヤームというのは、実在したかどうかも定かでは無い、伝承上にだけその存在が残っている国とされている。別名を『精霊に愛されし国』。
しかし調べてみれば、フェイヤームの痕跡を表す遺物は実は結構残されていた。隣国ではフェイヤームは普通に『あったもの』として扱われている。
たまたま伯爵家の図書館には他国の蔵書が多いのでこの情報に行き当たったが、普通に国内だけに居れば一生知る事はなかっただろう。
……意図的に隠されているのか?
どうにもこちらもキナ臭い。
とりあえずアナには分かっている範囲の説明をして、今日の所は解散した。
そして気付く。
結局今日も何も伝えられていない事に。
パタンと閉まったアナの部屋側の扉に寂しさを感じて未練たらしく見ていると、ガチャンと鍵をかける音が聞こえてその場に崩れ落ちた。……もう、泣こう。
そんな情けない自分を変えるべく、私も領地にいる間に、目を逸らし続けていた領地経営について学ぶ事にした。
アナも夜会の準備の為に頑張っているんだ。負けてはいられない。
マーカスにも付き合って貰い、馬であちこちの視察をした。何も分かっていない私は、まず知る事から始めなければいけない。
『ユージーン、お前もやっぱりお義父上やソフィアと同じなのか? 俺の事を馬鹿にしてるのか?』
父の哀しそうな声とドロリと濁った目を思い出して、何度も邸に逃げ帰りそうになったけれど何とか踏みとどまった。
私の父は善人でもなく、悪人でもなく、ただただ弱い人だった。稀代の名領主と言われた義父も、無欠の令嬢と呼ばれた妻も、彼にとっては重荷でしかなかったのだろう。
せめて息子である私には無能な領主であって欲しいと願う父は、幼い私が政治や経済について学ぶと大声で叱責した。『お前もあちら側なのか』と。
反面、私が芸術や音楽、考古学に興味を持つととても喜んだ。『金勘定など貴族のする事ではない』と言って。
いつしか、私もそれが正しいと思う様になってしまったのだ。
自分の弱さを認めたくなかった父は女に逃げた。
世間では領地経営も放っぽり出して女遊びばかりのだらしない人間だと言われているが、彼は弱かっただけなのだ。
『私は、もう逃げるのはやめるよ。父上』
私の中にいる、父の残穢が消える事はないだろう。私も父と同じ弱い人間だからだ。
だから私は、逃げるのではなく向き合おうと思う。
自分の弱さと。
「ユージーン様は、何だか顔つきが変わられましたね」
鉱山からの視察帰り、馬で並んで歩くマーカスにそう言われる。
「そうか? 自分では分からないな」
「何というか、凛々しくなられましたよ。きっと奥様も感心されるんじゃないですか?」
……それは本気でそうあって欲しい。
私が領地の運営について学んでいる間に、アナもまた夜会に向けてかなりハードな勉強や美容三昧を受けていた。
日に日に美しくなるアナを見られるのは嬉しいのだが、外見の輝きに反比例するかの様にアナの元気が無くなっていくのが気にかかる。
何とかアナを元気付ける事が出来ないかと頭をひねっていると、昔友人達が『婦人を喜ばせようと思うなら、宝石を買うのが1番だ』と話していたのを思い出した。
そうだ! アナを誘って街へ装飾品を買いに行こう!
わざわざ店へ出向かずとも、業者は呼べばすぐに来るのだが、きっとアナは外へ出る方が喜ぶはずだ。
我ながら良い案を思い付いたと朝食の時にアナを誘う。
ドレスの仮縫いも良い出来だった様でアナが嬉しそうだったし、緑が目立つデザインを気にして私に確認してくるアナが可愛かったし、午後からはアナと出掛けるしで私はホクホクだった。
そして午後。
……なんか、アナが、すっごい見てくる……
2人きりの馬車の中。そういえばこんな風に2人で出掛けるのは初めてで、一体何を話そうかと考えていたらアナの視線に気付いた。
自慢じゃないが、ご婦人方からの熱視線には慣れている。
それこそ夜会の時なんて、令嬢達からウットリとした視線をバシバシに感じるのだ。
しかしこれは違う。
この、何かを観察するかの様な視線……。
そうこれは、先日領地を見て回っていた時に出会った、昆虫採集をしていた少年達がカブトンを見る目だ。
違うアナ! もっとこう、新妻が夫を見る目で見つめてくれ! これでもすごい迷って服も決めたし、髪なんていつもの倍梳かしたのだ。
宝飾店に着いてからも、何か思っていた感じにはならなかった。
アナはずっと笑顔でニコニコしているけれど、それは貴族がよくする感情を隠した笑顔だ。
私が見たいアナの笑顔じゃない。
「奥様にはこの様な華やかなイヤリング等がお似合いですわ!」
そう言ってイヤリングを付けて貰った時、少しだけ顔が引き攣った気がしたのでそっと近寄ってみると、『耳がもげる、耳がもげる』と周りには聞こえない様な音量で呟いていて、思わず吹き出しそうになった。
とにかく、少しでもアナが気に入った物は買い逃したくなくて、結構な装飾品をまとめ買いした。
アナも笑顔でお礼を言ってくれたが……なんか、無理してないか??
そんなこんなで馬車に戻ると、アナは伯爵夫人の仮面を外してヘロヘロと座席にもたれて座っていた。
おかしい。アナを喜ばせようと思って街に連れて来たはずなのに、却って疲れさせてしまった。
どうしたらいいのか分からず私が困惑していると、窓の外を見たアナが突然大きな声を上げた。
飴細工? そんな物が欲しいのか?
「あぁー、よりにもよって何で今日……」
そう呟いた残念そうなアナの顔を見た瞬間、気が付いたら私は馬車から降りていた。
驚き騒めく周囲に手を振り目的の出店へ向かうと、飴細工は数種類ある。
しまったな。どれが欲しいのかアナに聞いてくれば良かった。
そうは思うものの、段々と人が増えている周りの状況を考えると、さっさと買って撤退するのが正解だ。
じーっと飴細工を見て選んでいると、羽の飾りが素晴らしく繊細な小鳥の細工があった。
目を離すと今にも飛んでいってしまいそうな所が何だか少しアナっぽい。
よし! これにするか。
何故か目に涙を浮かべてプルプルしている店の主人に代金を払い、飴細工を受け取って馬車に戻る。
「だ、だ、だ、旦那様! 何をなさってるんですか!?」
アナは凄く慌てていたが、私はどうしてもアナが喜ぶ物を買ってやりたかったのだ。
「ほら、欲しかったんだろう?」
そう言って飴細工を手渡せば、アナは小さな声でお礼を言うと、何故だかうつむいてしまった。
……私はまた何か間違えてしまったのか?
不安になってそっとアナの顔を覗き込むと。
アナはとても、とても嬉しそうな微笑みを浮かべて飴細工の小鳥を見つめていた。
両手一杯の宝石を贈っても困惑するだけなのに、飴細工一つでこんなにも喜んでくれるこの妻にもっともっと喜んで貰いたくて。
本当はとっくに気が付いていたその気持ちを、ようやく私は認める事が出来た。
私は——アナが好きだ。
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