【コミカライズ配信開始記念特別SS】お忍びデートには向かないアナタ《中編》
「奥様、伯爵様の準備も整われたようですよ」
一週間前の出来事を思い出して少しぼんやりしていた私は、ダリアの声でハッと我にかえった。
さぁ、旦那様の変装の出来やいかに!?
私が少しの不安と期待を胸にワクワクしながら待っていると、扉が開いて旦那様とマーカスが部屋に入ってきた。
「どうだ、アナ! これなら完璧だろう!」
と、嬉しそうに胸を張る旦那様の姿を上から下までじっくり眺める。
お、おお……、駄目だ。キラキラしている。
服装は紛れもなく平民のそれだし、髪の色も瞳の色もちゃんと魔石で変えている。
いつもに比べてわざと手を抜いているのであろうヘアセットも野暮ったい。
……なのに何故だ。
どう見ても平民には見えない。
ちなみに魔石で髪色を変える時、自分の元の髪色より明るい色にするのは相当難しいものらしい。私の地毛は金色で比較的どんな色にでも変えやすいので気にならなかったのだが、旦那様の髪色はかなり深い緑色だ。
色々と試した結果、大分濃いめの茶髪にする事で落ち着いたのだが、黒にも近いこの色は、実はこの国では結構めずらしい。
黒は隣国のアウストブルクに多い色なのだ。
私がチラリとマーカスを見ると、マーカスは困った顔をしてハンカチで額をふきはじめた。
どうやらこれでは駄目だというのはマーカスにも分かっているらしい。
「旦那様、これで街に馴染めるかしら?」
このまま旦那様と街へ繰り出しても良いものなのか不安になった私は、振り向いて後ろで見守ってくれていた二人にこう尋ねた。
「そうですね。少し伯爵様としての気品が隠しきれていないかと……」
「目立ちますね!!」
控えめな笑顔で言葉を選ぶダリアの隣りで、マリーがスパーーン!!っと言い放つ。
うん、好きよ。マリーのそういうところ。
しかし困ったな、どうしよう。
「これでは駄目なのか? 何故だ!?」
困惑顔の旦那様が、これまた無駄にキラキラを振り撒きながら鏡の前で襟元の飾り紐を締めたり緩めたりする。
ちょ、やめてやめて。
そのしぐさ、無駄に私にヒットするからやめてください旦那様。
とりあえず襟が私の好みの開き具合になったところで旦那様を止めて、さてどうしたものかと考える。
私が困って頭をひねっていると、それを見た旦那様は少し慌ててこう言った。
「そうか、これでは変化が足りないのだな? しかし大丈夫だぞ、アナ。私にはマーカスが用意してくれた最終兵器があるからな!」
最終兵器?
訝しがる私をよそに、旦那様はこれまた自信たっぷりに胸ポケットから何かを取り出したのだが……。
め、眼鏡……!?
普段と違う髪と瞳の色。
無造作なヘアースタイル。
少しくつろげた襟元に……トドメの眼鏡!!
「……んぐぅ……」
「どうしたアナ!? 大丈夫か!??」
思わず胸を押さえて机にフラフラと手をついた私に眼鏡装備の旦那様が駆け寄ってくる。
「そ、それ以上は許してください旦那様……。ご自身の顔の良さを自覚してください……」
「何がだ!?」
何かもういっそ街とか行かずにこのまま旦那様の着せ替えをしたくなってきた私の顔に、ヒュッと風が吹きつけられた。
驚いて風が吹いてきた方を見ると、精霊トリオが退屈そうにふわふわ辺りを飛びながら、ブーブー文句を言っている。
『ねぇー、ぼくもう街にいきたいー!』
『ほんとだよ。僕たち何見せられてるのさー』
『いっそ、物理的に少し光らす? 眩しくて顔が見えにくくはなると思うんだけど』
早く街へ行こうとせかすクンツとフォスに、何気に一番困る提案をしてくるカイヤ。
いや、目立つ目立つ目立つ。
ごめんなさい、急ぎます。
顔面が発光する旦那様はちょっと嫌です。
「いっそフード付きの上着を着て、顔を隠してしまえば良いのではないですか?」
「それはそれで、高貴な方が身分を隠している雰囲気が出てしまうというか……。しかし、背に腹は変えらません。それでいきましょう」
私が旦那様や精霊トリオとわちゃわちゃしている間に、マーカスとダリアとマリーも何やら話をしていたようだ。
精霊トリオも退屈しているし、いつまでもここで悩んでいても仕方ない。
えーい、こうなればもう出たとこ勝負だ!
旦那様の正体がバレませんように!!
そうして、マーカスが用意してくれたフード付きの上着を追加で装備した旦那様と私は、ようやく馬に乗って街へと向かったのだった。
特別SS、まさかの中編です。書いていて楽しくて、つい長くなってしまいました…!
明日はいよいよ街へ行きますよー(*´∇`*)/
お付き合いくださっている読者の皆さま、ありがとうございます。
おかげさまでコミックの方もたくさん読んでいただけているようで、感謝の気持ちでいっぱいです!




