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対決!クリスティーナ

 扉を開けてくれたセバスチャンの後ろに付いて応接室へと入ると、向かい側のソファーにクリスティーナが座っていた。

 目を見開いて私を見ているその表情には、驚きと憎しみの様な物が混ざっているのがすぐに見て取れる。


 驚きでつい素が出てしまったのだろう。普段外面を取り繕うのが劇的に上手いクリスティーナが、セバスチャンやミシェルが居るのに悔しげに私を睨み付けて来た。


「お久しぶりですね、フェアファンビル公爵令嬢。本日は突然の事で驚きました。一体どういった御用向きですか?」


 こちらは敢えて余裕たっぷりに笑顔でクリスティーナに挨拶をする。

 ハッとして我に返ったクリスティーナはいつもの外面用の可憐な笑顔を浮かべて言った。


「突然ごめんなさい、お姉様。どうしてもお姉様にお会いしたくなってしまったの。フェアファンビル公爵令嬢だなんて余所余所しい呼び方しないで? 嫁がれてもお姉様は私のお姉様よ?」


 よくもまぁこれだけ取り繕えるものだと毎度感心するが、これが生粋の貴族令嬢というものなのだろう。


「お手紙も何度も出したのよ? お茶会のお誘いもしたのだけれど、全て断られてしまって……」


 ショボン、という効果音が聞こえそうな程肩を落として話すクリスティーナ。

 ここだけ見れば完全に『姉を慕う妹と冷たい義姉』の構図が出来上がりだ。


「ごめんなさいね、私はまだ貴族の社交に慣れていないから旦那様が心配して下さっているの。特定の方だけとお会いする訳にもいかないから、皆様のお誘いをご遠慮させて頂いてるのよ?」


 私は私で外面用の奥様モードを貼り付けて応戦する。

 ちなみにこれは本当の話で、私に来たお茶会のお誘いは全て丁寧なお断り状を書いて辞退させて頂いている。

 ……ミシェルが。


 一見和やかな会話に見えるかもしれないが、今このテーブルでは手に汗握る攻防戦が繰り広げられていると言っても過言ではない。

 お互いの腹の探り合いだ。


「まぁ! ユージーン様はお姉様を大切にして下さっているのね。良かったわ。ほら、ユージーン様には公爵家の都合で無理を聞いて頂いたでしょう? お気持ちを心配していたの」


 うんうん、

『旦那様的には結婚相手が私でさぞかし不服だったでしょう? 大丈夫だった?(ニヤニヤ)』

 て事ですね、分かります。


 まぁ実際かなり不服そうだったよ! 初夜なんか特にな!!


「旦那様にはとても良くして頂いているわ」

「でもぉ、新婚なのに毎日出掛けていらっしゃるんでしょう? 私心配で……」

「うふふ、旦那様はお忙しい方だから。でも、そんなにお忙しいのに御夕食はいつも私ととって下さるのよ? それで十分だわ」


 うん、嘘は言ってない。


 クリスティーナの口元がちょっとヒクッとしているわ。もう少し揺さぶったら被った猫が逃げてくかもなー。


「ほら、顔色も良くなったでしょう? 嫁ぐ前は色々不安な事や婚礼の準備の忙しさもあったから……。今は伯爵家の皆に良くして貰って、本当に毎日幸せなのよ?」


 ヒクヒクッとクリスティーナの顔が引き攣っていく。この子、ほんとに私の幸せ話嫌いだな。


「恥ずかしい話、少し太ってしまった位なの(公爵家で過ごした2年間でギスギスに痩せちゃってたからね!)。私が今幸せに過ごせているのも、旦那様との縁を結んでくれたクリスティーナのお陰よ。ありがとう」


 そう言ってニーッコリと微笑むと、クリスティーナがバンッと机を叩いて立ち上がった。


「……お姉様、実は家の事でご相談があって今日は来たの。

 ……人払いをお願い出来る?」


 しまった。やり過ぎたか?


 正面切って人払いを要求されるとは思わなかった。


「まぁ、私なんかに何のご相談を? ここにいるのは信用出来る者だけだから、私なんかに話せる様な内容ならば聞かれても問題無いと思うわ?」


 暗に、私に話せる事ならここで話せ、とクリスティーナに促すが


「ごく個人的な相談なのです……。しかも公爵家の内情にも関わる事なので、人前では……ちょっと……」

「まぁ、でも私も既に伯爵家の人間だもの。そんな公爵家の事情に踏み込んだお話を聞く訳にはいかないわ」

「そんな……お姉様はお姉様なのに……酷いです」


 ウルウルと目を潤ませるクリスティーナ。これをやられると、いつも問答無用で私が悪者になるんだよねー。

 セバスチャンとミシェルもどうしていいか困ってるみたいだし、仕方ない。


「……分かったわ。セバスチャン、ミシェル、少しの間下がって頂戴」

「「かしこまりました」」


 そうして2人はサッと頭を下げると応接室から出ていった。部屋を出て行く際にセバスチャンが心配そうにこちらを見てくれていたけど……公爵家とのゴタゴタに伯爵家の使用人を巻き込む訳にはいかない。


 さて、ついにクリスティーナと2人っきりになっちゃったけど、大丈夫かなこれ?


「……アンタ、随分と調子に乗ってるみたいじゃない?」


 ……いきなり飛ばして来たな。


 セバスチャンとミシェルが応接室から出た途端にクリスティーナの声がワントーン低くなった。

 貴族の中には使用人を人だと思っていない人種も多くて、そういった輩は使用人の前でも平気で本性を現す。

 しかし、クリスティーナはそんな事はしない。使用人の前でも優しく嫋やかな公爵令嬢であり続けるのだ。


 ーー私の前では本性丸出しなんですけどね。


「フェアファンビル公爵令嬢こそ、他家に来てその態度は頂けないと思いますわよ?」

「なに? 公爵家を出たからもう安全だとでも思ってるの? はっ! ちょっとユージーン様に優しくして貰ったからって何か勘違いしちゃった訳?」


 これがさっきまでの可憐な令嬢と本当に同一人物かと疑いたくなる位に今のクリスティーナはいやらしい顔をしている。


 ーーいや、別に旦那様にも優しくして貰ってはないんですけどね。


「調子に乗るのも今のうちよ! ユージーン様だって、私が少しその気を見せればコロッとこっちに靡くに決まってるんだから!!」

「公爵家のご令嬢が、随分下衆な物言いですね」

「!!?」


 公爵家にいる2年の間、歯向かう事も無くされるがままだった私の突然の変貌に流石のクリスティーナも驚きが隠せない様だが、本性隠すのがクリスティーナの専売特許って訳では無いのよ?


「それで、この様に強引に他家に上がり込むなんて、一体どんなご用事があったのですか?」


 もう公爵家にいた頃の様に何でも言う事を聞く私ではない、という姿を見せる為に強気な口調で話を続ける。

 一瞬呆気に取られていたクリスティーナだが、直ぐに気を取り直すと憎々しげに私を睨んできた。


「懐かしいわね、その生意気な目!」

「え?」

「初めて公爵家に連れて来られた時、あなたはそんな目をしていたわ。平民の分際で堂々と背筋を伸ばして、真っ直ぐに私を見つめていた」


 ガッ!とクリスティーナがティーポットを掴んだ。

 クリスティーナと初めて会った時、いきなりティーカップを投げ付けられた事を思い出し、サァッと顔が蒼ざめる。


 今クリスティーナが掴んだティーポットにはお代わり用の紅茶がたっぷり入っている。

 しかも、ハミルトン伯爵家らしく保温の魔石が使われ、淹れたての温度がキープされた状態の紅茶がだ。そんな物投げ付けられたらただでは済まない。


「何をなさるおつもりですか? フェアファンビル公爵令嬢」

「初めて会った時から気に入らなかったのよ。ここでも粗雑に扱われてボロボロになってるだろうから、その姿を笑ってやろうと思ってたのに……。やはり母親に似て、男に取り入るのだけは上手かったのかしら?」

「……どういう意味ですか?」

「やってる事が顔だけはいい下級貴族の母親そっくりじゃない。辺境伯の遠縁だかなんだか知らないけど、たかだか一代男爵の娘が公爵家の令息をたぶらかすなんてとんでもない話だわ!」


 ーー辺境伯の遠縁? 一代男爵の娘??


 興奮して捲し立てるクリスティーナは私が知らない情報をポロポロと洩らす。


「そんな風に表面だけ綺麗に着飾って男は騙せても、育ちの悪さは滲み出るのよ! 私がお似合いの顔にしてあげるわ!!」


 クリスティーナがティーポットを握っていた手に力を込めたのが見ているだけで分かる。


「本気ですか? 他家の夫人にそんな事をして、いくら公爵家の令嬢とはいえただでは済みませんよ?」

「大丈夫よ。これは正当防衛だもの」

「は?」

「お姉様が私に熱い紅茶をかけようとしたから、抵抗して揉み合っている内にお姉様が紅茶を被ってしまったの。ね? 正当防衛だわ」


 ーーこいつ、本気だ!!


 私は思わず立ち上がるとジリジリと後ずさる。

 きっとセバスチャンは扉のすぐ外で待機してくれているだろう。大声をだす? いや、ティーポットを投げるなんて一瞬だ。絶対間に合わない。


 クリスティーナがティーポットを私目掛けて投げ付けたのと、謎の光がクリスティーナと私の間に割り込んだのと、応接室の扉がバンッと勢い良く開かれたのは、全てがほぼ同時だった。


お読み頂きありがとうございます!

本日は夜にもう1話、更新予定です。

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