お話「オジギソウ」
園芸好きの妻がオジギソウを買ってきた。
ベランダはもう置き場がないとの事で、陽当りの良いリビングの出窓に置く事にしたようだ。
俺からすれば植物なんてどれも同じにしか見えないが、触れると葉が閉じるというのは面白い。
ツンと軽く触れる度にシューンと葉が閉じていく律儀さは植物というよりも生き物のようである。
俺が植物に興味を持ったのがよほど意外だったのか、妻はやけに嬉しそうだ。
そんなに喜ばれてしまえば俺としても満更でもない。
「そう何度も触ると葉が疲れちゃうから、あまり苛めないであげてね」
「そうか。苛めたつもりはないんだけどなぁ」
疲れちゃうものなのか。
ますます生き物のようで摩訶不思議である。
枯らすのは流石に可哀想なので今後はツンツンしないと心に決めた。
妻には「極端すぎる」と笑われたが。
葉を閉じる機会を失ったオジギソウなど、他の植物と何ら変わりない退屈なものである。
しかし気付けば俺はリビングに入る度にオジギソウを気にかけるようになってしまった。
気にかけるといっても別に水をやったり話しかけたりする訳ではない。
ただ何となく見てしまう──ただそれだけである。
そして我が家にオジギソウが来て一週間が経った頃、不思議な事が起きた。
「……?」
朝、リビングに入った瞬間の小さな違和感。
それが何なのかはすぐに理解できた。
(オジギソウの葉が閉じてる?)
妻は慌ただしくキッチンで朝食の準備をしており、とても水遣りをした後とは思えない。
その時は「妻が何かの拍子に葉に触れたのだろう」程度にしか思わなかったのだが、異変はその後も続く事となる。
(あれ、また閉じてる)
帰宅して夕食を食べている最中の事だった。
テレビCMの合間にふと見たオジギソウの葉の一部がピタリと閉じていたのだ。
(いつの間に? 食事前は間違いなく開いていたのに)
俺も妻も間違いなくオジギソウには触れていない。
それなのに一体どういう事か──
少し気になって妻に聞けば「やだ、虫がいるのかも」と軽く騒がれてしまった。
どうやら虫が触れても葉は閉じるらしい。
疲れるくせに虫にも律儀に反応するなんて、やはりこの植物は不思議である。
自然界で本当にやっていけるのか?
暫く妻と共に虫探しをしたものの、結局虫は見つからなかった。
その後、俺は数日に渡って何度となくオジギソウの葉が閉じている場面を目にする事となる。
時には殆どの葉が、時には一部の葉が。
ふと見た時にはピタリと閉じているのだ。
妻は俺がこっそりツンツンして遊んでいると思っているようだが、誓ってそんな事はしていない。
俺も始めこそ「妻がツンツンしている説」を考えていたのだが、妻が居ない場でも普通に葉は閉じるのでその可能性は捨てた。
(うーん、今は葉が開いてるよなぁ)
ある休日。
妻が買い物に出掛けてしまい、俺は一人でダラダラとテレビを見ていた。
薄手のカーテン越しに陽の光がオジギソウに降り注いでいる。
直射日光ではないとはいえ、あまり暑いのも良くないのではないか──などとぼんやり考えていた時だった。
(……え?)
シュン、シュンシュンと、オジギソウの葉が閉じたのだ。
それも右側の葉、真ん中、左側の葉と順に指でつついたかのような揺れ方で。
もしオジギソウが自発的に閉じたのなら、あんな風に枝葉は揺れない筈である。
しかし先程の動きはまるで透明人間が触ったかのように不自然なものであった。
「……」
それまでは「なんか不思議だなぁ」で済んでいた現象が、途端に薄気味悪いものに感じられる。
何が起きてるんだ?
結局この日は妻が帰って来るまで気もそぞろに過ごす羽目になるのだが、後々この異変はまだほんの序の口であったと痛感する事となる。
(またか……)
シュンシュン、シュシュシュンとリズミカルに葉が閉じていく光景を前に、俺は微妙な思いでオジギソウから目を逸らす。
もはや見えない何かは俺が見ている事を気にしていないのか、以前にも増して葉に触れる頻度が増している。
数日もすれば、明らかに不可思議な現象もすっかり見慣れた光景になってしまった。
ちなみに葉の触り方はその時々によってまちまちである。
時には一部をツンと控え目に。
時には左、右、真ん中と無駄にリズミカルに。
時にはヤケクソかという程乱雑に全体を揺らし──
この頃になると「植物に宿る妖精か、イタズラ好きの座敷童子でもいるのかもしれない」という非科学的な考えしか思い浮かばなくなっていた。
ちなみに妻は「座敷童子だったら良いわねぇ」と話半分である。
どうやら彼女は勝手に葉が閉じる瞬間を目撃していないらしい。
俺が「見えないイタズラっ子」に慣れてから暫く経った頃。
なんとオジギソウの葉の一部が変色し始めたのだ。
その変化は顕著であり、たった数日で株の半分が茶色くなってしまった。
ここまで来れば無知な俺でも「枯れかけているのだ」と理解出来た。
妻は「オジギソウが夏場に枯れるなんて」と首を傾げている。
それでもどうにか救おうとアレコレしていたらしいが、結局オジギソウは完全に枯れてしまった。
もしや触られすぎたせいで枯れたのではと思ったのだが、調べてみると触りすぎても反応が鈍くなったり成長に影響が出る位で枯れる訳ではないらしい。
じゃあ、何故──?
オジギソウがあったスペースからは鉢が消え、何となく穴が空いたような寂しさを覚える。
「初めて気に入った植物」という思い入れのせいだろう。
妻は早くも「次は何を置こうかしら」と気持ちを切り替えていたが──
さて、鉢が片付けられた翌日の晩。
俺は妻が風呂に入っている間、リビングでテレビを見ながら晩酌を楽しんでいた。
特に切っ掛けがあった訳でもなく、ふとスマホを弄ろうと姿勢を正した時だった。
サワリ
「えっ」
何かに頭を撫でられた。
あまりにも唐突で、俺は間抜けな声を上げながらキョロキョロと周囲を見渡す。
当然リビングには誰も居ない。
サワッ
再び頭頂部の髪が撫でられ、俺の背筋が凍りついた。
頭を撫でるというより、髪を撫でるような触り方である。
「な、なんっ……?」
体は動かず、驚き過ぎたせいか声も出ない。
酔いなどすっかり冷めてしまった。
どれ程硬直していたか──更にもう一度。
左の側頭部が触られ、右耳に魚のような生臭い息が掛けられた。
『 オ 辞儀 シロ 』
その日以降、我が家のリビングには常にオジギソウが置かれる事となる。
妻は俺が大のオジギソウ好きだと思っているようだ。
葉が勝手に閉じるのを見かける度に、しわがれた老人のような声を思い出す。
我が家には何が同居しているのだろうか。
〈あとがき〉
この度は最後までお読み下さりありがとうございます。
本作品は試験的に「あいうえお」で完結とさせて頂きます。
思い付いたら「かきくけこ」以降も続編で作るかもしれません。
流石に「た行」まで行けるようなら一纏めの総集編にするかもしれませんが、今のところは完全に未定です。
もしその時が来ましたら宜しくお願いします。