え話「エスカレーター」
最近急激に暑くなった。
大慌てで衣替えをしたものの絶妙に組み合わせが気に入らない。
そんな訳で私は急遽、都内の商業施設へと赴いたのだった。
目当ては当然、今年の流行を取り入れた夏服である。
──が、折角だし色々見て回りたい所。
まぁ気の向くまま適当にブラつくとしよう。
私はいつものようにエレベーターで一気に七階まで上り、気になったショップを回りながらエスカレーターで下っていく事にした。
七階で買い物をし、適当にフロアを練り歩いて六階へ向かう。
店内は平日の昼間の割には混んでおり、エスカレーターもほぼ人が途切れない程度には利用者が多かった。
下りのエスカレーターに乗り、ショッパー片手に次は何を買おうかと思案する。
そんな時だ。
ふと反対側の上りエスカレーターに目を向けた私は、ジッとこちらを見つめる高校生くらいの女の子と目が合ってしまった。
その目はまさに「凝視」という言葉が当て嵌まるもので、私はドキリとしながらも反射的に視線を逸した。
とはいえ、お互いに上りと下りのエスカレーターに乗る身である。
彼女の視線は顔ごとこちらを追いながらすぐに見えなくなってしまった。
勿論、彼女の顔に見覚えはない。
もしかして顔や頭に何か付いてたかと思って手鏡を見るも、特に問題は無いようだ。
すれ違ったのはほんの数秒だったにも関わらず、妙に印象に残る嫌な時間であった。
何なの。
「はぁ……」
思わずため息を吐きながら六階に降り立つ。
何軒か店を巡り、新たにインナーを一着購入する頃には先程の「ガン見女子」の件はすっかり忘れてしまっていた。
それを思い出したのは、六階から五階へ下りるエスカレーターに乗った時だった。
「(……え……?)」
思わず出そうになる声をどうにか飲み込む。
上りのエスカレーターとすれ違う時、またしてもこちらをガン見する人物と目が合ったのだ。
先程の女の子ではない。
カップルらしき若い男女だ。
かなり派手めな女性とチャラそうなメッシュ頭の男性で、偏見かもしれないがかなり喧しそうな外見をしている。
そんな全く知らない二人が特に会話をするでもなく、ただジッと。
真顔で私の顔を凝視していたのだ。
問答無用で動き続けるエスカレーターに合わせて顔をこちらに向けてくる様子は異様としか言い様がなく、背筋がゾクリと粟立つ。
一体何なのか──
薄気味悪さを感じつつ、私は気持ちを切り替えるように五階を見て回った。
特に欲しい物は見当たらなかったものの、時間を置いた事でだいぶ気は紛れた。
どうせ知り合いに似ている人が居たとかそんな理由だろう。
すっかり気を取り直した私は、四階へ下りるべくエスカレーターに乗った。
流石に三度目はないだろう、と。
しかし──
「!?」
こちらを見る顔が増えていた。
友達同士らしい二人組の女の子と、少し間を空けて若い男性の計三名。
その三名がすれ違いざまに私の顔をジィッと見つめていたのだ。
一切の感情が消えたような無表情が。
瞬き一つしない三人の目が。
エスカレーターを下りる私の顔に向けられ続ける。
もはや意味が分からない。
バクバクとうるさい心臓に混乱しながらも、私は咄嗟に「早くここから離れなくては」という考えに辿り着いた。
よく分からないなりに「この建物には居たくない」と本能が告げていたのだろう。
その結果だけを急ぐあまり、私はついいつもの癖で下りエスカレーターに乗ってしまった。
馬鹿か。
「しまった!」と思った時にはもう遅く。
私の後ろには既に人が乗ってしまっていて戻る事すら出来無い状況になっていた。
こうなってはもうどうしようもない。
反対側エスカレーターを見たくないと思う一方で「もしかしたら何も無いかもしれない」という希望も捨てきれず、私はショッパーを握る手汗の凄さを感じながら恐る恐る顔を上げた。
「ひっ!?」
すれ違うエスカレーターに乗る全ての客が、私を凝視していた。
それもよくある片側一列並びではなく、二人並びのギュウギュウ詰めのエスカレーターの客全員が、である。
ヴィーン、と下っていくエスカレーターの無慈悲な遅さがもどかしい。
私は震える足に鞭を打ち、三階に着いた瞬間に駆け出した。
「ハァッ、ハァッ! 何なの!?」
もうここのエスカレーターは使えない。使いたくない。
脳裏に焼き付いた大勢の視線が不気味で恐ろしく、膝の震えが止まらない。
私はなけなしの気力を振り絞ってエレベーターへと向かった。
来た時は普通だったエレベーターなら問題は無いだろうという根拠のない考えによるものである。
実際、やって来たエレベーターは普通だった。
外の見えるガラス張りの箱には客が八人程乗っており、私は数人の客と共にドヤドヤと乗り込んだ。
「はぁ……」
まだこの建物から出た訳ではないけれど、ようやく人心地ついた気がする。
二階、一階と点灯表示が変わるのを見守りながら、私は人知れず胸を撫で下ろした。
ポーン
フロア到着を知らせる音が鳴り、エレベーターの扉が開く。
全員降りると思っていた私は遂に悲鳴を上げた。
エレベーター内の客全員が、私を取り囲んでジッと凝視していたのだ。
以来、私はその商業施設には行っていない。
あれは何だったのだろうか。