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人間の赤ちゃんが最初に笑ったとき、妖精は生まれる。
リパブリック王国の第一王子、アルフレードが初めて笑った時、俺は妖精として妖精の谷に生まれ落ちた。
妖精の谷にて礼儀作法を教わった俺は、生後100日に行われたアルフレード王子のお披露目の儀式にて、王子付きの妖精として契約を結んだのだ。
――――……
さて俺の昔話をしよう。
平成に生まれ、令和の時代では医学部生として医師免許も取り、卒業間近であった。
そんな俺だが、歩道橋の階段で足を滑らせ、落っこちた先の打ち所が悪く死んでしまったようだ。
気づいたら、妖精の谷で妖精として生まれていたのである。
妖精としての俺の姿は前世とは全く違う。
ティンカーベルを想像してほしい、……そう俺は女として生まれ変わっていたのである。
見た目は俺の好みでもある、茶髪のおっとりした女の子であった。
妖精の谷では番人であるヘンク爺さんとオリーブ婆さんの2人から、生まれた妖精たちは礼儀作法を習う。
かく言う俺も妖精としての礼儀作法を習った。
ヘンク爺さんもオリーブ婆さんも俺が前世持ちと驚いていたが、妖精として過ごすのに困らないからとゴリ押しして礼儀作法を詰め込んできた。
それもこれも俺が第一王子付きの妖精だからだ。
この世界では生まれた子供には必ず妖精が1匹付くのだが、まれに妖精が生まれない場合や、生まれた妖精に問題があり付かない場合もある。
しかし、第一王子に前世の記憶があるからだけで、妖精が付かないのは大問題になってしまうらしい。
というのもリパブリック王国の王子たちは、妖精に『ネバーランド』に連れて行ってもらい、秘宝の欠片を持ち帰ることで王位継承権を獲得するそうだ。
つまり妖精が付かないイコール、王位継承権が得られないという事だ。
少々前世の記憶があって、少々ひねくれた性格をしていても、いないよりはマシなのである。
100日の間に妖精としての知識を手に入れた俺は、儀式にて王子付きの妖精として契約し、王城での生活が始まったのである。
王子がすくすくと成長するのを隣で、ときどきイタズラしながら見守る。
アルフレード王子はキラキラ輝くブロンドヘアーがとても似合う、可愛らしい男の子であった。
――――……
王子が生まれて15年の月日がたった。
王と王妃はとても仲が良く、アルフレード王子の下には4男2女の兄弟が生まれていた。
アルは8歳あたりから、俺にネバーランドに連れて行くよう強請ってきた。
しかし俺はその願いを叶えはしなかった。
アルはそれでも食い下がる。
そんな2人の押し問答が7年続いている。
7年で色んな事が変わった。
まず下の弟たちがネバーランドへ行き、秘宝の欠片を持ち帰った。
そもそもアルがネバーランドへ行くのを強く望み出したのは、第二王子が5歳にてネバーランドへ行ったからである。
リパブリック王国の歴史をみても5歳は早い方である。
そのため大人達もアルを急かしたりはしなかったし、アルも余裕があった。
それが壊れたのが第三王子も5歳でネバーランドへ行った時だった。
その時アルは12歳で、ネバーランドへ行く適齢期でもあったのだ。
しかし、アルはネバーランドへ行くことはなかった。
……俺が連れて行かなかったので。
そしてアルの環境が大きく変わった。
生まれた瞬間から居たアルの婚約者候補たちは年々増えていたのだが、ある時から数が減り、今では1人しか残っていない。
親である王と王妃はアルが王位を継ぐ気がないと判断し、周りにいた護衛たちの質を変えた。
それに伴い貴族達からの風当たりも強くなる。
媚へつらっていた相手から悪態をつかれることもあった。
そんな様子を間近で見ている俺だが、心変わりすることはなかった。
――――……
「俺としても、ヒジョーに心苦しいんだよ。でもさ、アルには乗り越えなきゃなんない試練があるわけよ」
「なにが心苦しいんだ!心にもないことを。いいから早くネバーランドへ連れてけよ」
王子にしては口が悪いアルである。
まあ、生まれた時から一緒の妖精がこんな性格だからな。ほぼうつってる。
「だだをこねるのは第四王子にだってできるぜ、アル」
「お前がいつまでたっても連れていかないのが問題なんだろ」
「もうさ、諦めなよ。俺、連れてく気ないし」
アルとアルの肩近くを飛ぶ妖精(俺)との攻防戦を、護衛であるロレンツォは愉快そうに見ている。
ちなみに妖精の中で人間の言葉を話せるのは俺だけで、初めて俺が話した時には、アルはもちろん当時はたくさん居たメイドや護衛もざわめきだった。
アルは選ばれた特別な存在なのだと、その時はみんながアルを称えたのだ。
まあ、俺が喋れるのは元人間である特権なんだろうが……。
それが、今では側にいるのがロン1人なのである。
アルの身の回りの世話をするメンバーは、現状では護衛のロンとメイドが2名のみである。
メイドとはほぼ顔を合わせないため、四六時中そばにいるのはロンと俺のみである。
そんな可哀想なアルなのだが、可愛い婚約者候補が1人いるのである。
そう、俺がアルをこんな状況に追いやったのはこの婚約者候補の存在である。
俺は医学部生として真面目に勉学に取り組んでいた、しかしカーストでいえば底辺であったのだ。
合コンに行っても相手にされず、同級生にすら避けられていた俺は、婚約者候補のいるアルが許せないのであった。
まあ私情である。
こんな私情のせいでネバーランドに行けず、王位からは遠ざかり、婚約者候補も減っているのである。
婚約者候補が0になっていれば、お情けで連れて行ってやらんでもなかった。
しかしどんなにドン底の立場になっても、その1人の婚約者候補は辞退しなかったのである。
それどころか、たまに会いに来てはアルを励まし、元気づけるのだ。
俺はそれも気に食わなかった。
仲睦まじく語り合う2人を見ると、心の底から禍々しい気持ちが溢れてくるのである。
可愛らしい婚約者候補にデレデレしているアルに対して、小石を投げつけたり、水をかぶせたり、髪の毛をボサボサにしてやったり、イタズラをして邪魔をしてやるのだ。
もちろん婚約者候補に被害がないように細心の注意を払っている。
こんな俺が側付きの妖精だったばっかりに、アルはネバーランドにいつまでたっても行けないのである。