三度目の正直 ③
シルフィーが襲われたと聞いて、ノアールが彼女の部屋に向かったのは夕方だった。
誰もその事を教えてくれず、たまたま牢屋に確認することがあって寄ったら、ジークがいてそこのことを知ったのだ。
慌てて彼女の部屋に向かう。
扉の前まで来て緊張が押し寄せてきた。
"もう、ノアールがシルフィーと結婚してくれたら良いのに。"
先ほどのメリス様の言葉を思い出し、ブンブンと首を大きく左右に振って払う。
一度大きく深呼吸をして扉を叩いた。
「はーい、どうぞー。」
いつもと違う明るい声が聞こえて、嫌な予感がしつつも部屋の中に入った。
部屋には酷いアルコール臭が充満し、床には酒瓶がいくつも転がっていた。そしてその匂いを撒き散らすのは、ベッドを椅子代わりにして座る女性。服は乱れて、目は赤く腫れている。
恐らくは先ほどまで泣いていたのだろう。だが、今は酒で陽気になっているようで、その目は据わっていた。
「飲みすぎですよ。どれだけ飲んだんですか?」
「うるさいわね!良いじゃないたまには。ほら、ノアも飲んでよ。」
「結構です。」
「なによ、冷たいわねー。」
そう言いながらもその直後にはケラケラと笑っている。
「襲われたと聞きましたが?」
「何で業務用の口調なのよ。」
「まだ業務中なので。」
「真面目ねー」
馬鹿にしたような言い方に多少思うところはあったが、酔っぱらい相手だと我慢する。
「怪我はありませんか?」
「ああ、ないない。大丈夫よ。」
「なら、良かったです。お側を離れて申し訳ございませんでした。」
ホッと安堵の息をつくと、シルフィーがこちらをじっと見つめてくる。
「良くないわよ。いつもこう。王としての責務を果たしているだけなのに、命を狙われて。普段は暗殺だけど、とうとう婚約者にまで殺されかけるなんてね。酷い話だと思わない?」
「ええ。」
「はぁ…次はノアかしらね。」
「え?」
突然、矛先を俺に向けてくるシルフィー。
「だって、いつも激務ばかり。身体を張って私を守らなきゃいけない。私がいなければ命の危険もないのにね。ノアだって私がいない方が良いって思ったことあるでしょ?」
「…本気で言ってるの?」
「本気だよー。嘘ついてどう…」
するの?という言葉は続かない。それは俺が、彼女の身体を押し倒したからだ。手を組んでベッドに固定して、動けないようにする。
「もう一度聞くよ。それ、本気で言ってるの?」
じっと見つめていると、彼女の瞳から涙が零れた。
「だって皆、私を殺したがってる。今までに何度、料理に毒が入ってたと思う?昨日だけで100回を越えているわ。
今日は婚約者にまで殺されかけたのよ。そんな私に何を信じろって言うのよ!」
「それでも!…俺だけは信じて欲しかったよ。」
情けなく涙がこぼれた。それがシルフィーの頬に落ちる。
彼女は驚き目を見開く。まるで俺は泣かないと思われていたように。
「ごめん。言い過ぎたわ。母にも色々言われて気が滅入っていたの。
…こんなんだから、女らしさがないって言われるのね。突っぱねることしか出来なくて、甘えることを知らないから。」
「…思わないよ。」
「え?」
「俺は女らしくないなんて思わないよ。…シルフィーが好きなんだ。」
俺は何を言ってるんだ。と、思いながらも想いが止まらず言葉になる。
「ずっと好きだったんだ。君に初めての婚約者が出来るよりも前からずっとだ。
君の気持ちを優先したかった。だから、俺の気持ちは心に閉まってきた。
だけど、もう無理だよ。好きな人にこんなこと言われて黙っていられる程、俺はお人好しじゃない。」
シルフィーの唇にキスをする。お酒の香りがしたけど、柔らかい感触にたまらない気持ちになる。
唇を離して彼女の顔を見た俺は一気に冷静さを取り戻す。
俺はシルフィーに嫌がられる覚悟で唇を交わした。なのに、目の前にいる彼女はお酒とは違う色で頬から耳までを真っ赤に染め、恥ずかしそうな様子で俺から視線をそらせるのだ。
それはどう見たって、嫌がっているようには到底思えなかった。
「シルフィー、好きだよ。」
言ってシルフィーの背中に手を回して抱き締める。赤くなった耳元に口を近づける。
「シルフィーはどうなの?聞かせてよ。」
ビクッと彼女の身体が反応する。離そうと抵抗してくるが、答えを聞くまで離すつもりはない。
シンと静まり返った部屋には、抵抗する衣擦れの音だけが生々しく聞こえる。それはしばらく続いたが、最後は諦めたようで動きが止まる。
「…好き。」
その言葉だけで心臓が反応してドクドクと脈を打つ。まるでお酒に酔ったような気分だ。
「…わ、私がそれに気づいたのは、さ、最近よ。ジークに浮気をされているなって気づいた頃。
ノアの事は弟のように思っていたはずのに、それが違うなって違和感を感じて…でも、私は結婚してたし…こんな女、嫌だろうなって思ってたわ。」
「そんなこと思ったことないよ。」
彼女を傷つけないように優しく言えば、強く抱き締められた。それが嬉しくて、シルフィーの頭を優しく撫でる。
「ねぇ、ノア。」
「うん?」
「3回も男に振られた女だけど、もらってくれる?」
「何それ。プロポーズなの?」
クスッと二人で笑ってから見つめ合う。再び唇を重ねてから、今度は強く抱き締める。
すぐに唇が恋しくなり彼女を見れば、安心したのかすっかり眠ってしまっていた。思わず笑ってしまう。
名残惜しくて頬に軽くキスをして、俺は彼女をベッドに寝かせたのだった。
次の日、彼女は青ざめていた。もちろん、お酒のせいというのもあるのだろうが、大きな原因は別のところにある。
部屋はすっかりきれいに片付けていたので、酒の匂いだけが微かに充満する部屋は少し違和感があるなと思う。
「おはよう。シルフィー。」
「お、おはよう。ノア。…。あの、一つ聞いてもいいかしら?」
「なに?」
「なんで私はノアの腕枕で寝ているのかしら?」
「もしかして昨日のこと覚えていないの?」
少しだけ不安になって聞くが、彼女は首を左右に振った。彼女の髪が俺の腕をくすぐる。
「なら、なにも問題ないよ。だって、俺たちは夫婦になるんだろ。」
そう言うことじゃなくて!と、言いたげな彼女は、恥ずかしさで耳まで真っ赤にしていて、可愛くて仕方がない。
「3度目の結婚してくれるんでしょ?」
わざとらしく言えば、シルフィーもわざとらしく頬を膨らました。
そんな、何でもないことがかけがえなく愛おしい。俺は彼女を一生幸せにすると心に誓ったのだった。
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