兄の婚約者 ⑤
「レオ!!」
バンッ!と、ノックもせず扉を開くと、驚いた様子でレオがこちらを振り向いた。
「シルヴィア。どうしたんだい?そんなに慌てて」
「どうしたんだい?じゃないですわっ!」
ズカズカと彼の前までいくと手紙を突きつける。
「これは何ですか!こんなもの突然渡されて、はいそうですか。ってなる訳ないでしょう!」
「あれ?おかしいなぁ…喜んでくれると思ったんだけどな。」
惚けるレオに私はさらに腹が立ってくる。
「喜ぶ?私が?」
「ああ、これでアーロンと婚約し直せるだろ?」
私はレオが好きなのに。彼の言葉は私の心をえぐる。
「それは、貴方の方でしょ?私なんてごめんだから婚約を解消しようとしてるんじゃなくて?」
心にもない言葉がさらに自分の心をえぐっていく。辛すぎて涙が出そうになるが、ギリギリのところで堪える。
「ああ、そうだよ。」
レオの言葉に私はクラっと気が遠くなる。
「…え?」
頭が回転するのを拒否する。それは否定された自分を守るように。
「あんたみたいなじゃじゃ馬はごめんだね。俺はもっとおしとやかな女性が良いんだよ。」
レオは視線をそらせる。まるで、私と目を合わせたくないみたいで、私はなにも考えられなくなった。
頬に涙が伝った。
それは頬を流れて行き床に落ちる。その道は乾くことなく、次々に涙が落ちていく。もう堪えられなかった。
「だから…」
何かを言いかけてこちらを見たレオは言葉を失ったようだった。泣く私を驚いた様子で見る。
「…どうしてシルヴィアが泣くんだよ。」
何故そんなことを言うのだろう。そんなの分かりきったことではないか。
「…き…だからよ。」
「はっきり言えよ。俺が嫌いだっ…」
「貴方が好きだからよっ!」
「だって……え?」
「だから、レオのことが好きだからよっ!」
「ち、ちょ、ちょっと待ってくれ。」
レオは慌てると頭に手を当てて考える。その間も涙が止まらずポタポタと零れる。
「アーロンのことが好きなんじゃないのか?」
「だから、違うって言ってるじゃない!」
「でも、俺ら会ったのはこの前がはじ」
「はじめてじゃないわよっ!貴方、アーロンのフリをして私に会ってたじゃない!」
「気づいてたのか!?」
「そうよ!…はじめは私の事をからかってるのかと思っていたけど、何度も私に会いに来るから、てっきり両想いだと思っていたのに…」
だから、振られるなんて思ってもいなかった。
なのに、彼が私を振ったのだ。
こんなに腹立たしいことはない。
「レオのばかぁ!人でなし!女ったらし!」
「ひどい言われようだな。」
ポリポリと困った様子で頬をかくレオ。
「別に俺、女性を弄んだことないんだけどなぁ…。それに俺はシルヴィア一途だし。」
真顔で言われて一瞬理解できずに固まるが、すぐに耳まで熱くなっていく。
「ちゃんと、手紙に負けたって書いただろう。つまり、俺があんたに惚れてるってことだ。でも、他に好きな奴がいるあんたを縛りつけることはしたくなかったんだよ。それで、身を引いたって訳だ。」
「だから、アーロンは違うって…」
「…そうみたいだな。」
レオが私の手を引っ張って引き寄せる。急に引かれたせいで、私はよろめいてレオの胸に倒れこむような形になってしまう。それを彼がしっかりと抱きとめた。
「シルヴィアは俺を好きなんだろう?なら…良いよな?」
魔性の笑みで誘惑するような声が耳に響く。顔が近づき、胸がうるさいくらいに鳴る。
なのに、頭は冷静さを取り戻して、今更ながらに部屋に使用人が控えていることに気が付く。使用人はこちらを見ないようにしているが、頬は赤くなっていた。
それを知っているはずのレオは、そんなこと気にもせずキスをしようと迫ってくる。私は恥ずかしさで彼から逃れようとするが、離そうとしてくれない。
「れ、レオ!」
「怖がらないで。」
何か勘違いしている彼は見当違いな言葉を言ってくるので、恥ずかしい感情より苛立ちが勝った。
バチーーーン!!!
レオの頬を叩いた音が部屋中に響いたのだった。
それから、私達は誤解も解けて婚約も解消されなかった。
話しはとんとん拍子に進み、結婚の予定も無事に決まったのだが…
「信じられない!」
廊下を急ぎ足で歩きながら、私は怒っていた。後ろをついてくるレオが隣に並ぶ。
「だから悪かったてば」
「その言い方、余計に腹が立つわっ」
「この通り!反省してます!」
立ち止まり頭を下げるレオ。
「今日は大事な打ち合わせがあるって言ったのに、それを遅刻してくるなんて!!」
今日は大事な結婚式の打ち合わせがあったのだ。なのに、彼は遅刻をして私一人で打ち合わせを終えてきた。
二人で決めたかったのに。
私は立ち止まるとレオを睨み付ける。
「ちょっと、用事が長引いちまって」
「私だって、家の仕事が忙しい中、無理して時間作ってるのよ!」
最近こんなことばかりだ。些細なことで衝突する。この前なんてドレス選びで口論になり、服屋を散々に困らせた。
この人とは合わないのかなと思う日も増えてきて、我慢強い私も最近疲れてきている。
「…はぁ…とりあえず、私は書斎に戻るわ。やることが残っているの。」
「俺も一緒に行くよ。」
エスコートするために手を差し出して微笑むレオの笑顔にドキッとする。怒っていても心は正直なのだろう。それが、さらに腹立たしくて、私は手を取りつつも視線は合わせない。せめてもの抵抗だ。
だけど、頬を膨らましてそっぽを向くなんて、まるで幼い子供のようだと自分にため息が出た。
レオのエスコートで書斎に着くと、扉を開けて私は驚いた。部屋にあったはずの山積みだった書類が全てなくなっていたのだ。その代わりに、机には大きなリボンがついた袋がおいてあった。
「開けてみて。」
レオに言われるがままに、袋を開けてみれば、私がずっと欲しいと思っていた人気の店の靴が入っていた。
「シルヴィア、それ欲しいって言ってただろ。」
「う、うん!だけど、これ、どうしたの?」
並んでも手に入らないと言われるほどの人気な店なのだ。その中でもこのデザインの靴は、製造も難しくさらに手に入れるのが困難だと言われている。
「知人に頼んだんだよ。ちょうどあの店と繋がりある知人がいてね。」
「す、すごい。」
「どう?気に入ってもらえたかな?」
「ええ!とても!ありがとう、レオ。」
お礼を言いつつも私は首をかしげる。
「でも、何のお祝い?」
私が尋ねるとレオはやっぱりと額に手を当ててやれやれと首を振った。
「今日はシルヴィアの誕生日だろう?忘れたのか?」
言われて今日の日付を思い出す。確かに私の誕生日だった。あまりの忙しさにすっかり忘れていたのだ。
「お誕生日おめでとう、シルヴィア。」
「ありがとう。」
「それから…」
レオはそう前置きすると、私の前に膝をついて私の手を優しく取った。
いつもは温かい手なのに、今日は驚くほどに冷たかった。その手がわずかに震えているのが分かり、緊張しているのだと気づく。
「君に一生を捧げると誓うよ。愛しているよ、シルヴィア。」
優しく握った手に唇が触れる。
少しして顔を上げたレオは珍しく頬を赤く染めて少しだけ恥ずかしそうにしていた。
「…ちゃんと伝えてなかったからね。」
胸が締め付けられて、居ても立ってもいられなくなった私は気づけばレオに抱きついていた。体制を崩した彼は私を抱き締めながら床に尻餅をついてしまう。
「ご、ごめん。痛かった?」
ハッとなり、慌てて起き上がろうとして腕を引かれて再びレオの胸にすっぽりと収まる。耳元で彼の息づかいが聞こえ心臓が跳ね上がった。
その勢いのまま、強く抱き締められる。
私は気恥ずかしくなってきて、逃げ出すための言い訳を考える。
「れ、レオ。私、仕事があるのよ。」
「問題ないよ。」
「でも、今日中に…」
「俺がやっておいた。」
「え?」
どうやら逃げ出すことは許されない。
顔を上げると飢えた獣のような瞳が私を捉えて放そうとしない。
「もう、ダメとは言わせない。」
優しい口調なのに有無を言わせない力を感じる言葉。ドキドキとなる心臓がうるさく感じる。
「怖がる必要はないよ。」
不安で震える手をレオが優しく握る。
今日は部屋に使用人はいない。二人きり。
私は素直に彼を受け入れた。
彼の想いに答えるように。
花が咲き乱れる暖かな季節。シルヴィアは人生で一番と言って良いくらいの幸せな日を向かえていた。
白亜のチャペルで自分達をお祝いしてくれる人々に囲まれていた。
その中にはシルヴィアが手にしたブーケにまだ見ぬ相手を求めて、そわそわとした落ち着きない視線を向けている女性たち。
そんな彼女立ちに向けてシルヴィアは力一杯にブーケを投げたのだった。
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