リーサ・カロナーは気づかないフリをする
私、リーサ・カロナーは幼馴染みがいる。
カイト・スカイフォースという伯爵家の嫡男だ。
親同士の仲が良くて、幼い頃からよく一緒に遊んでいた。
幼い頃、私は鈍臭くてしょっちゅう転んでいて、カイトはそんな私の手をよく引っ張ってくれていた。
ちょっと意地っ張りというかカッコつけというか、ちょっと面倒くさい奴だけど、そんなカイトが好きだった。
たぶん、カイトも私のことが好きなんだと思う。
会う度に顔を赤くしたり、そっぽを向いてみたりするものだから最初は嫌われてると思ってたけど、成長してくるとさすがに分かってしまった。
「ずっと守ってやるよ」
そう言われた時はキュンとしたけど、幼い頃素直に伝えてくれていた気持ちは、成長する毎にひねくれていった。
「どんくせーな。ま、まぁ俺が居るから大丈夫だけどな!」
私がこける度に照れて言う様はまだ可愛かった。
「髪がボサボサで不細工になってるぞ。……俺にしか見せるなよ」
ここら辺から言い方がちょっと怪しくなってきた。
不細工という言葉にはショックを受けたものだ。
後半の言葉なんか聞こえてもなかった。
「……可愛い」
10歳になると、ぼそりと呟くようになった。
私に気付かないようにってことなのかもしれないけど、ばっちり聞こえてます。
そういう言葉が増えて、でもわざとなのか何なのか分からなくて、私は気付かないフリをするようになった。
「俺が1番リーサのこと好きなのに……」
12歳の頃、私にそろそろ婚約者を……という話になった時にカイトが呟いた言葉は、狙ったかのように突風に吹かれた。
カイトの口から『好き』って言葉を聞いたのは初めてだった。
たぶん聞こえないように言ったんだと思うけど普通に聞こえた。
聞こえてるって言っちゃったら気まずいよね?だから知らんぷりしちゃった。
聞かせる気があるのかないのか分からないような呟きが多すぎて、どう反応したらいいのか困ってしまうのよね。
その時は結局、お父様に婚約者を作るのはもう少し待って欲しいとお願いした。
カイトと両想いなのに他の人と婚約しちゃったら、きっと後悔するから。
「好きだな……」
「何か言った?」
あんまりボソボソボソボソ言われるから、一回聞き返してみた。
そしたら「何でもない!」って叫んで慌てて逃げていっちゃった。
もう……私にどうしろっていうのよ。
「ーー気付いてるって言えばいいじゃない」
ある日、友達のフランとお茶をしている時にその話をすると、心底呆れたように言われた。
「だって、告白されてもないのにそういうこと言うのは自意識過剰みたいで嫌だわ」
首を横に振ると、フランが苦笑しながら「確かに」と言ってくれた。
もしカイトに気付いてることを伝えて「勘違い」「気のせい」って言われたら、立ち直れない自信があるわ。
「大体ねぇ、私のこと鈍臭い鈍臭いって言うけど、鈍感な訳じゃないのよ」
確かに私は昔からよく躓いたり、物を物を落としたりするけれど、成長して少しはマシになったのよ。
それに鈍臭いのは周りの物を認識するのが苦手だからなだけで、人の感情が分からない訳じゃないわ。
「それとこれとは別だものね」
フランの言葉に「そうよ」と私は頷く。
「勝手に鈍感って思い込んであんな風にブツブツ言ってるのかしらね」
「気付いて欲しいのか気付いて欲しくないのか分からないわね」
「そうなのよ!『気付いて貰えないけどあいつを好きな俺』に酔ってるのかもしれないわ」
そうだとしたら付き合わされるこっちには迷惑な話だわ。
そうため息を吐くと、フランに「頑張って」という、本当に思ってるんだか思ってないんだか分からない応援の言葉を貰った。
「ところでリーサはカイト様のこと好きなの?」
「普通に好きよ」
「そうなの?」
幼い頃は好きだったし、ずっと一緒にいるし、何よりあれだけ好き好きオーラを浴びせられたら好きになっても仕方ないわよね。
でもあのボソボソを聞いていたら、自分から言うのは負けな気がしちゃって、今に至っている。
「なら考えがあるわ!」
私の気持ちを聞くと、突然意気込み出したフラン。
フランの話を最後まで聞くと、私はフランの策に乗ることにした。
ーーーーーー
「リーサ!どういうことだ!」
ある日、テラスでのんびりとお茶を飲みながら刺繍をしていると、血相を変えたカイトが訪れた。
その剣幕に控えていた侍女たちも驚いている。
「急に来て一体何のこと?」
刺繍の道具を侍女に渡して、お茶を用意させる。
しかし、カイトはそんなことも目に入らないようで、立ったまま私に言い募ってきた。
「婚約したってどういうことなんだよ!」
「どうって何が?私ももう16歳よ。前々から婚約者を作れってずーっと言われてきたの」
今回婚約すると伝えた時、お父様は心底ほっとしたような顔をしていた。
いき遅れてしまうんじゃないかと心配してたみたいで、申し訳ない気持ちになった。
その時のことを考えていると、バンと机を叩く音がして、カイトに目を向ける。
机に手をついたカイトはぶるぶると震えていた。
「でも……そんな!俺が1番リーサのことが好きなのに!何で!」
そのまま叫ぶカイトに驚いた。
とうとうボソボソ言うのはやめたらしい。
「知ってるわよ」
「どこの馬とも知れない奴にーーえ?」
知ってると言われたのを理解した瞬間、カイトは目をまん丸にして動きを止めた。
飲み込めないような顔をしてるので、もう一度「知ってるわよ」と言っておく。
すると、みるみる内に顔が真っ赤になっていった。
「な、何で……いつから」
赤い顔で明らかに狼狽えるカイトに、申し訳ない気持ちが湧いてくるが、ここまで来たら教えない訳にもいかない。
「いつもボソボソ言ってるの聞こえてたのよ」
「う、嘘だ……」
さっきまでの威勢は何処へやら。
カイトは顔色が赤から青になって、力が抜けたようにヘナヘナと椅子に座った。
それ程の衝撃だったということなのかしら。
「分かってたなら何で婚約なんて……。そんなに俺が嫌いなのか?」
椅子に座ったカイトは、今度は暗い瞳で私を見つめている。
ちょっと怖い怖い。人殺せそうな目よそれ。
「カイト、何か勘違いしてるわよ」
「勘違い?」
「私が婚約したのはカイト、あなたよ」
そう伝えると、カイトは全ての動きを止めてしまった。ちょっと面白い。
私は温くなった紅茶を一口飲み、フランとの会話を思い出していた。
フランの策とは、後悔させて気持ちを引き出すというものだった。
私が誰かと婚約してしまったら、いつまでも気持ちを伝えなかったことを後悔するに違いない。
それならさすがに気持ちを伝えにくるという考えだ。
かと言って私が他の誰かと婚約してしまっては本末転倒なので、カイトと婚約することにしたのだ。
お父様にお願いに行くと、元々婚約の心配をしていたからか、一にも二にもなく頷いてくれた。
しかも聞いたところによると、12歳の時に私が婚約するはずだったのもカイトで、私が早とちりして保留してしまったみたい。
お父様にはカイトには自分から言って驚かせたいとお願いすると、おじさまにもそう言って通してくれた。
何だかすごく遠回りした気がするけれど、これで収まるところに収まったのよね。
「カイトがいつまでもはっきりと言ってくれないから、私が自分からお父様にお願いしたの」
「そ、そうなのか」
私がかいつまんで説明すると、カイトはやっと動きを取り戻した。
目はキョロキョロと彷徨い、動きもぎこちない。
そして不意に何かに気付いたように目を見開き、私に目線を向けて来た。
「もしかして……」
カイトが期待の籠った目を向けてくる。
自分を好きだからこんなことしたのか?とでも言いたげな表情。
でも、私に言わせようなんて、そうはいかないわ。
私が先に折れてあげたから婚約が成立したのに。
「もしかして、何?」
視線の温度を下げてカイトを見ると、そんな私の視線には気付きもせずに照れたように頭をかいている。
「いや、リーサも俺のことが好きなのかな……って」
「カイトはどうなの?」
「俺は……」
逆にカイトの気持ちを聞くと、またもや顔が真っ赤になった。
青くなったり赤くなったり忙しいわね。
カイトはしばらく口をもごとごと動かしていたが、一度ぎゅっと口を結んだかと思うと声を張り上げた。
「俺はリーサが好きだ!初めて会った時からずっと好きでいつか結婚したいと思ってた!婚約できて嬉しい!」
今まででは考えられないくらい、全力で、素直な気持ちを伝えてくれた。
それがとても嬉しくて、私は自然と満面の笑みが浮かんでいた。
そして、笑顔のまま正面に座るカイトの手を取る。
「私もカイトが好きよ。小さい頃からずっと好きだわ」
「は、反則……」
私の気持ちを聞くと、カイトは繋いでいない方の手で顔を隠し、またボソリと呟いた。
「今度からは聞こえないフリなんてしてあげないわよ?」
「ああ」
私がにっこり笑って言うと、顔から手を離し、カイトも嬉しそうに笑ってくれた。
こうして、私たちは幼馴染みから婚約者になったのであった。