85.模擬試合
スレイは訓練場の中央に立つと木剣を構えてエドガーと対峙した。エドガーも呼応するように木剣を構える。両者の視線が合う。
対峙する二人のサイドに構えている団員は白い旗を持っていた。急遽、模擬試合の審判を任せられた形である。
「……スレイ殿。基本的には寸止めという形で。もし動作に差し支えるような怪我をしたら、一端中断してブライアンに治療を頼む事にしよう」
「ああ、わかった。一応事前に謝っておくよ」
スレイはそう言い終えた後、一度だけ辺りを見回した。
審判役の団員の他には、エリスの分身、ブライアン、他五名の団員が模擬試合のギャラリーとなっている。
団員たちには訓練を続けて欲しいと思ったが、新入りの為か興味を引いてしまっているようだった。
「……スレイちゃん、なかなか様になっているわ」
「スレイさんの剣技はBランク認定。五年間冒険者をしていたとの事です」
「なるほど、経験豊富ってわけね。……でもエドガーちゃん相手に何処までやれるかしら」
エリスの分身とブライアンの小声での会話の後は、誰も声を発しなかった。
静謐な空間の中、雨が屋根を叩く音が僅かに聞こえてくる。スレイは目の前で構えるエドガーに意識を集中させた。
(片手水平の構え。……魔術剣士用の剣技。魔導一刀流って奴だな)
スレイもエドガーも右手で剣を構え、左手は空けたままだった。
魔術剣士の剣術は、通常の剣士のものとはコンセプトがはっきりと異なる。剣を生かすために魔術があり、魔術を生かすために剣がある。
通常の剣士が片手剣を選択する場合、逆手には盾を持つパターンが大半だが、魔術剣士は魔術を使う為に空けておく必要があった。
だが今回は魔術は禁止で、左手は完全に遊びとなっている。そこにつけいる隙があるかもしれない。
「私から行こう」
先に静寂を打ち破ったのはエドガーだった。言い終えた後、突然、視界からエドガーが消える。
本当に消えたわけではなく視線を泳がせる為、旋回するように走って接近している。スレイは一歩下がり迎撃の構えを整えた。
正面からの鍔競り合いの体勢となり、そこから激しい打ち合いとなる。
だが、打ち合いは長くは続かない。スレイの木剣が紙一重の処で空を切らされると、懐に入り込んだ反撃のエドガーの木剣が伸び、スレイの首元で止まった。
「勝者エドガー!」
審判が旗を上げた。これで1ラウンド目は勝負ありである。
「スレイ殿、まずは一つ勝たせて貰ったよ」
「……ああ。もう少し打ち合えると思ったが、全然上手くいかなかったな」
スレイは手にしていた木剣を見て溜息をついた。予想はしていたが甘い相手ではない。間合いの取り方と剣撃、そして紙一重でかわされた攻撃。Aランク認定とBランク認定の差というものをはっきりと感じさせられた。
そして何より自分の動きが硬過ぎた。ギャラリーによる緊張もあるが獣巨人と戦った時に感じたようにブランクというものがはっきりと出ているように思えた。
(慣れるまでしばらくは勝てる気がしないな。……だが、不可能って感じはしない。魔術が禁止されているのは幸いだな)
おそらく魔術が解禁された環境ならば、それに頼った戦い方の模索で頭がいっぱいになるだろう。だが、それではいつまでも剣の修正が出来ない。そういう意味で、このレギュレーションを提案したエドガーに感謝したかった。
エドガーは剣士として優秀である。だが、さらなる強敵の存在をスレイは知っていた。邪悪な笑みを浮かべる勇者ローランドの顔が一瞬頭をよぎる。
スレイは思わず顔をしかめると木剣を握りしめ、心を落ち着かせるように深呼吸をすると、元の位置に戻って再び木剣を構えた。2ラウンド目の開始である。
◇
その後、立て続けにエドガーに四本取られたが、6ラウンド目に入りスレイはようやくエドガーに一本返す事が出来た。その後はさらに二本取られたが、9ラウンド目でもう一本返す。
最終ラウンドを残し二対七。既に負け越しが決まり、力量差がはっきりと出た形となったが、それでも二本は返すことが出来たのは収穫である。
エドガーに取られた7~8ラウンドも善戦した末の敗北なので、ようやく本調子に戻ってきたとも言える。
「後半に入ってから動きが断然に良くなった。……見たことのない剣術だけど師匠はいるのかな」
「剣の師匠は居ない。これは我流で身につけたものだからな」
「なるほど。正直驚いている。……さて、スレイ殿。最終ラウンドと行こうか」
10ラウンド目。大きな怪我もなく治療役を任されていたブライアンの出番は一度もなかった。無休憩の為、お互いに疲労を見せていたが気力は十分である。
互いに接近し、十数発の打ち合いの後、お互いが申し合わせるように間合いを取る。
そして全く同時のタイミングで、強襲となる電光石火の突きを放った。
「……勝者エドガー!」
審判がエドガーに向けて旗をあげながら叫んだ。
エドガーの持つ木剣が、スレイの首に突き立てられている。
「え……いや……両者相打ち!」
審判が慌てて旗を振る。
審判の視界の陰になる形で、スレイの木剣もエドガーの首元で寸止めされていた。




