71.功労者の狼
誤字報告をいくつか頂きました。ありがとうございます。
とても助かっています。
大灰色狼のロイドをルーンサイド市民に安全だと認知してもらう。
決して不可能だとは思わないが、やはりそれには高いハードルがあるように思えた。
「ロイドが一般人を怪我させたりとか、そういった心配はまずないと断言できるけど、とにかくデカいからどうしても目立つし騒ぎになってしまう気がするな。一般的な動物の放し飼いと一緒には考えられない。……かといってリードを付けると嫌がるからなあ」
「スレイさん、最初に騒がれる事は仕方ありません。ですが二度目、三度目はどうでしょうか。毎日お目にかかる事になれば誰だって慣れます。……もちろん騒がれる事がロイドの負担になるようでしたら、話は無かった事にしましょう」
スレイが伝えた懸念に対し、パトリックはそのように返答した。
騒がれる事によってストレスにはならないだろう。ロイドは雄大で勇ましい姿を驚いて貰える事は、どっちかと言えば好きである。
今の街歩きでの降伏化状態を嫌っているので、ストレスという意味ではそっちの方が大きいはずである。本来の姿のまま歩けるならば、その方が望ましい。
「実はロイドの存在は以前から聞いていました。月の輪亭に長らく滞在していたとか」
「ああ、その事を知っていたのか。かれこれ二カ月近くはお世話になったのかな」
「ええ。月の輪亭のマーロックさんは私の知人でして。……お目にかかるのはルーンマウンテンが初めてでしたが。とても大人しい賢狼という事だけは聞いていましたが、これ程とは正直驚いています」
少し興奮気味になっているパトリックはさらに続ける。
「いずれは街の目立つ処にロイドの銅像を建てたいものですね。若者の待ち合わせ場所にいいかもしれません。『賢狼ロイド像』という名前はどうですかな」
「銅像……いや、流石にそこまでの功績は。……とりあえずパトリックさんがそう言うのであれば、少しずつ中心部に向けて散歩の範囲を広げる感じで、世間の目を慣らしていこうかなと」
ロイドがコニーの命の恩人である事は疑いようはないが、大半のルーンサイド市民には関係のない事である。いくらなんでも肩入れしすぎではないかとスレイは思った。
ただ銅像はともかくして、スレイはなんだかんだでパトリックの提案には賛成寄りの考えだった。
ロイドにはずっと助けられてばかりである。何かお返しが出来るとしたら、ロイドが今の状況よりも自由に行動範囲を広げられるようになる事かもしれない。
辺境に置かれる故郷ならばそういった心配はないが、やはりある程度の都市であるルーンサイドではそうはいかない。パトリックが尽力をしてくれるというのであれば、スレイもそれに乗っかろうと思った。
◇
「……では、今日はこの辺で失礼します。スレイさん、アポイントなしの急な来訪、申し訳ありません」
「いえ、パトリックさん、またいつでもアトリエに来て貰えれば」
「……スレイお兄ちゃん、また来てもいい?」
「ああ、もちろんコニーも歓迎するさ。好きなだけロイドと遊んでいってくれ。留守にしている可能性もあるし、ここは遠いだろうから気軽にってわけにはいかないだろうけど」
エバンス一家の三人を玄関で見送った後、スレイは応接間のソファーに座り、ほっと一息ついた。
慣れない事は緊張するものである。辺境育ちで言葉遣いが悪いスレイは特にそう思った。
隣にあるテーブルには日持ちのする複数の果物、それと焼き菓子が置かれていた。パトリックとメリンダが持参してきたものだろう。
「こんなに沢山持ってきてくれたのか。……お礼を言っておくんだった。全部食べるとなると大変かもしれないな」
「ヘンリーさんやクラリッサさんが来たら御裾分けしましょう。クラリッサさんはお菓子が好きだと言っていました」
「じゃあ少し切り分けて取っておくか。……ロイド。またお手柄だな。……でも、よくやった。ルーンマウンテンでの一番の功労者は間違いなくお前だよ」
スレイは嬉しそうにソファーの近くに座っているロイドを労うように頭をくしゃくしゃと撫でた。
その様子をエリアがじっと見ている。
「……おっと、悪い。確かロイドをブラッシングしたと言っていたかな」
「……スレイさん」
エリアはスレイのいる隣のソファーに座った。
そして、無言のまま何かを期待するようにスレイを見ている。
「……ああ、エリアもよくやってくれたよ。コニーの治療と魔素の採取作業。二番目の功労者だな。それに留守番に残ってくれて助かった。ありがとう」
スレイは何を言おうか迷っていたが、結局それだけ告げるに留めた。
「はい。スレイさんもお疲れ様です。初の依頼が無事終わってよかったです」
エリアは隣にいるスレイの身体を引き寄せると、やや強引に膝に乗せた。
膝枕の状態になり、柔らかな手で髪や頬を撫でられる。
「……たまにロイドが羨ましくなります。誰よりも気兼ねなくスレイさんと接していますから」
スレイは無言のまま見上げると、エリアが羨ましそうな表情でロイドをじっと見ていた。




