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45.持たざる者への継承

「変成術が俺の力じゃないって。……スレイ、それはどういう事」

「死んだ師匠の力だよ。……受け継いだ。とでもいった方がわかりやすいか」


 ヘンリーは一瞬考えるような仕草をみせたが、すぐに理解したのか答を口にした。


「……もしかして師匠って人は継承者(サクセサー)だったのか」

「ああ」


 継承者(サクセサー)。任意の技能を個人に継承できる恩恵(ギフト)を持つ者を指す。

 数万人に一人が先天的に持つ才能とされているが、継承には厳しい条件がある為、それについての研究はほとんど進んでいない。

 判明している事は誰にでも無条件に継承が行えるわけではなく、強い信頼関係を持った者同士という条件が存在し、通常は親から子へ、あるいは師から弟子へといったケースが大半らしい。年齢も関係しているようだった。

 もし継承が成功したのであれば、スレイと師匠とされる人物は強い結びつきがあったという事になる。


「……師匠は錬金術協会のお偉いさんだったらしくてな。定年を迎えてから俺の故郷を気に入って定住してたんだ。そこを俺が頼み込んでっていうのが始まりだったかな。……継承者(サクセサー)である事は、死の直前に明かされて断れなかった。師匠の最後の頼みだったし、高等な変成術が失われる事の……いや、違うな」


 スレイは一拍置いて、さらに続ける。


「俺は楽をしてさらなる高みに登りたかったんだろう。……そりゃそうだ。多少頭の回る辺境生まれのガキが頑張った処で限度がある」


 変成術を志したのがスレイ八歳の時だった。そこから文字の読み書きといった基本的な学習から始め、かれこれ師匠が死ぬまで一〇年もの間、師匠に師事をした事になる。

 スレイが継承前に達成できたのは、Bランク認定相当の白金(プラチナ)の変成まで。

 そこまでやれたのは師匠への師事、そして日々の修練と努力の賜物だったと自負しているが、そこから先のAランク認定相当まで辿り着くのは一生不可能ではないか。そう思えるくらいの大きな壁にぶつかり停滞していた。

 あの壁を自力で乗り越える事が出来たかどうかは一生わからない。錬金術師試験で霊銀(ミスリル)の変成に成功し、Aランク認定を受けたフレデリカの事を思い出す。

 彼女は高い才能を持ち、そしてそれを開花させられるだけの努力と研鑽を積んでいたのだろう。そして試験において彼女のプライドを傷つけた事に申し訳なさを今も感じていた。

 

「……それで、君は錬金術師を目指していたのか」

「ああ、故郷でスローライフを送りたい処まで師匠の真似事かもな。王都に出向いて調べたら大量の金貨さえ納めれば、平民の俺でもなれるらしいって事がわかった。それで金を稼ぐために冒険者になった」


 スレイは大きくため息をついた。酔いからか顔はすっかり紅潮している。

 そして、ある程度気心の知れた仲とはいえ、饒舌になり過ぎたかもしれない事に、若干の後悔を感じていた。

 ヘンリーやエリアといった親しい仲間に対しては、なるべく弱みを見せたくなかったのである。それは二人と対等に近くありたいという気持ちからかもしれない。


「……スレイは変成術の師匠から力を引き継いだせいで、どこまでが自分の力かがわからないという事か」

「それくらいは知ってるよ。Bランク相当だ。俺の技能なんて大半がそこで限界を迎えてるからよくわかる」

「継承しなければもっと伸びた可能性だってあるだろう。それに継承した力も才能の内と思ったらいいじゃないか。先天的な才能だけが尊重されなきゃいけない理由もないと思うけど。……まあいいや。気の持ちようの問題を今すぐ改めろっていうのも無意味だろうし」


 ヘンリーは席を立つと帰り支度を始めていた。

 定時報告という名の飲み会は、これで御開きという流れになりそうである。


「ヘンリー、泊っていかないのか?」

「今日は帰るよ。その台詞をエリアに言ってあげたらいいのに。……僕を招いているのに彼女は駄目っていうのもどうなのかなって」

「もう少し立派な建物なら考えたんだがな。……見栄を張ってるつもりはないが、あまりにもエリアには不似合いだろ。安全性にも問題がある」

「スレイ、彼女はお姫様じゃないぞ。熟練の冒険者なんだから慣れっこだろう。降伏化していないロイドだって居るんだし……まあ、確かにボロいとは思う。……この建物、相当古いんじゃないか」

「築六〇年らしい。一年契約したけど、それが終わったら取り壊すかもしれないとも言ってたな」


 この古びた街外れの賃貸物件には以前狩人が住んでいたらしく、一般的な住居と違い小屋のような雰囲気があった。当然、店には向かない佇まいである。

 そして壁や屋根など至る処に傷みが見え始めていた。もし大嵐でも来たら全て吹き飛ぶかもしれない。

 スレイの手によって掃除こそ丹念に行き届いていたが、聖女を招くには場違いも良い処といった感じではある。


「ワゥ! ワゥ!」


 眠りについていたロイドが目を覚ますと、突然一吠えした。


「ロイド、どうした。……僕との別れが寂しいのかな」


 そう言いながらヘンリーが手を伸ばしたが、ロイドはそれを無視するように歩きだすと、窓の外を睨みつけていた。




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