34.蛮勇
念願の初レビューをいただきました。本当にありがとうございます!
大灰色狼のロイドがスレイを背に乗せて、王都セントラルシティに向かう街道を南に向けて疾走している最中の事だった。
急速に黒雲が立ち込め、轟音と共に巨大な雷が近くに落ちるのをスレイは目の当たりにした。
(あの落雷は……攻撃魔術か?)
スレイは舌打ちしながら、ロイドの背の上で魔術の詠唱を行う。
『五感強化』
五感強化。集中を続ける間、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感を強化するBランクの魔術である。
視覚強化が非常に便利な反面、余計な感覚まで研ぎ澄まされてしまうという欠点のある魔法だったが、今は視覚と聴覚の強化が効果的に作用した。
落雷が落ちた方角、一キロ以上先で戦闘が発生している様子が、視力が強化されたスレイの瞳に映った。
そして、その内の数名は付き合いの長い、良く見知った顔である。
「ぐ……え……気持ちいぃ……」
まず目に付いたのが、恍惚の表情を浮かべた盗賊風の男。名前はわからなかったが、もしかしたら見覚えがある人物かもしれない。
幾多の蔦によって全身を締め上げられ、高さ数メートルの空中で固定されている。
彼を締め上げているのは、花と葉と蔦で彩られた緑の髪をした女性。それがドライアドと呼ばれる、魅了を得意とする樹木を司る強力な召喚獣だとスレイは記憶していた。
そこからそう遠くない位置では、大男が黒焦げになり、おびただしい煙をあげて倒れていた。
すぐ傍には、かつての仲間だった『マギ』である賢者ヘンリーが愛用の魔杖を握り締めて震えている。
「ガ……ガンテツに天の雷鎚を直撃させてしまった。……即死かもしれない」
「今は気にするな。……それより、エリアがまずい。護衛のゴーレムが持たなかったか」
ヘンリーの近くにいるのは、剣を手にしたスタイルの良いウェーブのかかった金髪の女性。彼女は冒険者のローザである。王都セントラルシティの冒険者で『サポーター』のトップに位置する、スレイが個人的に尊敬している人物だった。
そして会話から推測すると、倒れているのはスレイの後釜で『爆ぜる疾風』に加入したはずの狂戦士のガンテツという事になる。
倒れている原因は先程観測した落雷だろう。ヘンリー最強の攻撃魔法がまともに直撃したらしい。
「くそっ、まさか野薔薇が護衛に居るなんて」
「……ローランドさん。一体どういう事ですか。どうして私達を」
スレイから見て手前側、凛とした表情で聖杖を構えているのは、かつての仲間であった『ヒーラー』である聖女エリア。
そして手に王金の魔剣を手に、エリアと至近距離で対峙しているのは、同じくかつての仲間だった『アタッカー』である勇者ローランドである。
彼はあろう事か、執着ともいえる強い思慕を抱いているはずのエリアに魔剣を突き付けていた。
「……エリア、違う。僕はただ、レイモンドの殺害容疑のあるヘンリーを捕えに来ただけなのに」
エリアの近くには起動停止したアイアンゴーレムの変わり果てた姿。おそらくヘンリーが造り出したものだろう。どうやらローランドの剣によって破壊されたらしい。
ヘンリーもローザも手出しが出来ずにいるようだった。ローランドとエリアの距離はあまりにも近く、魔術による攻撃は誤爆の危険を伴う距離だった。
(レイモンドのおっさんの殺害容疑? ……エリア、ヘンリー、ローランド、ガンテツ、それにローザ……どうなってやがる)
完全に状況は把握できなかった。だが、仲間割れが起き、そしてエリアが命の危険に晒されているのは間違いない。
ヘンリーにレイモンドの殺害容疑があり、ローランドが思慕するエリアに剣を突き付けている。どう考えても異常としか言いようがない。
「……エリア」
「なんでしょうか」
「もうお終いだ。僕と一緒に死んでくれないか」
剣をエリアに突き付けながら笑顔を浮かべるローランド。無言のままのエリア。
おぞましい台詞を吐いたローランドに対し、スレイは思わず叫んだ。
「おい、ローランド、何してやがる!」
ようやく五感強化に頼らずとも、お互いを確認できる位置に到達したスレイが大声で叫ぶ。
すると、一瞬、全員の視線が疾走するロイドと、背に乗るスレイに集まった。
「スレイさん! ……ああ、ロイド」
「おお……スレイ……!」
「スレイ!」
驚きの声を上げる三人。だが、一人だけ反応が明らかに異なっていた。
「……スレイ……それにあの害獣……エリア、どうして、二人にはそんな眼差しを向ける! ああああああ……こうなったのも……こうなったのも、全てお前らが居るからだ!」
接近するスレイとロイドに対し、憎々しげに睨みながら絶叫を上げるローランド。
その怒りに支配されたローランドに、さらなる異変が起きた。
「エリア……?」
呆けた顔を浮かべるローランド。
至近距離で彼と対峙していたエリアが、ローランドに平手打ちをした。
「スレイさんとロイドのせい? ……いつも人のせいばかりにして。どうして貴方のような外道が勇者を名乗れるのですか」
スレイの記憶の中では、いつでも優しかったエリアが、ローランドに敵意を向けて睨み付けていた。
「……エリア、止めろ。その男を挑発するな」
剣を構えながら、少しずつ二人に接近を試みるローザの忠告を無視し、エリアは続けた。
「レイモンドさんを手にかけたのは貴方なのでしょう!? その罪をヘンリーさんに擦り付けようとするなんて! ……貴方のような外道には必ず聖女神の罰が下るでしょう!」
これ程までエリアが他人に嫌悪の意思表示をしたのを見たことが無い。
それは、今まで溜めに溜めた、彼女の怒りのエネルギーのようなものを感じずにはいられなかった。
「ああ……エリア……僕と一緒に死んでくれ!」
「……聖女神よ!」
そして、我を忘れたローランドの凶刃が、事もあろうかエリアに向かって振り下ろされる。
「……ローランド、止めろ!」
スレイは叫んだが、刃は止まらない。
だが凶刃が届く寸前で、エリアが首に掛けていたネックレスが共鳴し砕け散る。
それは、スレイが彼女に餞別に残していった『身代わりのネックレス』だった。
「えっ……あれ……おかしいな。……まあいいか。もう一度やろう」
ネックレスの魔法効果で致命傷に及ぶ攻撃を無効化したエリア。
ローランドは何ともなかった事に暫し呆然としていたが、真顔になり、あろう事か剣を構え直すと、エリアに対して再び刃を構えた。
「ガルルルァ!」
エリアに向けて二撃目の刃が振り下ろされる処を、駆け付けたロイドが割って入り、ローランドの背に向けて勢い任せの体当たりを仕掛けた。
「あぐぅ! ……この……エリアの心を惑わす薄汚い害獣がァ!」
「きゃああああ!」
ローランドは吹き飛んだ体勢から身体を捻ると、極光の嵐でロイドの身体を薙ぎ払う。
空を切る音と共に、鮮血が舞った。
「グルルルル!」
胴体を深く斬り裂かれたロイドは、溢れる血に塗れつつも、全く怯む様子はない。
身を低くしてエリアを庇う体勢を取ると、牙を剥き出しにしてローランドを牽制した。
「エリアにまで手をあげて……この馬鹿野郎が」
体当たりの瞬間、ロイドから飛び降りていたスレイが着地すると、ローランドに向けて挑発するように叫んだ。
「スレイ……お前だけはあああ!」
ローランドの殺意の凶刃がスレイに迫る。
(──師匠、俺に力を貸してくれ!)
スレイは数多く持つ技能の中で、一番得意とする変成術の詠唱でローランドの刃を迎え撃った。
『変成術式。王金──黄金』
金属の王と呼ばれる王金の変成難易度はSランクである。
まだ新興の魔法である変成術において、その頂に到達した者は上級錬金術師の中でも数える程しかいない。
「……ぐうッ!」
詠唱の為に掲げたスレイの右手がローランドの剣によって切断された。
苦悶の表情を浮かべながら、左手で手首を抑えて膝を付くスレイ。
「はは、君みたいな雑魚が接近戦で敵うわけがないだろう! ……くたばれ、スレイッ!」
だが、同時にローランドが振り下ろす魔剣にも異変が起きていた。王金製の魔剣が黄金に変化していたのである。
王金と黄金の変成レートは、王金1:黄金200。
1.2キログラムの刀身を持つ王金製の極光の嵐は、突如240キログラムもある巨大な黄金製の剣に変貌を遂げていた。
「……な、なんだ!? あぐうううううぅぅぅ!」
剣状の巨大な黄金の塊を支えきれず、鈍い音と共に、剣の柄を握っていたローランドの右手首が関節とは逆の方向にへし折れていた。
開放骨折による激痛に悶絶し、膝を突くローランド。
「うがっ!」
「……外道が。これで終わりだ」
ローザが苦痛に悶えるローランドの顔面を蹴り上げると、喉元に剣を突き付けた。
「二人とも、スレイとロイドに神聖術を! 他の連中は後回しだ! ……『爆ぜる疾風』の住家を張った成果が出てくるかどうか……もし証拠を掴んでいるなら、すぐ駆け付けてくれるはずだが」
苦悶の状態にいるスレイは、ローザの台詞が何を意味するかわからなかった。
ただ、レイモンドがローランドの手にかかり殺害されたという事だけは、この状況から何となく理解していた。
『続きが気になる』『面白かった』などと思われましたらぜひ、
広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援いただけると執筆の励みになります。
よろしくお願いします!




