32.問答、そして<ヘンリー視点>
「私が出よう」
「待ってくれ。僕が最初に意思表示をする」
前に出ようとしたローザを止め、ヘンリーが前に出た。
何やらローランドのおかしな様子を感じ取ってはいたが、かつての仲間である。
この段階では話が通じないとはヘンリーは思っていなかった。
「……ローランド。それにガンテツとグレゴリー。悪いが僕たちはパーティーを抜けたい。勝手に失踪したのは謝るけど放っておいてくれないか。住処に残っている物は君たちに引き渡してもいいから」
ヘンリーが若干申し訳なさそうな態度で三人に告げた。
だが、ローランドからの返答はヘンリーを驚愕させるものだった。
「いや、そうはいかない。……ヘンリー、君はレイモンドを殺して逃走したね。荷物を持っての失踪が証拠だ」
「レイモンドを……なっ……一体何を言って」
「……レイモンドは死んだ。君が容疑者だよ。どうして荷物をまとめて逃げたんだい?」
「ローランド、お、お前、まさか……おい、ガンテツ。どういう事なんだ!?」
突拍子もない台詞に対し、青ざめた表情のヘンリーが片眼鏡に手を触れながら、たどたどしい言葉で言い返す。
あまりに唐突な事で全く信じられなかったが、ローランドの迫真の台詞には、冗談を感じられない強い真実味を帯びていた。
そして飾り気がない武骨な聖騎士だったレイモンドの顔を思い出すと、ヘンリーの鼓動が強く高まり、魔杖を握り締めた手がにわかに震え出した。
「言う通り、レイモンドがくたばったのは事実だぜ。俺たちはローランドに言われて、お前の捕縛を手伝いに来たんだよ。……ったく、追いつくのは骨が折れたぜ」
ガンテツはレイモンドの死を何とも思ってないように笑っている。ヘンリーには何か悪だくみをしているかのような、邪悪な笑顔に見えて仕方がなかった。
「……ってな訳だ。大人しくお縄についてくれないかな。片眼鏡君。……聖女様も御同伴願おうか」
グレゴリーはエリアに色目を使ったが、エリアはそれを無視しながら、ヘンリーを庇う様に立ちはだかった。
「……レイモンドさんが……一体どういう事ですか」
エリアがやや震える声で、やってきたローランド、ガンテツ、グレゴリーの三人に尋ねた。
顔色は青ざめたままで、瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「言った通りさ。片眼鏡君はレイモンドを殺害し、逃走した疑いが出ている。その際に聖女様を誘拐したのではないかと思っていたが。ビンゴかな」
「何がビンゴですか! ヘンリーさんがそんな事するはずがないでしょう! ああ、どうしてレイモンドさんが……」
エリアが叫んだが、グレゴリーはどこ吹く風で、エリアの言葉を無視した。
そして、にやけた表情で、ゆっくりとエリアの方に近づいていく。
「動くなグレゴリー。……折衝役を引き受けるつもりだったが、想像とは違った話の流れになっているな。一体どういう事だ」
ローザが身に纏う外套のフードを外すと、艶やかな金髪をした美貌のエルフが姿を現した。
「……野薔薇! どうしてアンタがこの二人に」
グレゴリーが眉間に皺を寄せ、口をあんぐりと開けていた。以前ローザを誘った事があると言っていたが、何か嫌な思い出でもあるのだろうか。
他の二人も第三者の登場に眉を顰めている。
「品のない顔は相変わらずのようだ。……私は二人に雇われて、ルーンサイドまでの護衛を承っている。悪いが二人を引き渡すことは出来ない」
「参考までに聞くけど、お二人とは、どういった関係?」
「ヘンリーに魔術を教わった恩があってな。その縁もあって依頼を引き受けた」
ここであえて依頼人との関係をばらしたのは、ヘンリーを引き渡す事は出来ないという意思表示だろう。
それに対し、グレゴリーは面白くなさそうな表情を見せた。
「へえ……かの野薔薇様にそんなコネがあったとは。片眼鏡君も中々隅におけないねえ。でも彼に殺人の疑いがある事は変わらないんだぜ。お引き取り願おうか」
「レイモンドの殺害現場は?」
「『爆ぜる疾風』の住家だよ。レイモンドは自室で死んでた」
「いつ?」
「三日前。丁度片眼鏡君が失踪した夜の事さ」
それを聞いたローザが顎に手を当てて、そして目を細めた。
「……それは良かった。丁度、私の仲間を『爆ぜる疾風』の住家に張らせたタイミングだ」
その台詞に反応したのか、三人が表情を変えたのがわかった。
ローザの仲間には凄腕の『シーフ』が居る。もし彼女の言った事が本当ならば、レイモンド殺害の真犯人とその現場で起きた事を目撃しているかもしれない。
「張らせた……『爆ぜる疾風』の住家を? どうしてそんな事をしている」
ローランドが目を大きく見開いた顔のまま、ローザに問いかけた。
「申し訳ないが、お前たちの動向を掴みたかったのでな。特にローランド、お前からは聖女に対する強い執着が見られた。これも仕事の内だよ。……私の仲間が『爆ぜる疾風』の住家で何が起きたか、どんな会話をしていたか、把握しているかもしれない」
ガンテツとグレゴリーが露骨に表情を変化させた。
そのしかめ面は下手を打ったといったような表情にも見える。レイモンドの死の事で、何か知られたらまずい事があったのかもしれないとヘンリーは直感した。
「……良かったな。事件の詳細はすぐにわかるかもしれない。ところで聖王国では嘘を見抜く魔法道具を尋問に使うと聞いた事がある。……どうした。随分と顔色が悪いようだが?」
「やれやれ……大人しくついてくればいいものを。俺より賢しいヤツは好みじゃない」
遠慮なしに煽っていくローザに対し、グレゴリーが舌打ちすると、ゆっくりと腰の鞘に刺してある刃を抜いた。
ガンテツも担いでいた大斧を構え、にじり寄ってくる。ローランドも王金の魔剣、極光の嵐を抜刀していた。
「数を増やすぞ。その後は高火力の攻撃魔術を遠慮なく放て。エリアは出来うる限り距離を取れ」
「……は、はい」
「……やってみる」
『鉄魔動兵創造』
『樹木精霊召喚』
ヘンリーとローザは一斉に駒を増やす為の魔法の詠唱を行い、そしてエリアは距離を取るように外に向かって走りだした。
次回から1章終了までスレイ視点固定となります。
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