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30.逃避行-前編<ヘンリー視点>

「へくしっ!」


 ヘンリーは大きなくしゃみをした。

 王都セントラルシティから魔法都市ルーンサイドに向かう道を、ヘンリー、エリア、ローザの三名で進んでいる最中の事である。


「……ヘンリー、風邪か? もし熱があるなら神聖術で治しておけ」


 野薔薇の異名を持つエルフの冒険者、ローザが体調の確認をしつつ進言した。

 ヘンリーとエリアに同伴している護衛のローザは召喚術を始め、様々な技能に秀でた万能手(オールラウンダー)である。

 そして万が一、ローランドたちが来た時の折衝役も任せている。パーティーに戻る意思のない事を彼女に伝えて貰う事になっていた。

 エリアはもう彼らに顔を合わせたくはないだろうし、身内で話し合うよりも、こういった中立的な冒険者に任せた方がよいとの判断からである。


「……ヘンリーさん、熱は?」

「いや、熱はないよ。鼻がむずむずしたから。花粉が入ったのかな」


 ヘンリーが弁解すると、エリアは手で口を押さえ、わずかに微笑んだように見えた。

 彼女はとても気配りが出来る心優しい性格をしている。むしろ体調が悪そうなのはエリアの方に思えた。


「熱がないならいい。……エリア、大丈夫か。歩みが遅くなってきているな」

「なんとか大丈夫です。私だけ遅いですよね……足手まといになってすみません」


 ローザは少し遅れそうになりがちなエリアに寄り添い気遣った。

 道中で何度も小休止を挟みながら、深夜から丸一日ほど歩き、一徹した事になる。エリアが不安がっていたので、なるべく早急にセントラルシティからは離脱したいとの判断だった。


 王都セントラルシティと魔法都市ルーンサイドは、主要都市同士を繋ぐ街道という事もあって、旅人の往来はそれなりにあった。

 途中、旅人と何度もすれ違ったので、三人は顔を悟らせないように、全員目深に外套(マント)のフードを被った。王都に情報を持ち込む者が居ないとは限らないからである。

 ただ、女性陣の二人はとても目立つ。顔を隠していても雰囲気で見目やスタイルの良さというのはわかってしまうものである。

 意味ありげな三人組として、すれ違った者から情報が王都に伝わってしまう可能性は否定出来なかった。


「馬を使えれば良かったのだが、出発が夜間となるとな。……ここで野営の準備をしよう。あと二日ある。不眠不休という訳にはいかない」


 ローザが提案すると、ヘンリーとエリアも頷いて賛同した。二徹というのは流石に移動効率の面から見ても厳しいものがある。

 ヘンリーも二人の手前、我慢こそしていたが、正直いえば疲労困憊の状態だったので、彼女の提案は渡りに船と言わざるを得ない。


 ローザは少し開けた場所に陣取ると、小枝を拾い集めて野営の準備を始めた。


「手伝おうか?」

「私は雇用された身だ。二人は体力を考慮して身体をできる限り休めて欲しい。どうしても手が必要な時は頼らせて貰う」


 言う通り、この中で一番体力があるのは間違いなくローザである。インドア派なヘンリーやエリアはどうしても体力面では敵わない。

 そしてあくまで契約による雇用関係である事をローザは強調した。準備の手際も非常に良いので、任せてしまった方が良いだろう。

『サポーター』と呼ばれる者は、五人の固定パーティーに六人目(シックスマン)としてスポット参戦するケースも割と多く、彼女は王都ではその筆頭格と言える。こういった旅の補助に長けている者は非常に重宝された。


(固定報酬で仕事を請け負い、特定のパーティーを持たない主義か。野薔薇の異名もそこから来ているんだったかな。流石にしっかりしてる。……そういえば、スレイもこれくらい手際が良かったな)


 ヘンリーは毛布に包まりながら、感心したようにローザを眺めていると、彼女が視線に気付いた。


「……何か?」

「いや、手際がいいなと」

「……これくらいは冒険者ならば(たしな)むべきだ。もちろん『マギ』ならば学問も大切な事だが」


 ローザはそう言うと、魔術の力を借りて起こした火を使い、夕餉の準備に取り掛かっていた。


     ◇


「ロロア草を煎じたものだ。熱いから気を付けるように。口に合うといいが」


 食事が終わり、ローザは温めたお茶を、毛布に包まってぐったりと項垂(うなだ)れているエリアに手渡した。

 エリアは最近の相次ぐ出来事によって調子を崩していた事もあり、途中からは言葉数が少なくなっていた。相当疲れているのだろう。


「……ありがとうございます。ローザさん。食事の支度までさせてしまって」

「礼はいらない。雑多な事は私に任せてゆっくり休んでくれ」


 続けてヘンリーにも熱いお茶が手渡される。

 火傷しないようにヘンリーは何度も息を吹きかけた。猫舌なのである。

 少し冷ましたところでようやく飲むと、身体が温まり活力と変わるのを感じた。


「ふう。……それにしても悪かったよ。急な事で」

「私としては急な方が低リスクで助かる。……ガンテツやグレゴリーといった連中は油断ならない。前にも言ったが特にグレゴリーの方は要注意だ。エリアみたいな御淑(おしと)やかなタイプは特に好みだろうな」

「そういった好色な雰囲気は会って良くわかったけど、ブリジットの先輩の盗賊といってたから。彼女は大丈夫だったみたいだし」

「ブリジットか。まあ、(にぎ)やかなのは趣味ではなかったのだろう。……ちなみに私も声をかけられた事がある」


 ヘンリーはローザが遠回しに自分の事を御淑(おしと)やかだと言いたいのかなと思ったが、それは口にしなかった。

 そして、エリアとローザに視線を送り、その後ブリジットの姿を思い起こしていた。

 出るところが出ているかとか、顔立ちの雰囲気とか、(つつ)ましさ(やかま)しさとか、何となくブリジットと二人に差があるのは分かる。

 おそらくグレゴリーは、騒がしくない性格で、スタイルが抜群の、見目麗しい女性が好みなのかもと推測しつつ、当然それも口にはしなかった。どう考えても余計な事である。




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