28.爆ぜる疾風その後3-前編<レイモンド視点>
夜も更けた頃、聖騎士レイモンドが『爆ぜる疾風』の住家にある自室のベッドで休んでいると、ノックの音がした。
「……誰だ」
「レイモンド。僕だ」
声の主はパーティーの『アタッカー』を務める勇者ローランドだった。
その覇気のない声色からは、聖女エリアに冷たくあしらわれ続け、精神的に参っている様子がありありと窺えた。
「俺に何か用か? これ以上問答する気はないぞ」
「……エリアが居ない。ヘンリーも」
「この住家の居心地が悪くなっているのだろう。……これ以上、エリア嬢に付きまとうのは止せ」
だが、レイモンドの忠告を無視するようにローランドは続けた。
「二人の部屋の荷物の大半がなくなっている。ヘンリーが亜空間部屋で持ち出したとしか思えない」
勝手に部屋に侵入したのかと思いつつも、荷物がなくなっている事は妙に納得するものでもあった。エリアからはパーティーの現状を畏怖嫌厭する様子がありありと見えたからである。
そして、今残っているメンバーの中では、エリアとヘンリーは後衛組という事もあり、比較的仲の良い方だったと記憶している。
彼女が亜空間部屋を行使できるヘンリーに協力を要請した、あるいはヘンリーが提案したのだろう。
(こうなってしまったか。──仕方あるまい)
レイモンドは溜息をつくと、ベッドから下りて部屋の扉を開けた。
目の前には虚ろな表情のローランドの姿。
「どうしてだろう。……レイモンドは何か知らないのか。まさかヘンリーの奴も」
目に光が宿っていない。
どうもこうもないとレイモンドは思ったが、とりあえず自らの推測を告げる事にした。
「おそらく、スレイの元へ向かったのだろう。エリア嬢が姿を消したのは彼女の意思ではないのか」
「何だと……あの薄汚い平民と獣のせいか。……よし、追いかけて連れ戻そう。エリアはおかしくなっている。……ヘンリーの奴には制裁が必要だ」
ローランドが親指の爪を噛みながら、神経質にぶつぶつと呟いている。
その異常とも言える様子をレイモンドは訝しげに見ていた。
「俺は遠慮させて貰う。スレイ如きには勿体ないが、聖女の強い意思ならば仕方あるまい」
淡々とした様子でレイモンドは拒否した。
「は? ……どうしてだ。レイモンド、君だって彼女の事を」
「下らん。お主の欲望の入り交じった思慕と一緒にするなと何度も言っているだろう」
レイモンドは吐き捨てると、さらに続けた。
「パーティー解散後にエリア嬢を聖王国に招聘しようと考えていた。聖王国において聖女は聖王に次ぐ身分を約束され、一生を安寧と共に過ごせる。……俺が彼女をどうのなど元からあり得ない話だ」
レイモンドの回答に対し、ローランドの表情は少しずつ怒気を帯び始めていた。
「……レイモンド、君は聖王国の聖騎士だったね。……まさか最初からその目的で、このパーティーに?」
「それが全てではない。真摯にパーティーの『ディフェンダー』の役割は務め上げたつもりだが。……だが先日、エリア嬢には丁重に聖王国行きの断りを入れられた。スレイとブリジット嬢の追放で酷く気を病んでいる。彼女には悪い事をしてしまったと思う」
レイモンドは落胆した様子を見せたが、ローランドはそれに対し薄ら笑いを浮かべた。
「それは断られるさ。君には華がないからな。……レイモンド、君はパーティーの不和を広げ、解散を早める方向に誘導しようとしたという事だね。聖王国にエリアを招聘するために! ああ、見下げ果てた奴だなあ!」
「……スレイの追放。全てはお主の下らない嫉妬が始まりだろうが」
事の主犯格であるかのような物言いに堪えかねたのか、レイモンドが語気を強めながら凄まじい形相で睨み付けると、ローランドも顔を歪め歯ぎしりをした。
「下らない嫉妬だと。違う……勇者と聖女は一対であるべきなんだ。あんな粗野な男が獣を餌に近づいていい存在じゃない……!」
ローランドは肩をふるわせながら、再びぶつぶつと何かを呟いている。
これ以上相手をする必要はない。レイモンドは会話に見切りを付け、背を向けてベッドに戻ろうとした。
「俺は近く聖王都に帰参するつもりだ。この部屋の持ち運べない物は餞別にくれてやる。エリア嬢に断られたのは残念だが仕方あるまい。くれぐれも彼女の」
──金属音。
レイモンドが不審に思い振り返ると、ローランドが目を大きく見開きながら、腰に差していた剣を抜いていた。
極光の嵐。霊銀よりもさらに稀少な王金と呼ばれる金属によって造られたSランクの魔剣である。
『爆ぜる疾風』が見つけた財宝の中でも一、二を争うほどの高価な魔法の品物であり、そしてローランドの手によって、実戦をもって幾多もの怪物を斬り捨ててきた紛れもない名剣だった。
「おい……ローランド。冗談はよせ!」
「黙れ。聖王国の密偵が……勇者たる僕が成敗してやる。鈍重で硬いだけのデカブツが持てはやされて……今までさんざん馬鹿にしてくれたな。ずっと僕がパーティーリーダーに相応しくないと思っていたんだろう」
スレイの追放に賛成してからは疎まれてしまったが、それまでのレイモンドは仲間から良く頼られた兄貴分的な存在だった。
どうやら、この様子だとレイモンドに対しても劣等感による恨みを募らせていたらしい。
(盾と鉄球は……あんな遠くに、くそっ)
レイモンドは目の前に迫る凶刃をかわそうとしたが、ローランドは腐っても勇者の血をひく選ばれし者である。Sランクパーティーでも名うての『アタッカー』であり、甘い相手ではなかった。
そして名『ディフェンダー』のレイモンドだったが、今は鉄壁の源泉ともいえる聖なる鎧も身に付けていないし、愛用の聖なる盾も傍らにはない。
「ぐっ……おおぉ……」
極光の嵐が、レイモンドの胴体を深々と貫通していた。
それと同時に、勇者の血をひく者のみ扱える闘気が身体に流し込まれると、内臓が弾け飛ぶような感覚と共に、レイモンドの意識のほとんどが霧散した。
両の瞳からは血の涙が流れ、滴り落ちる。
「ははは」
ローランドが魔剣を引き抜くと、レイモンドは溢れ出す血と共にうつ伏せに崩れ落ち、二度と立ち上がる事はなかった。
「はははは……はああ……ああ。……お、おい……レイモンド。おい、しっかりしろぉ!」
ローランドは血まみれの魔剣を床に落とし、我に返ると、大声でわめきながらレイモンドを揺すった。
もし、この場にエリアが居れば即座に完治できただろう。Aランクの神聖術を扱えるヘンリーでも何とかなったかもしれない。
だが、レイモンドの扱えるCランクの神聖術では手の施し様のない致命傷だった。そもそも詠唱を完成できるだけの集中も保てそうにない。
(……これが……俺の最期……か……聖王様)
意識が遠のく中、赤く染まる眼を大きく目を見開くと、部屋の外から二人の男がやってきたのが霞んで見えた。
二人は倒れた身体に近づき、そして何ともいえない様子で見下ろしている。
「絶叫がしたから何事かと思ったが……ローランドちゃんよぉ、大変な事しでかしやがったな。レイモンドは異国の騎士様だろ?」
「殺し合いとは穏やかじゃないね。……愛しの聖女様が不在だとすると、もしかして助からない感じかな?」
「違う……ガンテツ、グレゴリー、僕は悪くない。……そうだ。こうなったのも、スレイとヘンリーのせいだ……」
遠のく意識の中、レイモンドに聞こえたのは、『アタッカー』であるガンテツと、新加入の『シーフ』グレゴリーの軽薄そうな声だった。




