12.錬金術協会監査役
受付嬢のイライザが席を外すこと数分、長身の男性を伴って現れた。
癖のない金髪を七三分けにしたイケメンで、光沢があるダークグレーのスーツの上から小型の外套を纏っていた。おそらくは錬金術協会の職員で間違いないだろう。
「彼が金貨を?」
「ええ、金貨を一万枚用意していると。名前は……すみません、まだ」
「俺の名前はスレイだ。よろしく頼む」
しまったという表情のイライザと無表情の男性、二人に対しスレイは名乗った。
このタイミング以前に、先に受付で先に名乗っておくべきだったかもしれない。
「あっ……スレイさんらしいです」
「それは今聞いた」
男性は冷ややかな声で、イライザにツッコミを入れた。
スレイは、この受付嬢は案外ポンコツなのかもしれないと思いつつ、同伴してきた男性と対峙した。
男性はスーツの懐から名刺を取り出し、スレイに手渡す。
「私はアルバートと言う者だ。錬金術協会の幹部を務めている。よろしく、スレイ君」
アルバートと名乗ったスーツの男は、先程の冷ややかなものと違い、非常に落ち着いたような声で挨拶をした。
名刺に視線を落とすと、名前と共に書かれている監査役という役柄が目に映った。彼は今後も関わる可能性が高いかもしれない。
重要なポジションに居る事は間違いなく、心証が悪くないよう努めるのが良さそうである。
「……スレイ君。金貨を一万枚、持参してきたという事だが」
「ああ。俺は商家の出でもない平民だが、納めれば錬金術師になれるって聞いて」
錬金術師規約は何度も目に通している。解釈通りならば問題ないはずだった。
ただ、建前と本音というものは違うはずで、一般人でもなれるチャンスありとしつつも、本当は一般人を迎え入れるのは好ましく思っていない可能性は高い。
「当然、規則に則れば可能だ。もちろん錬金術師試験の合格、そして見習いを経ての監査の合格が必要だが。すべて金貨で持参してきたのかな。『亜空間部屋』から、一〇〇〇枚分を取り出したとイライザから伺った」
「一応、金貨一万枚とあったからな。等価の上位通貨でも良いのかと思ったけど、間違いがないようにした」
通貨に使用されている金属のレートは以下の通りである。
銅貨10,000:銀貨1,000:金貨100:白金貨10:霊銀貨1
この世界の金属は上記のような等価法則が成り立っている。
そして変成術での変性レートもそれに倣ったものとなっていた。
「アルバートさん。……もしかして、白金貨を一〇〇〇枚の方が良かったのかな。それならば一度で済んだな」
「正確には金貨一万枚相当と、割と曖昧な記述がされていたと思う。手段は一つではないという事だ。ただ、君の間違いのないように、という心掛けは良いと思う」
アルバートはスレイの判断を肯定すると、身をひるがえした。
「上納金を確認させて貰う事にしよう。イライザ、君は受付に戻りたまえ」
「……わかりました! スレイさん、今後ともよろしくお願いします」
靴音を響かせながら、ゆっくりと歩き出したアルバートを追い、スレイも歩き始めた。
◇
それから二〇分ほど。
全ての金貨がアルバートによって識別され、本物である事が認められた。
目の前のテーブルには、スレイが持参した金貨一万枚は既になく、アルバートの変成術によって姿を変えた複雑な輝きを持つ霊銀貨一〇〇枚に置き換わっている。
金100:霊銀1での変成が全て上手くいったという事は、一万枚の金貨が本物だったという事の証左となる。
このように変成術は、物の本質を理解する為の鑑定能力を有している。
高ランクの変成術の使い手は、優れた錬金術師であると共に鑑定士でもある。
(──霊銀への変成が出来るのか。流石幹部なだけあって、かなりの使い手だな)
霊銀の変成には、変成術ランクA以上が必要となる。
彼は少なくとも変成術がAランク以上の、いわゆる上級錬金術師で間違いなかった。
「金貨一万枚相当で間違いない。……その前に、本当に上納する意思があるのか確認しておこう」
「……と、いうと?」
「金貨一万枚は大金だ。人一人ならば、それなりの生活水準で老後まで過ごせるだけの価値がある。一度受領したら取り止めとはいかないのでな」
「ああ、そういう事なら、もう覚悟の上で来ている。逆に受け取ってくれるのかが心配だったよ」
スレイの返答に対し、アルバートは無言のまま一度だけ頷いた。
「受け取るとしよう。……受付で特別許可証発行の申請書と、錬金術師試験の申し込み、それと領収証を受け取って帰ってくれ」
そう言い終えると、アルバートは霊銀貨を持参していた革袋に詰めた。
「通貨は霊銀の状態で受け取るんですか?」
「いや、金庫で金貨に変成し直す。通貨をいたずらに変成するのは、本来好ましい事ではないのでな。あくまでこれは本物かの識別の為だ」
アルバートはそう告げ終えると、ようやく一息ついた。
この枚数の変成はそれなりに骨が折れた事だろう。
ここから変成術で戻していくとなると、さらにMPを消耗する事になるはずで、特に上位金属の霊銀の変成となると負担はかなり大きい。
アポ無しの来訪で重労働させてしまい、申し訳ない気持ちも多少あるが、これも仕事の内なのだろう。
「スレイ君。そういえば魔術の心得があるようだが、何処で修得したのかな」
「基本的には独学だけど、魔術が得意な知人に教わったりもした。魔術はBランクギリギリだから、そこまで沼に嵌まってはいないよ」
「なるほど。魔法に対する素養が高いのだろうな。……では変成術も」
「アルバートさん、そっちは秘密で。師に当たる人に迷惑がかかると困るから。……それとも言わないといけないかな」
スレイが返答に難色を示すと、アルバートが否定するように首を振った。
「いや。詮索して失礼した。……来月末に錬金術師試験がある。実技の方はありふれた金属変成だ。変成術Cランク相当としている」
「それなら大丈夫そうかな。筆記はどうですか?」
「錬金術に対する知識や規約、一般教養。……受付で教本や対策試験問題を販売している。羊皮紙製で値が張るが」
羊皮紙の本は高級品である。貴族や富豪ならぽんと買っていける物なので、お高く付くかもしれない。
ただ、試験は年に一度しか行われない。万が一落ちたら面倒な事になる。出費は軽い物ではないが、スレイは教本を購入していこうと考えた。
「……莫大な上納金の事もある。これ以上の負担は忍びないな。本部にある教本の貸し出しを許可しよう」
アルバートから、温情とも取れる意外な返答があった。
「アルバートさん、いいんですか。規約的に」
「スレイ君。幹部の判断で貸し出して良いという規約がある。私は規律に対し厳格だから、そのつもりで。……くれぐれも紛失する事のないように」
規約の範囲なら手助けをしてくれるといった処だろうか。
杓子定規で融通の利かない雰囲気があるが、第一印象としては、このアルバートという男性は信頼は出来そうに思えた。