【幕間】兄と弟、姉と妹の婚約破棄四重奏(前編)
「アリシア・シントロン侯爵令嬢! 常日頃からのその身勝手な振る舞いは目に余りある! よって私、ドゥイリオ・エスタバン・オルティスは貴女との婚約を破棄して、シントロン侯爵家の妹姫であるクラリーサ嬢と婚約することをここに宣言する!!」
宴もたけなわのその時に、王宮の中でも一、二を争う壮麗にして伝統と格式を感じられる大広間に、若い男性の怒気を含んだ叫びが響き渡った。
刹那、一通りの挨拶が終わって口を潤すためにシャンパンを飲んでいたローレンス王太子が派手にむせ返り、社交辞令モードで柔らかな微笑みを振りまいていたヴィクトリアが即座に真顔になって、羽根つき扇を開いて口元を押さえ表情を隠す。
同時にカドリール、ワルツ、ポルカ等の曲に合わせて優雅に踊っていた男女や、にこやかに談笑――腹芸とも言う――をしていたゲストの王侯貴族たちや国内外の名士や各界の著名人、外国からの貴賓たち、さらには別室に用意されていたビスケットやサンドウィッチ、アイスクリーム、ワイン等の軽食をつまんで空腹や喉の渇きを癒していた者たちまでもが、騒ぎを聞きつけ何事かと顔を覗かせるのだった。
とばっちりを恐れて、そそくさと人が離れてぽっかりと空白が生じた舞踏会場の中心。
そこでは、片や二十歳ほどのいま王都で流行りのモード服をまとった伊達男(ローレンス王太子の爽やかさの代わりに、貴族らしい気障ったらしさを付け加えた下位互換タイプ)が、やや年下で優し気な容姿をした栗色の髪の淑女を、まるで親の仇を見るような目で、いままさに糾弾している真っ最中であった。
紳士たちはマナー知らずの山猿が……という目で青年を睨み、淑女たちは針の筵であろう令嬢に憐みの眼差しを向けるのだった。
好意的な視線が一片もないというのに、場の注目を浴びていることで悦に入った様子で陶酔しているドゥイリオ青年。舞台の主役のような表情で、声高らかにアリシア嬢へ向かってさらに追い打ちをかける。
「侯爵家の長女という特権を笠に着ての傍若無人の数々。なによりも妹であるクラリーサ嬢をないがしろにし、常日頃から罵声を浴びせ、横暴な振る舞いをする――そのような者に私の婚約者は相応しくない! よってこの場にて誤った関係を清算することにしたのだっ!」
そんなドゥイリオ青年の背後には、これまた(国王主催の伝統ある舞踏会とは思えない)派手派手しい――背中と胸元などほとんど露出しているも同然な、大多数の淑女に眉をひそめられる――ドレスに身を包み、公の場だというのに編み上げもせずに、だらしなくピンク色の髪を垂らした十六歳ほどの少女が、ピタリと寄り添って、
「きゃ~~っ、ドゥイリオ様。素敵ですわ、格好いいですわ!」
頭のてっぺんから響くような嬌声を張り上げていた。
『なんだあれは……?』
と衆目の見解が一致したところで、この騒ぎの間もプロとして演奏を中断しないでいた宮廷楽団が、空気を読んでやや音量を上げた快活な演奏に切り替えた。
また、この騒ぎに咄嗟に飛び出しかけた近衛騎士たちだったが、トラブル……というには、どうにも中途半端な痴話喧嘩の類と見て取って、どうしたものかと目配せをし合い、とりあえずその場に待機することを選択したのだった。
「……な、何をおっしゃっているのでしょうか?」
ドヤ顔のドゥイリオに向かって、動揺しながらも必死に言葉を絞り出すアリシア嬢。
「ふん、相変わらず杓子定規で察しの悪い女だ。先ほど宣言した通り、貴様との婚約を破棄してこの愛おしいクラリーサと結婚すると言っているのだ。もともとシントロン侯爵家と我がオルティス辺境伯家とで結ばれた婚約だ。相手が姉から妹に変わったところで問題はあるまい!」
「……大問題ですし、どこからツッコめばいいのか判断に迷うほど無茶苦茶な屁理屈ですね」
扇の下からぼそりと呟いたヴィクトリアの独り言に、傍にいた侍従やメイド、女官たちが一斉に頷いた。
同時に一段高い主催者席にいたフォルトゥム王国国王夫妻もまた談笑を切り上げ、傍らで呆然と阿呆面を下げているローレンス王太子に向かって、疑念の視線をまじまじと注ぐのだった。
同じく醒めた目をローレンス王太子に向けながら、ヴィクトリアが独り言のようにそらんじる。
「ドゥイリオ・エスタバン・オルティス……私の記憶によれば、確か東辺境伯家の三男ですね。そして現在婚約破棄の矢面に立たされているのはシントロン侯爵家の長女であるアリシア嬢で、仄聞したところでは彼女が今年王立学園を卒業したのを契機に、シントロン侯爵家へとドゥイリオが婿入りする予定だったはずですが――シントロン侯爵家は二人姉妹ですから――そのタイミングで、この舞台で婚約破棄ですか……はぁ~……これって、殿下の仕込みだったり、友人によるサプライズですか?」
国王夫妻のいま抱いている懸念を、改めて口にしてため息をつくヴィクトリア。
「いやいや、知りませんよ。私の関知するところではありません。あのふたりも見たことも話したこともありませんし――!」
『婚約破棄』という忌まわしい言葉を耳にして、反射的に抱いた三人のどんよりと疑念に満ちた視線に対して、あたふたと首を激しく左右に振って関与を否定するローレンス王太子。
「――ふむ」
愚息はどうやら無関係そうだと見て取った国王陛下。安堵と釈然としないアクセントで一声唸って、いま現在、愁嘆場を迎えている騒ぎの元凶へと視線を巡らせる。
「シントロン侯爵家アリシア嬢とは、何度かお茶会に招待したことがありますわね。聡明で素直なお嬢さんという印象でしたが、あちらのオルティス卿はわたくしも初めて目にしますわ。普通ならパーティなどに同伴するものでしょうに、大抵アリシア嬢の御父君であるシントロン侯爵がエスコートしていましたが」
「オルティス辺境伯の三男か……。シントロン侯爵家との縁談話で、ずいぶん前に一度だけ挨拶を受けたことがあったが、あのような頓狂な青年だとは聞いていなかったな」
そう言ってちらりと一瞥した王妃殿下、国王陛下の視線の先では、場の中心になっているひとりの青年とふたりの娘――片や婚約破棄を突きつけている三男坊と、突然名指しされた婚約者である長女と、その元婚約者に張り付いて歓声を上げている次女――を交互に見やって、顔を赤くしたり青くしたりしている中年男性ふたり(シントロン侯爵とオルティス辺境伯)、そしてそれぞれの夫人らしい、いまにも倒れそうな顔色の女性たちがいた。
「なるほど偶然ですか――流行っているのでしょうか? ――とはいえ、なかなか愉快な展開ですね、殿下。私の予想では、この後に来る台詞は『真実の愛に目覚めた』だと思いますが」
「…………」
嘲笑を含んだヴィクトリアの当てこすりに、ローレンス王太子は不愉快そうな表情で黙り込んだ。
(そうそう、それでいいのです)
ヴィクトリアはそのふてくされた態度を横目に内心でほくそ笑む。
この国王陛下主催の舞踏会において、今回の主役はローレンス王太子のパートナーであり、事実上これが初お目見えとなる婚約者のヴィクトリアであった。
当然のようにファーストダンスを踊ったローレンス王太子とヴィクトリアであったが、顔立ちだけはいいローレンス王太子と、かつて三国一の美姫と謳われた実母譲りの容姿に加え、実父から受け継いだ神秘的な色合いの紫の瞳を持った、輝くばかりの美貌をしたヴィクトリアがともに踊る姿は幻想的で、老若男女問わず『――ほお』と、感嘆のため息をこぼさずにはいられなかったほどである。
ふたりのダンスを皮切りに、プログラムに沿って独身の男女が踊りだし、周囲からの賛美と挨拶を軽く受け流し、つつがなく祝福モードでローレンス王太子とヴィクトリアが、そろそろ二回目のダンスを踊ろうかと思っていた矢先――婚約者同士でも一度の舞踏会で踊る回数は三度までがマナーである――突然起こったこの騒ぎによって、そのハレの場を台無しにされたのだ。
適切な対応としては、大方の貴族のお歴々のように無表情を装って、底冷えのする眼差しを向けるのがベストであり、まかり間違っても興味本位で見入るような真似はできない……ま、やりそうな気配を感じたので、機先を制してローレンス王太子に『不愉快だ』という意思表示を示す渋面をさせられたのは、その場しのぎとはいえベターな選択であった、と密かに胸をなでおろすヴィクトリア。
なんといっても『婚約者をお披露目する場を台無しにされ、忸怩たる態度を隠そうともしない王太子殿下』という体面が保てたのだから。
無論、為政者として感情を素直に表に出すのはいささか不用意という意見もあるだろうが、まだしも若さを理由に大目に見られるだろう。
(アドリブでは表面上を取り繕わせるのが限度でしたね。もう少し時間があれば思考を誘導することもできたのですが……)
王太子という立場が及ぼす一挙手一投足、そのデメリットを説いて(メリットを説くとつけあがるのが目に見えているので)、自分で考えて実感してもらうのが重要なのですが……と考えを巡らせるヴィクトリア。
ともあれいまこの場でできる最善の対応に対して、国王夫妻と上座に近い場所で傍観していた義父であり、血縁上は実の祖父に当たる現アルカンタル公爵が、『『『グッジョブ!』』』と声にならない喝采を放っていた。
と、そんな水面下のやり取りにも(当然のように)頓着せずに、問題の三人の間で事態は進行する。
「ドゥイリオ様、そもそも私と貴方との婚約は両家同士が取り決めたものであり、私に破棄と申されても即答できるものではございません。それに先ほどから申されている『身勝手な振る舞い』や、クラリーサに対する『常日頃から罵声を浴びせ、横暴な振る舞い』など、私にはまるで身に覚えがございませんが?」
周囲の居たたまれない視線の中、それでも侯爵家の長女として気丈に反論するアリシア嬢。
「ここに至って開き直りか!? その増長慢許しがたい! そもそも――」
「ひどいですわ、お姉さまっ! 街屋敷にいる時も、領主館にいる時も、いつもお姉さまばかり綺麗なドレスやアクセサリーを買ってもらって、ちやほやされて、私などいないも同然に扱われる。舞踏会があっても私だけ留守番か、どうでもいいパーティにだけ出席を許される――ズルいですわ! お姉さまばかり!!」
ドゥイリオ青年の主張を遮る妹のクラリーサ嬢のキンキン声が響き渡った。
「当たり前じゃないですか。まともな貴族――上流階級であれば、家族間に序列を厳しくつけるのは当然でしょう。妹は姉に従い、姉は兄に従い、子は親に従い、妻は夫に従うのが道理というものでしょう」
ぶっちゃけ、当主と家督と財産を継げる長男だけが別格というのが貴族の価値観である。
もっとも嫡男がいないシントロン侯爵家のようなケースでは、長女に婿をもらうか、親戚から養子をもらうのが一般的であり、次女以下は万一の際(当主と長女がまとめて身まかった、といった特殊なケースが発生した場合)の保険にしか過ぎなかった。
扱いに差ができるのは当然であろう。
「地団太踏もうが、ズルいズルいと羨ましがろうが事実は覆せません。悔しかったら姉より先に生まれてご覧あそばせ……といったところですね」
どうしても納得できなければ、私のようにさっさと実家を出て独立するか、もしくは父親と姉を亡き者にして実権を握るくらいの覚悟と気概がなければ、単なる子供の我儘ですね――と、付け加えるヴィクトリアの所感を耳にして、国王夫妻と近くにいたお付きの者たちが頷き、そこから波紋が広がるように上座に近い高位貴族の間に伝播されて、心なしかヴィクトリアを見る目が変わってきた。
これまでは良くも悪くも――あのパトリシア夫人とラミレス伯爵の実子であり、ローレンス王太子の専属侍女にして、先の婚約者であったブリセイダ嬢との婚約を白紙撤回してまで、王太子が選んだ運命の相手という――噂ばかりが先行して、ほとんど表舞台に出てこなかった姫君。
そして満を持して登場した彼女は、血筋はもとより外見や気品、物腰など、どれをとっても将来の国母として申し分ない淑女であった。
こんな隠し玉を抱えていたのか……と、国王陛下の辣腕に感服する者。
なるほど、この相手ならブリセイダ嬢から鞍替えするのも当然だな。まして国内貴族の筆頭であるアルカンタル公爵を後見にできるのだから盤石ということか。
と深読みをして(し過ぎて)、次期国王にふさわしい俊秀として知られているものの(学園の成績や周囲の評価からそう見られている)、若さゆえか軽佻浮薄の性向であると、ローレンス王太子の人物像を多少危ぶんでいた者たちが、その慧眼を評価して、大なり小なりその価値を上方修正していた。
とはいえその当人であるヴィクトリアは、あくまで花瓶の花扱いされていたわけだが――当人もそれを由として、ビジネススマイルに徹していた――言動の端々に瞠目に値するものを感じて、目端の利く豪商や他国の外交官、海千山千の門閥貴族たちの当主などは、密かに彼女自身に注目を寄せるのだった。
そんな複雑怪奇な周囲の駆け引きなどつゆ知らず、まさに佳境に入った舞台俳優のごとく、ドゥイリオ青年は姫君を守る騎士のごとく、アリシア嬢の呆れたような視線からクラリーサ嬢を守るように立ち塞がって、看過しがたいとばかり激昂する。
「聞いての通りだ! 身内である妹を差別し、邪険に扱い非道の限りを尽くす。そんな酷薄な女など願い下げだ! だいたいお前はたまに会っても領地経営がどうの、マナーがどうのと私に注文ばかりつけて、なんら面白みがない……女として終わっている。とても将来の妻として考えられない! それに比べて、見ろクラリーサ嬢の純真さ、可愛らしさはどうだ。私は彼女に会って初めて心の安寧を得たのだ。そうこれこそが真実の愛! 私は真実の愛に目覚めたのだっ!」
そう絶叫して、同意を求める眼差しをローレンス王太子へとそれとなく目配りするオルティス青年。
「――ふっ(ほらね)……!」
同類でしょう? と言いたげなヴィクトリアの失笑の気配に、「こっちに流れ弾を飛ばすな!」と言いたげな、胡乱な目付きでドゥイリオ青年を睨み返すローレンス王太子。
「…………?」
てっきり手放しで同意されるかと期待していたらしいドゥイリオ青年は、ローレンス王太子のすげない態度と、『当然だ』と言わんばかりの良識ある周囲の反応。そして頭を抱えているオルティス辺境伯と、息も絶え絶えに倒れかかっている辺境伯夫人の様子に、「あれ?」という肩透かしを食らったような表情で、一瞬だけ考え込んだものの――。
「素敵ですわ、ドゥイリオ様ぁ! さすがは私が愛した方。真実の愛の前ではどんな障害も関係ありませんわ~~っ!!」
背後から押し付けられたオッパイを前に、即座に疑問を放棄してやに下がるのだった。
『破廉恥な!』
『まるで娼婦のようね』
『侯爵家ではどのようなマナー教育をなされたのかしら?』
『大方、いま巷で流行っている演劇の《バーバラ嬢の婚約破棄》にでも影響されたのでしょう』
『虚構と現実の区別がついてないのね』
さざ波のように自然に湧き起っては聞こえてくる、眉を顰めた周囲のご婦人方の囁き声に、思わず嘆息をするアリシア嬢。
ついでにやきもきしながら事態の推移を眺めていた姉妹の父であるシントロン侯爵が、屠殺場に連行される家畜のような絶望的な表情となり、侯爵夫人は必死に気付け薬を嗅いで正気を保つのだった。
なお、この時点で野次馬たちは、この悲劇的喜劇を面白がる者、白けた視線を向ける者、結末を予想して賭けをする者と、大まかに三つに分かれていた。
「――なるほど。私としましては、将来の伴侶として侯爵領の領地経営について、当然ながらドゥイリオ様も事務の分担を担っていただけるものと考え、ある程度の事前資料をお渡ししたのですが……一向にご興味ないご様子でしたので、差し出がましくも口幅ったい詰問をいたしました。どうやらそのことがオルティス様の重荷になり、このような騒動を引き起こす遠因となりましたことは、私の不徳といたすところでございます。そのことにつきましてはお詫び申し上げます」
意訳すれば『バカに難しいことやらせてゴメンね』と言って粛々と頭を下げるアリシア嬢。
その咄嗟の機転と侯爵家長女としての矜持を前にして、
「お前に似ているな、ヴィクトリア」
そう水を向けるローレンス王太子に対して、ヴィクトリアは何かのカードに記載しながらすげなく答えた。
「そうですか? 事態がここまで進行して土壇場でレスバトルしたところで、単なる泥沼でしかないですし……とりあえず『誰も勝者がいない』に金貨二十枚ですね」
「なにげに賭けに乗るなよっ。というかアリシア嬢に失点はないと思うのだが……」
「私的には後手に回りすぎ……遅きに失したという評価ですね。こうなる前に馬鹿ふたりを阻止できなかった時点で賽は投げられています。すでに負けですね」
「相変わらず辛辣だな」
そんなローレンス王太子とヴィクトリアのやり取りとは無関係に、『アリシア嬢が頭を下げた』という一点でもって、まるで鬼の首でも獲ったようには自尊心を満足させるドゥイリオ青年と、優越感に満ちた目付きで姉を見下すクラリーサ嬢。
「ふふん、殊勝なことだな。だが、まだまだ足りん! クラリーサ嬢に対する謝罪がまだだぞ、アリシア!」
図に乗ったドゥイリオ青年の要求に対して、いかにも困惑した様子でゆるゆると首を横に振るアリシア嬢。
「謝罪する理由がございません」
「なにを言うか! 姉という立場を笠に着ての暴言の数々、非道な振る舞い、私が知らないと思うのか!?」
「……身に覚えがございませんが、その証拠はございますの?」
「証拠はクラリーサ嬢の証言だ! 可哀想に私に会うたびに涙ながらに訴えていたのだぞっ」
「そうですわ、お姉様。いつもいつも私をバカにして、屋敷内でも『いま忙しい』とか『どうせお菓子や演劇の話でしょう。興味ないわ』、『少しは勉強しないと、将来泣くわよ』とか意地悪を言って、無視して……それにお姉様だけ王立貴族学園に入学させてもらって、私には町場の私塾である女学園で我慢しろなんて、ズルいですわ! いつもいつもお姉様ばかり!」
必死に訴えかけるクラリーサ嬢の言葉に、うんうん頷くオルティス青年。
対照的に「え~~、これ私が非難されることぉ!?」と言いたげな表情で途方に暮れるアリシア嬢。
「――というか、いまの証言を真実とするなら、婚約者のいる男性がその妹である未婚の女性と複数回、逢瀬を重ねていた……不義密通ということですね」
ぼそりと呟いたヴィクトリアの合の手が、意外に遠くまで響いた。
それを聞いて何人もの招待客たちが目から鱗という顔になり、同様にアリシア嬢もまた憑き物が落ちたような顔で、ドゥイリオ青年とクラリーサ嬢を見比べ、
「私とはここ五年はろくに会う暇もないとおっしゃっていたのに……はぁ~」
「いや、それは……婚約者としてお前の愚痴を聞かされ、相談をされ話していただけで……」
しどろもどろに弁解するドゥイリオ青年。
「……おおかた寝物語に嘲笑っていたのでしょうね」
歯に衣着せぬヴィクトリアの失笑。
これも聞こえたのかどうかは知らないが、アリシア嬢はどうでもいい他人を見るような目で、しっかりとドゥイリオ青年とクラリーサ嬢双方を顔を見据えて言い放った。
「わかりました。私個人としまして、此度の婚約破棄に合意いたします。実際にどうなるかは、今後の両家の話し合いと弁護士に任せますので、以後はそちらを通して交渉してください。それでは失礼いたします」
そうカーテシーをして会場をあとにしようとするアリシア嬢の背中に向かって、ドゥイリオ青年が慌てて追いすがる。
「待て! まだクラリーサ嬢への謝罪がないぞ! だいたいなんだ、その態度は!」
そう喚いてアリシア嬢の肩に手をやろうとしたオルティス青年の手が、横合いから叩き落された。
「な――っ!?」
「いい加減にしてください、兄上! どこまで我が家の恥をさらせば気が済むのですか!!」
そう一喝したのは、ドゥイリオ青年にどこか似た印象の若干地味な顔立ちと服装をした、十八歳くらいの青年だった。
「エドガルド、異母弟の分際で何の真似だ」
憎々し気なドゥイリオ青年の問いかけに、異母弟らしいエドガルド青少年が、凛とした風情でアリシア嬢との間に立ち塞がるようにして答える。
「兄上がなにやら目論んでいると、屋敷の者から注進を受けて、密かにこの舞踏会に紛れ込んでいたのです。ですが、まさかこのような場で婚約破棄を言い出し、あろうことかアリシア嬢を根も葉もない理由で貶めるとは、呆れてものも言えません」
「根拠はある! クラリーサ嬢の――」
「当人の証言など証拠になりません! きちんとした傍証や証拠はあるのですか!?」
「…………」
途端、黙り込むドゥイリオ青年。
「本当なんですぅ! 信じてください、エドガルド様ぁ!」
代わりにクラリーサ嬢が涙目で訴えかけるが、エドガルド青少年はげんなりした顔で耳に手を当て、吐き捨てるように付き放つ。
「そのバカみたいな喋り方と、場末の娼婦のように媚びを売るのはやめてくれませんか。気持ち悪い」
目の前で馬鹿にされて恥辱に震えるクラリーサ嬢を無視して、素早く振り返ったエドガルド青少年は、怒涛の展開に呆然としているアリシア嬢に向かって恭しく訴えかけた。
「そしてアリシア嬢。ずっとお慕いしておりました。兄上の婚約者と思えばこそ、この思いは生涯封印しておくつもりでありましたが、婚約破棄……ということであれば、だれに遠慮することなく伝えることができます。どうか改めて僕とお付き合いください」
その告白に沸く会場。
「おい、ヴィクトリア。新展開だぞ! ドラマチックじゃないか! これはお前の予想も外れたな」
大団円だろう、と言いたげなローレンス王太子に向かって、ヴィクトリアが白い眼を向ける。
「……そんなわけないでしょう。兄が駄目だから弟と付き合えとか、バカにするのも大概にしろと言いたくなりますね。だいたい兄は大舞台で衆目の中で婚約破棄すれば、同調圧力でどうにかなると踏んで、弟は同じくこの場で告白すれば成功すると思っての行動でしょう。方向性は逆ですが、やっていることはどちらも同じで、さすがは兄弟といったところですね。とてもアリシア嬢が幸せになれるとは思えません」
そう頭から水をかけられ、冷えた頭でこの兄弟姉妹で混乱している婚約破棄劇を改めて眺めるローレンス王太子であった。
入院中になろうを見ていたら「ズルいズルい」妹が流行ってたので、退院してから書こうと思っていたのですが、速攻で下火になってました..φ(:3」∠)_