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預言の聖女は侍女に仮面を剥がされた模様③

「……疲れた」

 珍しくげんなりした顔で、着替えを終えると同時に椅子に深々と腰かけるローレンス王太子。

「どうしました? 真夏の太陽が照り付ける中でも、マントルピースで燃える炎のように元気なのが取柄の殿下が、珍しいですね。滋養強壮に効果がある……という謳い文句の薬草茶(ハーブティー)でもお入れしますか?」

「それ〝無駄に明るくて暑っ苦しい”の隠喩だよなぁ!?」

 一応は大まじめな顔で慰労するヴィクトリアに、ローレンス王太子が噛み付く。


 出入り口付近でそんなふたりの隔意のないやり取りを眺めていた、十五歳ほどのブルネットの髪をボブカットにしたメイドが、驚いたようにハシバミ色の瞳を大きく見開いた。


「案外自覚があるのですね。それでどうしますか、お茶は?」

薬草茶(ハーブティー)ねえ……どこの産地だ?」

「ピエール・コンスタンタン修道院のものですが」

 薬草茶(ハーブティー)は修道院産の薬として売買されているのが一般的である。

「コンスタンタン派か……だったらいい。それで頼む」

 微妙な表情で妥協したローレンス王太子の態度に何か思うところがあるのだろうが、特に混ぜっ返すことなく一礼をしたヴィクトリアがブルネットのメイドに命じる。

「エミリー、殿下の分の薬草茶(ハーブティー)を準備して」

「は、はい。ヴィクトリア様」

 一礼をしてその場を離れるエミリー。王宮に勤めるメイドだけあって、彼女もある程度の身分を持った貴族家の子女ではあるが、王太子専属侍女にして(それだけでも超エリートである)公爵家の血を引く令嬢。そして、王太子殿下の婚約者というフォルトゥム王国建国以来空前絶後、唯一無二の存在であるヴィクトリアとは比べるべくもない。緊張するなと言うほうが無理というものであった。


 どこかぎこちない一礼から、部屋の外に出るまでのエミリーの挙動をなんとなく目で追っていたローレンス王太子が、壁際で待機してるヴィクトリアに視線を移してからぼんやりと思う。

 侍女として完璧を体現しているヴィクトリアと比べてさすがに(あら)が目立つが、まあ初めはあんなものだろう。さすがに来客がいるとこで給仕などをさせるわけにはいかないが(貴族相手の接待や饗宴では一片の瑕疵(かし)のない十全の仕事をこなすのはもちろんのこと、『一生懸命やっている』『頑張っている』などという素振りを見せずに、あくまで自然に流れるような仕草が要求される)、そこらへんはこれから徐々に慣れていけばいい……と考えたところで首を捻った。


「ヴィクトリア、先ほどのメイドだが。初めて見た顔だよな?」

エミリエンヌ(エミリー)ですか? さすがに目敏(めざと)いですね。はい、このたび新たに配属されたメイドです」

「いや、別に女と見れば見境なくチェックしているわけではないのだが……珍しいな。お前が茶を入れるのを人任せにするとは」

「いえ、準備までで実際に入れるのは従来通り私が行いますが――」言いかけて、コテンと小首を傾げるヴィクトリア。「それともさんざん見飽きた私よりも、見慣れぬ若い()にお茶を入れて欲しいと?」

「お前は私をどんだけ節度なしと思っているんだ……!?」

「王侯貴族にとっては使用人に手を出すのは半ばノーカウントですので」

 憤慨するローレンス王太子相手に逆に面白くもなさそうな顔で言い含めるヴィクトリア。

「だいたいにおいて、貴族のご婦人方の間で流行っている『王宮ロマンス』では、圧倒的に不倫がテーマになっているのは周知の事実かと思いますが」

「……そこは婉曲に〝道ならぬ恋”とか言えんのか?」

 相変わらずの赤裸々過ぎるヴィクトリアの物言いに、ローレンス王太子が小さく異議を唱える。


「ふっ……お伽噺なら貧しい健気な娘に王子様が一目惚れするものですが、現実と妄想ではよその奥方に色目を使うのが王子様ですからね」

 鼻で嗤ってやれやれと肩をすくめるヴィクトリア。

「ですが、まあ不倫でも寝取りでもいいですが、陰口をたたかれつつ公認されるだけ、まだましですよ。王侯貴族の侍女やメイドなど、奥方が男遊びをするために旦那にあてがわれ、手を出されていないとわかると折檻(せっかん)されることがあるのですから、ひどいものです」

「そうなのか……?」

「割とよく聞く話ですね。女使用人(こっち)は朝から晩まで身を粉にして働いて、生理中でも平然とした顔をしなければならないというのに」

 女性の口から生理とか聞きたくなかったなぁ、と思うローレンス王太子。

 迷信ではあるとわかっているが、男の間にはいまだに根強く女性特有のソレについて不浄のものという共通認識がまかり通っているため、なるべく耳にしないのが暗黙の了解であった。


 なお生理や経血に関する迷信というのは――。

 曰く、「まかり間違って生理用品を目の当たりにすると不幸が起きる」

 曰く、「経血には毒があり、 ワインに入ると酸っぱくなり、大地に染みると穀物が枯れ、間違って舐めると犬が狂う」

 曰く、「生理中に妊娠した場合には、忌まわしい赤毛の子供が生まれる」

 といった荒唐無稽なものばかりである。


「教会の唱える男尊女卑のいい例ですね。そのくせ『精液に滋養強壮の効果がある』とか、阿呆なことを言っているのですから」

「前から思っていたがヴィクトリア、お前、真聖堂教会にまったく敬意を払っていないだろう?」

 将来の国母としてどうなんだと言いたげなローレンス王太子に対して、ヴィクトリアは心外そのものの表情で反論した。

「そんなことはありませんよ。教典に書かれている『聖者の祈りによって海が割れた』とか『身長五プロートスもある巨人が攻めてきた』とかの法螺話はともかく、戒律によって民衆を教導するという役割は非常に重要だと思っていますし」

 基本的に国の運営に関しては、マキャベリズム(手段や方法は問わないので、国家が繁栄できればいいという考え方)に近い思考をするヴィクトリアならではの身も蓋もない返答であった。


 ある意味真聖堂教会に対する侮辱とも受け取れるヴィクトリアの言葉に、食って掛かるかと思えたローレンス王太子だが、ふと当初の憂鬱そうな顔になって、

「『身長五プロートスもある巨人』……勇者ディオンが投槍で倒した伝説、か」

 そう呟いて座ったまま何やら思いを巡らし始めた。

 すかさずヴィクトリアが「そういえば」と、あくまで自然な流れで話題を変えた。

「ローレンス殿下の本日の公務は、帝国博物館における『真聖堂教会寄贈展示会』のパーティでしたね。門外不出とされた天才芸術家ラディズラーオ作の『勇者ディオンの像』も寄贈されたそうですね」

「んん……まあそうだな。なかなか見事なものだった」

「昔、教会で見たことがありましたが、私はあの像が好きですね。どことなく殿下に似ていますし」


 意外なヴィクトリアからの高評価――なにしろラディズラーオ作の『勇者ディオンの像』といえば、若者の肉体美の象徴とまで言われる芸術作品である――に、思わず相好(そうごう)を崩すローレンス王太子。


「そ、そうか?」

「ええ、あの躍動感といい肉付といい股間のコンパクトなブツといい、殿下に瓜二つです」

 ちなみに帝国時代から延々と芸術作品において、男性の象徴は小さいのが理想とされている。理由としては、かつての迷信で『男の象徴は理性と知性に応じて小さくなる。大きいのは獣に近い蛮人である』というものがあったからであった(現在はそれは迷信とされているが、芸術の世界では延々と前例が踏襲されているのが実情である)。

「ちょっと待て!!! お前、褒めているようで思いっきり貶しているだろう!? だいたいお前、実物を見たことがあるのか!!」

「毎日殿下の着替えを手伝って、チ○ポジまで調整していますがなにか?」

 侍女と仕立て屋は相手の股間まで手を伸ばすのが仕事である。

「…………」

 思わず黙り込んだローレンス王太子。

 そこへノックの音がして、ティーワゴンを押したエミリーが戻ってきた。


 出入り口で交代したヴィクトリアが、慣れた手つきで薬草茶(ハーブティー)を入れてローレンス王太子へと差し出す。

 無言で受け取ったローレンス王太子が一口飲んだところで、いつもなら当然という顔で相伴するヴィクトリアが無言で立っているのに違和感を感じて、そのまま疑問を口にした。

「お前は飲まないのか、ヴィクトリア?」

「はい。別に疲れてはいませんし、それに――」ちらりとポットを一瞥して続けるヴィクトリア。「『精液に滋養強壮の効果がある』とか謳っている教会産の滋養強壮に効く薬草茶(ハーブティー)とか、怖くて」


 その途端、ローレンス王太子が盛大にむせた。


※特別扱いされている例として、侍女に対する呼称は「レディ」がつきます。

 なお、貴族の令嬢を「ミス○○」と呼ぶのは十代前半までで、以降は子ども扱いせずに独身であっても「ミセス○○」と呼ぶのが礼儀です(令嬢の側が子ども扱いされるのを嫌がったため)。

 つまり、高校生であっても「お蝶婦人」は間違いではないということですw

※紅茶を入れるについて、「淹れる」「煎れる」は常用漢字ではない上に、「淹=ひたす」「煎=せんじる」と、お茶をいれる動作の一部を抜き出したもので、全体をさす言葉は「入れる」だけですので、入れると書いています。

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【ショートショート】婚約破棄つれづれ物語』こちらは婚約破棄など、クスリと毒の効いたショートショート集です。

― 新着の感想 ―
[一言] お蝶婦人(笑)
[一言] ビクトリア様の鋭いツッコミが読みたくなってやって来たら最新話が更新されていて嬉しかったです♡ 今回も面白かった! エミリーさんがどう絡んでくるのか気になるな|ω・`)
[良い点] 引き続きよいものです ★を3から4に変更しときました [一言] あの茶はビクトリアさんが用意したものじゃないんですね こういう消耗品は誰が買っているんだろう
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