媚びた格好はもうウンザリです
「いやぁ、あなたのようにお淑やかなご令嬢がトレーシーのお姉様だったとは。意外でしたよ。」
エリザベートは妹に紹介された男性貴族の相手をしていた。
馴れ馴れしく妹の名前を呼び、私をジロジロと見てくるこの男に嫌悪感が増す。
「妹がいつも親しくさせていただいているようで。私はあまりこういった場には長居しないものでなかなかご挨拶が出来ず申し訳ありません。」
結婚相手を探すよう両親から言いつけられたから仕方なく参加した舞踏会だが、気が乗らず帰ってしまうことが多かった。
この男を紹介した張本人である妹は別の男性貴族たちに囲まれてニコニコと楽しそうにしている。
おおかたこの男は見切りをつけてこちらに押し付けたのだろう。
「トレーシーは華やかで可愛らしいが、あなたも素敵だ。大人しそうで貞淑な妻になりそうだ。」
「・・・恐れ入ります。」
上から目線で品定めをしてくる失礼さに怒りがこみ上げてくるのを抑えて俯く。
視線を移すと母がこちらを見張っているのが見えた。爵位が高い男性に興味を持たれているなら必ず気に入られるようにしろ、という圧のかかった目線を感じる。
男性貴族はこちらにお構いなしに貴族の妻とは、とベラベラと語っている。そしてふと私のドレスを見ながらニヤニヤと笑った。
「こういったカッチリとしたドレスは淑女らしくて素晴らしい。露出が多い女性も良いが妻にするにはいささか品が足りない。こういう格好でいいんだよ。」
こういう格好でいいんだよ?
こいつは女性の服装は全部自分に媚びるためにあると思っているのか。
いい加減イライラしてきた私は他の人に挨拶すると嘘をついて男性貴族を置いて会場を出た。
なぜこんな仕打ちに耐えなければならないのか。
舞踏会に来る前のことを思い出して、やはり来なければ良かったと後悔した。
※
エリザベートはオシャレが大好きだ。
大きな鏡の前に立ち、自分の姿にウットリとする。
自作したドレスのなかで一番の出来だと気分が高揚した。
「物語に出てくる妖精のイメージにピッタリ・・・」
首元から袖にかけてレースが覆い、透けて地肌が見えるのが美しい。胸元からは銀の布地を使用し、ウエストをリボンで締めてボディラインを出す。スカートは青い布地の上に薄く透ける布地を重ねており縫い付けられた小さなクリスタルがキラキラと輝く。
自分が素敵だと思う服装に身を包むことがいかに幸せか・・・!綺麗なドレスに身を包むと自然とワクワクする。自分ではなくなるような気持ちにもなるし、これが本当の自分なのだとも思える。
「あなたはまたそんな恥知らずな格好をして!そんな格好で舞踏会に出るのは絶対に許しません!」
ノックもせずに自室の扉から幸福な時間をぶち壊す母がやってきた。
後ろからフワフワと今風のドレス着飾った妹のトレーシーも現れる。
「お姉様ったらまだ準備が出来てないの?そんな格好で行くつもりかしら!私まで殿方からお声がかからなくなるわ。一緒に行くのはやめようかしら。」
クスクスと無邪気に笑う妹を見て、一気に気分が急降下する。
「トレーシーの言うとおりだわ。今からキチンとしたドレスに着替えていたら遅れてしまうから、私達は先に向かいます。今夜はドルニア公爵家の舞踏会なのですから遅れるのは許されませんよ。後から一人で来なさい。」
「・・・お母様。私は欠席でも・・・」
「悠長なことを言ってられる身分ではないのよ?子爵家の令嬢として良いお相手を見つけなければといつも言っているでしょう。」
面倒になってきた私の言葉を遮り、ピシャリと母が言い放つ。
「お姉様に期待したって無駄よ、お母様。私は素敵な殿方からお誘いがいくつもあるのだから大丈夫よ。あのガードが固いイーリス様だって落としてみせるわ。」
トレーシーは母譲りの金髪とぱっちりとした丸い目の可愛らしい顔立ちをしている。一方私は茶色の髪、切れ長の目に無駄に高い身長。容姿でも態度でも男性に好かれるのは妹のほうだろう。
「さすが私の娘ね。
いいこと、エリザベート。絶対に舞踏会に来なさい。そしてしっかりと結婚相手を探すこと。いいわね。」
騒がしくしながら二人は部屋を出ていった。
そして母が寄越したであろう、使用人が所謂普通のドレスを持ってきて着換えさせる準備を始めた。
目の前に置かれた平凡なドレスを見てため息をつく。
エリザベートは今の世の普通の令嬢らしい格好が好きではなかった。
肩や足を出さないカッチリとしたドレス、自分の家の富を表すようなフリルをたくさん使ったドレス。
どの令嬢も殿方に気に入られるような格好にした結果、似たりよったりな服装ばかりになってしまう。
エリザベートは絵本に出てくるようなお姫様のようなキラキラした格好が好きで、理想とする服装が既製品でないなら自分で作ってしまえと何着もドレスを作ってきた。
しかし今までの作ってきたドレスも、今回作ったこの妖精のような素敵なドレスも日の目を浴びることなく仕舞われてしまうのだ。
両親は私をお針子の真似事をして恥知らずな格好をする令嬢だと思われると困ると言い、令嬢らしい普通の服装を強いてきた。
私は私の好きな格好をしていたい。男性に気に入られるかなんてどうでもいいこと。
そんな思いも虚しく、指定された普通のドレスを着て一人舞踏会に向かったのだった。
※
「どいつもこいつも。男はこの服装は気に入らないだの、妻にふさわしい服装だの、いい加減ウンザリなのよ。」
会場を抜け出した私は、お邸の広い園庭の端まで来て呟く。あの男性貴族から逃げてきたのを母は見ていただろうから、こっぴどく叱られるだろう。しかし会場に戻る気にはなれなかった。今まで何度となく令嬢らしい服装を強制され、男性に好きか嫌いか品評されることに我慢の限界がきていた。
月に照らされキラキラと輝く水辺には、普通の淑女らしい大人しい服装の私が映っている。
「だいたい、このドレスだって嫌。着ていてちっともときめかないもの。それを淑女らしくてこれでいいんだよ、って?私は別にあの男のために着飾ってるんじゃない!」
このドレス、もっといじれば素敵になるのに!
ふと思ったら手を動かしていた。
いつも持ち歩いている簡易裁縫セットを出し、重たい長いスカート部分は前側を開けて後ろへ流れる様にラインを作る。
裾部分に庭に咲いている生花をあしらい、袖部分は防寒用に持ってきていたショールを付けてボリュームを出した。
素敵!首元もいじれば良くなりそう!髪留めの素材を使えばもっと良くなりそう!
どんどんドレスをアレンジしていき、人目がないのをいいことに肌を見せるのも厭わないようになり自分で手が止められなかった。
気づいたときにはもうすっかり原型はなくなりオリジナルのドレスが完成していた。
水面に映ったドレスは花の妖精のようだった。
「良い・・・すごく良い・・・素敵・・・って何してるの私!!!こんなところで全力のドレス作りなんて!!」
舞踏会の途中なのに抜け出したあげく、禁止されている自作ドレス姿。母が怒り狂う姿が思い浮かぶ。
その時、付近でカサっと草を踏む音がした。
まさか母が、と思い急いで周りを見るとそこには見慣れない青年がこちらを見て驚愕していた。
「あ・・・」
銀髪にややつり上がった目元に青い瞳。スッと通った鼻筋に形の整った唇。背が高くスラリとした体つき。令嬢たちにいつも囲まれて冷たくあしらう姿をよく見る。妹も熱を上げているあのドルニア公爵家の嫡男であるイーリス様だった。
ドレスを作り終えた達成感と人に見つかってしまったことで心臓がバクバクと音を立てている。必死に頭を働かせていると、この状況がどれだけ大変なものかジワジワと理解してしまった。
ドレスアレンジにより素足は出ているし、ドルニア公爵家お邸の生花を盗んで取り付けてしまった。
今一番見られてはいけない人物に見られてしまった!
「なんだそのドレスは!」
イーリス様はこちらを恐ろしい形相で睨み、ズンズンこちらへ向かってくる。
「たっ・・・大変申し訳ありません!お恥ずかしい姿をお見せした上にお花に勝手に手を付けてしまい・・・!!」
とても怒らせてしまったと思い必死に謝るがイーリス様は止まらず目の前に来て肩を掴まれる。
「最高じゃない!!どこのデザイン?!」
「・・・は?」
イーリス様は私のドレスをまじまじと眺めている。
お怒りの言葉を想像していたので、何を問われているのか理解できず、戸惑うことしかできなかった。
「いや、こんなハイセンスなドレスを会場で見たら気がつくはずよね。ヤダ、どういうわけ?」
・・・というかイーリス様、なぜ女性のような口調なの?それと至近距離で見るお肌が非常に綺麗・・・!なにこのきめ細かさは・・・。
「ちょっと、聞いてる?この前衛的でハイセンスなドレスはどこのデザイナーのものなの?教えなさい!」
「ハッ・・・申し訳ありません。イーリス様のお肌の綺麗さにビックリしてしまって・・・。このドレスは既製品に私が手を加えたものでございます。」
「スキンケアは毎日欠かさないから当然よ。・・・ってアナタが手を加えた?!ウソ!」
イーリス様が私のドレスの裾を持ち上げて観察し始める。男性からそんなはしたないことをされたことなどなかったので、思わず「ひっ」と声が出る。
「あっごめんなさい。レディにすることじゃなかったわ。」
そう言いながら急いでパッと手を離してくれた。
「でもアナタが手を加えたっていうのはホントみたいね。このドレス、よく見るとうちのブランドのドレスだし裁縫が甘い。急いで針を入れた感じ。」
ブランド・・・?そうだ、このドレスを販売している商会はドルニア公爵家と繋がりのある商会だったような・・・。
「これは、今私がここでインスピレーションが湧いて急ごしらえでアレンジしたものなのです。仮縫い程度ですのでまだ完成していません。」
「そういうことね。限られた資源のなかでよくやったわね。このドレス、うちのブランドのなかでも一般ウケを狙った超定番の堅苦しいデザインだったのに、それをこんな斬新なデザインに作り変えるなんて!」
イーリス様は先ほどと打って変わってキラキラした笑顔で話す。イーリス様は公爵家嫡男で、ご令嬢から大人気の、クールなお方のはず。
まさかこの口調、女性への冷たい態度・・・女性に興味がないお方なの?
何が何やらで混乱してしまう。
「他にもドレスのアレンジは経験あるの?」
「あっ・・・」
ここへ来て急に思い出したのは母の顔だった。お針子のマネをする頭のおかしい令嬢だと醜聞が広がってしまうかもしれない。でも、このお方はなんだかバカにしているとかそんな気配を感じない。むしろ私のドレスを見て喜んでくれているような・・・。
意を決して持ち歩いている手帳を取り出す。
「お見せするのはお恥ずかしいですが、趣味でドレスを作っています。さすがに今は手元にないですがデザイン画ならここに。」
イーリス様は手帳を受け取ると、パラパラと手帳を捲る。中にはいつも思い描くドレスの絵を描き止めてある。人に見せたことは今まで全くない。どんな反応をされるかドキドキしながらイーリス様の表情を盗み見た。・・・無表情なのが怖い。
最後まで見終わったようでパタン、と手帳を閉じて無表情のままこちらを見る。
「最高。今まででいちばんワクワクした。」
ニッコリと眩しい笑顔。
信じられなかった。私の好きなドレスを理解してくれる人がいるなんて!
「あ、ありがとうございます!そんな感想をいただけたのは今までで初めてです。」
「嘘でしょ?こんな才能ある子を誰も見つけてなかったなんて!」
イーリス様は少し考える素振りを見せたあと、閃いたようにこちらを向く。
「アナタお名前は?まだ聞いてなかったわ。」
「申し遅れました。私エリザベート・アーシュと申します。」
「そう、エリザベート。アナタ私のブランドのデザイナーに任命するわ。」
「ええっ?!ど、どういう・・・」
「アナタとなら私のブランドをより高みへ近づけられる気がする。今のつまらないファッションの流行を変えてやるのよ!もっと楽しいものに!それが私の夢。そのためにアナタは必要不可欠だと思う。」
「・・・とても嬉しいお誘いですが、私は子爵家の令嬢として然るべき男性に嫁ぐという使命を背負っております。お仕事を任せていただくのは難しいです。」
「婚約者でもいるの?」
「・・・いえ、これから探すところです。」
正確には今日も探さなくてはならなかった、がこちらを気にかけている爵位だけは良い男を置いて来てしまったところだ。
イーリス様はこちらを見つめ、スッと背筋を伸ばす。なんだか雰囲気が変わった。
「なら、俺と結婚してくれないか。」
「・・・えっ?」
先ほどまでの明るい女性口調ではなく、しっかりとした男性貴族の話し方になった。豹変具合に驚いてしまう。
「ま、まさか・・・女性に興味がないから私と偽装結婚でも・・・」
「なんの話だ?
ーーああ、そうかさっきの女の俺を見て勘違いをしているのか。俺はファッションのことになるとつい心が女になってしまうんだ。でも普段は男として生活している。」
それはなんとも複雑な。二重人格みたいなものだろうか。
「では何故私に結婚を申し込むのですか?お会いしたばかりですし、私には高い爵位も、優れた容姿もありません。」
「こんな才能を結婚という障害で埋もれさせるなんてファッションの神様を冒涜してる!俺と結婚すれば好きなだけドレスを作っていられる。ブランドのデザイナーの仕事もできる。」
ううっ考えただけで楽しそう!そんな魅力的な状況があっていいのだろうか。
「それに、君がそのドレスを着て自分の姿を見たときの笑顔に見とれた。ファッションが好きなんだと伝わった。俺とこの気持ちを共有出来るのは君しかいないと直感した。」
そんな、私も薄々感じていたことをイーリス様も同じように思ってくれていたなんて。
先ほどの嫌なドキドキとは違う胸の高鳴りを感じる。
「嬉しいです・・・私も、私の作ったドレスを理解していただけたイーリス様には勝手ながら親近感を覚えました。」
イーリス様は私の手を取り、ゆっくりと手の甲に口づけをした。
「俺の夢を実現するためのパートナー、そしてこれから先一緒にオシャレを楽しむパートナーになってくれないか。」
「こんな私でよければ喜んで。」
今までの流行にとらわれず、斬新なファッションを生み出し貴族のみならず平民に至るまで、自分が楽しむためのオシャレを浸透させるファッションブランドを作り歴史に名を残す夫婦が誕生するのはもう少し後の話である。
イーリス様は大好きなファッションの話になるとオネェ化してしまい、親しくなった女性から気持ち悪がられてから親しくしないように女性に冷たく接するようになった過去があります。
連載版を始めました。
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