英雄姫
更新期間開けすぎて申し訳ありません…
今回は、英雄と少女の話メインです。
ちょっとだけグロっぽい表現とか入ってます。R15まで行くかはよく分からないので取り敢えず。
―――これは、英雄を愛した少女と、少女を愛した英雄の話―――
英雄。
それは、はるか昔から只なる快挙をあげてきた者や、たくさんの人々を救ったものとして崇め奉られた存在。その多くが強大な力を持ち、名声をあげてきた。
今回は、そんな英雄のお話。
「おお!勇者様のお通りだ!!!」
「今回は隣国の遠征で王族をお救いになられたんですって?!流石は悪しき魔王を倒した彼の英雄、ブレイド様ね!!!」
城下の大通り、英雄が帰ってきた。今回は、どうやら隣国との会談の際に王族を救ってきたらしい。よくやるよ。
チラッと視線を移せば、キラキラとした笑みを浮かべて町の人に手を振っている英雄と讃えられた青年がいた。誇らしそうに手を振る姿には、英雄としての気品がある。光を受けてキラキラと輝く金糸の御髪は、神々しさを感じさせるほど。
…なんてばかばかしいのだろうか。
彼は、数年前。この国に魔王と呼ばれていた魔物たちの頂点に君臨する存在が攻めて来ようとした時に、王の手によって選ばれた勇者だ。何の物語か、王女様が魔王にさらわれたのを助け出したことから、この国で彼は英雄と讃えられている。
そんな説明をしているのは、何の変哲もない町娘の私、エヴィだ。今は英雄の帰省と言うことで城下にパレードが行われているから、そのためにお店のお手伝いをしている。
英雄に向けていた視線を、再び商品に戻しながら綺麗に並べ直していく。甘いジャムに、お酒のお供の干したおさかな。雑貨屋と言うよりもおつまみ屋のような店は、私の隣に住んでいる老夫婦が営んでいる店だ。気のいい人で、こうしてお手伝いをするとお小遣いをくれたりする。
「エヴィ、もうそろそろお客さんも落ち着いてくる頃でしょうし、貴女もパレードの方に行ってきてもいいわよ」
「あ、うん。ありがとうおばさん」
お店の奥から、おばさんが顔を出してそう言った。手のひらにチャリンとお金を乗せられ、手のひらをひらひらと振られる。
私はありがとうと言った後、お店を後にして人混みの中をかき分けながらぶらぶらと道を歩く。
さっきの話に戻ろうか。英雄、ブレイドは魔王を倒した後、この国に残り今でも英雄業を続けている。こうしてたまに遠いところに行ってはたびたび帰還のパレードが開かれ、皆に祝福される。
そのあたりにあった屋台で美味しそうなパンを一つ買い、パレードの最終地点である王城前の広場のベンチに座ってぱくりと食べた。ふわふわとした食感がとてもおいしい。ふんわりを香る小麦の匂いが、もう一度口を寄せ付けた。
「んむー、美味しぃ…」
思わず独り言が零れる。またあとであの店に寄って行こう。おばさん達にも食べさせてあげたい味だ。
「おー、また美味そうなの食べてるな」
「…また来たのね」
もぐもぐとパンを頬張っていると、頭上から声をかけられる。チラッと視線を移し、視界の中に入ってきたのは私と同じ栗毛の髪を持った少年。彼は、毎回英雄帰還のパレードになると私の元に現れ、こうしてちょっかいをかけてくるのだ。
「それ何処に売ってたんだ?」
「…ここからまっすぐ行ったところの屋台。教えたんだからさっさとどこかに行って」
「一緒にいこーぜ。俺場所分かんねーし」
私の言葉など露ほどにも知らず、少年が私の手を引っ張る。少し躓きそうになりながら片手でパンを持ち直し、溜息をつきながらついて行く。どうせ、こうなることは薄々分かっていた。言っても聞かないのも。
こうしていう事を聞いていれば自然と満足して帰っていくのだから、今は我慢するしかない。
もと来た道をたどり、再び人混みの中に混じっていく。
「なーな、いい加減お前の名前教えてくれよ」
「やだ」
「なんでだよ」
「名前だけは絶対に教えちゃダメだから」
「ケチ」
「うるさい」
何度目かの応酬を繰り返して、人混みの中を歩いていく。私はまだこの少年に名前を教えていない。自分でも、よくわからないのだ。ただ、教えてはいけないというのが心の中に残っている。
だから、この少年の名前も知らない。私の名前を教えてくれないと俺の名前も教えてやんない。だそうだ。正直、この少年の名前なんてどうでもいい。区別がつけばいいのだから。
「…ここ」
「お!ホントーに美味そうな匂いすんな!よし、俺もお前と同じの買う!」
「……」
もう何も言うまい。
少年は人当たりの良い笑みを浮かべ、店の店主にお金を渡す。一体どこからそのお金が出てくるのかは不思議だけど、深く突っ込まないでおこう。
「いっただっきまーす!って、いあいとあふい…」
出来てたてのパンを勢いよく頬張るから熱いのよ。ハフハフと熱を逃がすように口を動かす少年。そんな様子を見て、私は自分の持っているパンを食べた。ほんのりと残った出来立ての匂いがいい。熱くもなく、美味しい匂い。
「んぐんぐ、うめーな。お前の食うモン美味い奴ばっかだから当然か」
「馬鹿なこと言ってないで、食べたなら早くどっか行ってよ」
「えー」
私の言ったことを紛らわす少年。いつもならここで満足してどこかに行くのだけど、まだやり足りないことでもあるのだろうか。正直この少年に構いたくない。色々と連れまわされて大変なのだ。
「あ、英雄サマのパレードがこっちに向かってくる」
「……………………」
少し遠くをゆっくりと動いていた英雄を乗せた馬車が、人々と一緒にゆっくりと動いて来ていた。もうそろそろ帰りたい。
「なーな、お前、英雄の事好きなのか?」
「は?」
唐突に少年から投げかけられた言葉に、目を丸くする。何を言っているのだろう。私の行動のどこにそんなことを思わせることがあったのだろうか。
「そんなわけないじゃない」
「本当かぁ?」
訝しむように私の顔を覗き込んでくる少年。思わず顔をしかめる。
「なんだ?嫌いなのか?」
「こんなところでそんなこと言わないで。せめて人のいないような場所に」
「人のいない場所ならいいんだな!それならさっきの広場に行こうぜ!!」
「あ、ちょ」
また手を引っ張られ、今度はさっき通った道をもう一度往復することになった。
なぜこんなにも深く追求してくるのだろうか。それも、私が英雄が嫌いなことを町の人に知られてしまったら不味いなんてものじゃない。それこそ、追害されてしまうかもしれない。
そんなのはもう懲り懲りだ。
「っはぁ、はぁ、急、に、走らない、でよ…!」
「すまんすまん。で、好きなのか?」
私の言葉をサラッとスルーして、ドカッとベンチに腰掛ける。その態度に思わず私はイラっとしてしまった。その隣にすとんと座り、プイッと反対側を向く。すねたような子共っぽい行動だけど、今はこれでいい。
「あ、おい。こっち向けって」
「!」
焦ったような声を出して、少年の手が私の顎に伸びてグイッと引っ張り半強制的に少年の方を向かされる。近くに来た少年の瞳に私の顔が映る。ち、近いっ!
グイッと少年の肩を両手で押しのける。ほんのりと顔に熱が溜まったのを払うように手でパタパタと仰いでいると、ふと少年が何も言わないことに気が付く。チラッと視線を向けると、少年が耳まで真っ赤に染め上げ、今にも蒸気が出そうな程の顔を片手で必死に隠そうとしていた。
「…っ、こっち見んな」
「……………………」
スッと目を塞がれ、視界が暗転する。
私の目蓋に触れている手も、不思議と熱く、熱が伝わってじんわりと肌の境界があいまいになってくる。
「…嫌い。よ」
「!!お前、それは俺に対して酷k」
「さっきの続きよ。私は、あの英雄と讃えられている人が嫌い」
声を荒げた少年の言葉を遮るように、私は自分でも冷たく感じられるほどの声を出した。なぜ本心を打ち明けたのかは分からない。もしかしたら、この少年が他の人に言いふらすかもしれないのに。それでも私が言ったのは、この少年を少しでも信用していたの?
分からない。
「…なんでだ」
一拍おいて、少年の声が私の耳に響く。
「……簡単よ。あの英雄は、自分が築き上げてきた屍の山に乗っていることを、名声の裏に隠れた犠牲に気が付かないまま、周りから向けられている歓声に溺れている。それが気に食わないの」
「犠牲?」
今度は少年の疑問を宿した声が聞こえてきた。
「あの英雄が、今まで一体どれだけの命を刈り取ってきたのか、貴方にはわかる?」
「……………………」
「人を守るため、国を守るためなんて口実に、あの英雄は沢山の魔物の命を奪っていった。それも、何も感じずに」
少年は何も言わなかった。触れている手からは、たださっきと同じような、そして少しだけ寂しさを灯した熱が私の目に暖かさを宿す。
「だから、私はあの英雄が嫌い。あの笑みが、今は死神のように見える。あの表情が、今は感情を感じられないの」
「………………………」
少年は、何も話すことはなかった。ただ、そっと私の目を隠したまま自分の体に引き寄せ、周りから隠すように私を胸元に抱き留めた。暖かい。トクトクと小さい鼓動が服を通して耳に届く。
何だろう、とても眠たくなってきた。
「…きら…い」
「……………………」
うわごとのようにそう呟いて、私は眠りに落ちてしまった。
――――――――――――――――――――――――
「…嫌いよ」
バクバクと大きな音を立てていた心臓が、急に嫌な音を立てて静かに動いた。一瞬息が止まる。
「!!お前、それは俺に対して酷く」
「さっきの話よ。私は、あの英雄と讃えられている人が嫌い」
焦っていつものように否定しようとするも、彼女の口から発せられた言葉は的確に、さっきよりも深く確かに心を抉った。まるで、頭の中に雷でも落ちてきてしまったかのような同様と同時に、すぅぅっと体の熱が冷めていく。
「…なんでだ」
上手く言葉が出ずに、ぶっきらぼうにそう言っていた。正直、この先を聞くことが怖い。
「……簡単な事よ。あの英雄は、自分が築き上げてきた屍の山に乗っていることを、名声の裏に隠れた犠牲に気が付かないまま、周りから向けられる歓声に溺れている。それが気に食わないの」
「犠牲?」
普段口数の少ない彼女が途端に饒舌になり、思わず声が震える。いや、とうに震えていたのを隠すので精いっぱいだった。
「あの英雄が、今まで一体どれだけの命を刈り取ってきたのか、貴方には分かる?」
「……………………」
何も、いえない。嫌悪感を押し出すような、悲痛な感情の現れた声がザクザクと心を踏み荒らしていく。今ここで、彼女じゃない誰かであれば、きっと俺は誰かの首を今すぐにへし折るような勢いで憤っていただろう。だけど、彼女だけは別だ。
「人を守るため、国を守るためなんて口実に、あの英雄は沢山の魔物の命を奪っていった。それも、何も感じずに」
英雄は、たくさんの命を奪った事を知らないふりをしている。そう訴えるような言葉に、胸が苦しめられる感じがした。
帰還のパレードの声が段々と近づいてくる。それでも、その音は彼女には聞こえていないのか、彼女が言葉を続ける。
「だから、私はあの英雄が嫌い。あの笑みが、今は死神のように見える。あの表情が、今は感情を感じられないの」
「…………………………」
かける言葉も、もう出てくることはなかった。その代わりに、愛しいものを守るように彼女の目を塞いだまま自分の胸元に抱き寄せ、気づかれないようにそっと眠りの魔法をかける。細い体を自分の腕で抱きしめ、その栗色の髪に顔をうずめる。
「…きら…い」
「……………………」
うわごとのように眠りに落ちる前に呟いた彼女の言葉をかき消すように、更に強くその頭を自分の胸に押し付ける。
――聞きたくはなかった。それでも、聞くしかなかった。初めて芽生えたこの感情を、抱いたままで終わりにしたくはなかった——
つぅっと長い睫毛に縁どられ今は閉じてしまった彼女の目から、小さな水滴が零れ落ちる。
きっと彼女は眠りの狭間にいて、この声は届くことはないのだろう。それでも、嗚咽を漏らすようにつぶやいた。
「おれ…は。どうすれば…どう君に…伝えればいいんだ…エヴィ…」
愛しい人の名を口にするように紡いだ言葉は、すぐにパレードの歓声にかき消されてしまう。歪んだこの思いはきっと自分にしか見えていない。それでもいい。それでよかった。
この辛くも甘い感情を胸にしていると知っているのは、自分だけでよかった。それが、壊れてしまわないように、自分を縛り付けていることも。
「あ、お帰りブレイドって、その子どうしたの?」
眠ってしまった彼女を抱きかかえたまま、王城に用意されている一室に向かうと、出迎えてきてくれたのは長い旅を共にしてきた仲間たちだった。
そして、彼らは俺の事をブレイド。と、そう呼ぶ。
彼らは俺の腕の中で安らかな息を立てて目を閉じている彼女に視線を移す。
「…城下で泣いているのを見つけてな。このままだと風邪をひきそうだったから連れてきた」
「あららー、親御さんたちも探しているかもしれないのに」
「そのことなら問題ない。ちゃんと預かっていることを城下に知らせてきた」
「…ならいいけど」
楽観的にしながらも、彼女の事を心配する仲間たち。そんな彼らを半ば無視しながら俺は自室に向かおうと扉に手をかけたその時。後ろから焦ったような静止がかかる。
「「っちょっと待ったぁああああ!!!!!」」」
「なんだ」
「何だって、ブレイド!?その子もしかして自室に連れて行くんじゃねーだろうな!!」
「…そのつもりだが」
思考を読んだかのように、仲間の一人が食い掛ってくるようにしてヒョイッと腕の中で眠る彼女を奪った。思わずぎろりとにらみながら答える。
そんな俺に少しも動じることなく、仲間が彼女と俺の距離を引き離した。
「こんな何するか分からない男の部屋に女の子を一人にできるわけがないじゃないの!!しかもあなたと二人っきりですって!?デリカシーなさすぎにも程があるわよブレイド!」
「…?」
「『?』じゃねーわ!!とにかく、この子は俺らで預かっとく!お前疲れてんだからさっさと風呂入ってこい!」
「そうよ!いきなり知らない場所で勇者の部屋に連れられてるなんて知ったら気が気じゃないわ!」
余りの剣幕に押され、思わずうなずく。
そして、押し出されるように部屋から閉め出され、仕方なく自室に向かい備え付けのシャワーを浴びることにした。
あまり使った事のないため、長年使った部屋のはずなのに新品同様の鏡に映ったのは、少し目の赤い自分。金色の髪に、少し疲れた表情。
彼女が、嫌いと言った英雄の顔だ。
「…怖い」
誰もいない部屋で呟いた言葉が、どんなものよりもズシリと心にのしかかった。彼女に嫌われていたという事実が、どうしようもなく心を沈ませる。
最初、彼女を見つけたのは魔王を討伐した後の帰還時。例のごとく盛大なパレードと共に王城に迎え入れられた俺が、城下の店で売り子をしていた彼女を見つけたのが始まりだった。思えばその時から変だったかもしれない。
彼女に一瞬で目を奪われ、仲間に頼み込んで代わってもらい、魔法で姿を彼女と同じ栗毛の少年に変えて会いに行った。自分でも唐突な行動だったと思う。それでも、動かずにはいられなかった。
彼女に会った時、最初に向けられたのは嫌悪の視線。誰だ?と警戒するような視線に思わずうろたえたのは覚えている。それでも、どうしても近づきたくてパレードの間だけ彼女を城下中に引っ張りまわした。
それから、帰還のパレードが行われるたびに彼女に会いに行った。段々と仲良くなれたのか、諦められたのか彼女はいろんなところについて来てくれるようになって、俺も楽しくなった。
いつからだっただろうか。パレード中に、彼女がふと俺の姿をした仲間の方をじっと見つめていたことに気が付いたのは。余り話すこともなく、俺を遠ざけようとする彼女が、唯一関心を示していたような英雄。
その時、心が躍ったのは言うまでもない。もしかしたら、彼女が俺と同じ感情を抱いているかもしれないと思ったからだ。姿は違っても、もしかしたら英雄としての俺に好意を寄せているのではないか。そんな風に思っ自分が、いまでは馬鹿馬鹿しくなるほどに。
浮かれていたのだろう。『同じ』と言う存在に。
「つらいよ…エヴィ。俺は…ただ」
愛しい人の名前が、たまに見せる笑顔を連想させて余計に心が締め付けられる。絶望。今の状況を表すならばこの言葉だろう。一方的に思いを寄せていただけならばまだいい。
「…嫌われるのは…辛いな………………痛いや……」
耐えがたい心の痛みに、胸を抑え込みその場にズルズルとへたり込んだ。その英雄の頬には、彼女と同じように悲しみの涙が零れていたのだった。
ブレイドを部屋から追い出した後、ふぅっと一息ついて女の子を自分たちが座っていたソファーに寝かせ、羽織っていた服をかける。
「ブレイドよ…いくらなんでも女の子を拾ってくるのはねーんじゃねーの…?」
「そうね…いくら英雄と言ってもやっていい事と悪いことが…って、今はそれじゃなくて」
謎のやり取りにツッコミをされ、我に返る。ソファーで眠っている女の子は、我らが英雄ブレイドが連れてきた女の子だ。今までこんなことが起きたことはない。
何せ、ブレイドと言えば外ズラ完璧、中身ぶっきらぼうの権化だ。こんな女の子を連れてくるどころか、まず異性に触れることがない。簡単に言えば異性恐怖症とでも言っておけばいいか。
異性を近くに連れてくるとまずどこまで行くんだというほどに遠ざかり、近づけようものなら転移をして逃げるか殺気まで放って遠ざけようとするのだ。
そんなブレイドが、女の子を、しかも、寝ている子を、自室に連れ込もうとした。いまだかつてこんな異常事態があっただろうか。いいや、魔王討伐の時ですらなかった。表面上は普通にしていたが、最初は目を疑った。そして一瞬で悟りかけてしまった。
もしやブレイド、こじらせすぎてロリコンになってしまったのではないだろうかと。仲間としても、疑いたくはなかった。だけど…
「この子、どうしよっか」
「だな…」
すやすやと眠っている女の子に同情の視線を送る。
厄介なことに、ブレイドには気に入ったものをとことん縛り付けるという独占欲の塊でもあるのだ。そして、この子は恐らくブレイドに気に入られてしまった。
ブレイドからこの子を引きはがしたときに一瞬だけ顔を歪めたのが何よりの証拠だ。ブレイドに気に入られてしまった以上、この子は元の生活にはおそらく戻れない。きっと、永遠にブレイドに縛られてしまうか、精神が保てなくなって己を殺す事になる。
「取り敢えず、ブレイドとはできるだけ距離を離しましょう。出来れば、何も知らないまま元の生活に戻してあげたいのはやまやまなんだけど」
「相手があのブレイドだかんなぁ…」
「私はこの子の親御さんたちを探してくるわ。一刻も早く安否を知りたがっているかもしれないし」
「あぁ、頼む」
仲間の判断でどんどん事が進んでいく。兎にも角にも、まずはこの子の安全が第一だ。
今まで、ブレイドは物を壊すほどに執着を見せたことはない。が、今回はただの人間、幼い女の子である。精神が知らず知らずの間に死んでしまっていてはおそいのだ。
「どっかで匿っとくわけにもいかねーしな。お前らの方でこの子頼んでもいいか?」
「ええ、いいわよ。男集の中に一人で置いておくわけにもいかないからね」
「すまんな」
メンバーの女性陣に女の子を頼むと、それぞれの行動を開始した。
暗闇の中、ただ何もせずに漂っている自分が映っている。ここは夢の中だろうか。だとしたら明晰夢にも程がある。ゆっくりと体を起こし、辺りの様子を確認する。
「……………変な光がある………」
遠くの方で、ぼやっと弱い光を放つものが見えた。それは段々と遠のいていくように弱くなる。私は光に向かって足を進めた。アレに触れなければいけないと思ったから。
コツコツと、石の床でも歩いているような不思議な感触を感じていると、次第に光に近づいてきた。
光のすぐそばまで行き、手を差し出すとその光は形を変え、やがて人の形を織りなしていった。
「…………!!」
その姿には見覚えがあった。ううん。忘れるはずがない。
そっと手を伸ばし、彼に触れると実態を持たない存在のように私の手は空を切った。これは私が見ている幻影?でも、彼は今目の前にいてくれる。
「何で…触れないの」
喉から出たのは、渇いた声。震えて上手く出せない声は周りの闇に吸い込まれ、誰にも届くことはなかった。懇願するような視線を向けると、彼の形をした光がそっと私を抱きしめた。
触れられない。そうと分かっているのに、何故か人のぬくもりがあった。愛しい人のぬくもり。いつだって忘れたことはなかった。
―あぁ、触れられなくてもいい。今この時間を永遠に過ごしていたい。彼がいてくれる、この空間に―
空虚な幸せに満ちていた時、突然ザシュッと鋭利な刃物か何かが貫くような、耳を塞ぎたくなるような音がした。ぬるっと生暖かいものが私の手に零れ落ちてくる。
恐る恐るその手を確認すると、私の手は真っ赤な血色に染まっていた。
「……………ぇ……え…」
声が上手く出せなかった。さっき私の手があったところを見てみると、美しく象られた聖剣のようなものが、彼の心の臓を一思いに貫いていた。彼は動かなかった。私を抱きしめたまま、暖かいものを零して、段々と弱くなっていく鼓動と共に、息絶えた。
信じられなかった。動かなくなった彼は酷く冷たく、二度とその瞳に私を映してくれることはなかった。
私は泣き叫んだ。声はすでに涸れていて、涙ももう出ることはなかったけど。胸の奥から溢れ出す悲しみを、憎しみを吐き出すように、私は何度も何度も彼を思って泣いた。
私が絶望に染まっている時、傍らで私と彼を見ているものがいた。金髪に、重厚な鎧をまとった青年。その手は血で染まっており、その深海のような昏い瞳は薄く濁っていて何も映さなかった。
私は悟った。あぁ、こいつが彼を殺したのだろうと。絶望の果てで、最後に胸の奥に芽生えた感情は【憎悪】だ。
そいつは何も言わず、彼の心臓を突き刺した剣を抜き、何も映さない目で私を見た。そして、血で汚れた手を差し出しこういったのだ。
「助けに来てやったぞ。ほら、皆が待っている。早くこんな場所から抜け出してしまおう」
と。私は一瞬、自分の耳を疑った。
『助けに来てやった』?私はこいつに愛する彼を殺されたのに。
『皆が待っている』?本当にいて欲しかった彼はお前が殺したくせに。
『こんな場所から抜け出してしまおう』?彼の守りたかった場所まで私から奪っていくのか。
とんだ戯言だと私は心の中で吐き捨てた。気持ち悪い。きもちわるい。キモチワルイ。
私の世界を構成していた中心核が壊れたことに気が付いた時には、もう遅かった。
私の視界には、彼と言う光が無くなったように再び暗転し、憎しみの対象と自分だけが残った。私はこいつを目に焼き付けた。忘れないように。こいつを、彼を殺した復讐として。
どんなに薄汚れた復讐鬼になったってかまわない。私は一生こいつを嫌い、そして憎むだろう。
ここで私の意識はプツンと途切れた。
目が覚めると、私は見知らぬ部屋にいた。豪華な装飾。こんな場所に来た覚えはない。
ふかふかのベッドに包まれていたようで、体を起こすとやけに気怠い感じがした。さっきの悪夢のせいだろうか。寝覚めが悪い。
「あ、やっと起きたのね」
隣から聞こえてきたのは、知らない女性の声。視線を移すと、軽装を纏ったラフな格好の女性が椅子に座ってこちらを見ていた。
「……………………?」
「あー、分からないのも無理はないわね。私はアネモネ。あなたの味方だから安心して」
「…アネ、モネさん?」
懐かしい響きの名前に違和感を覚えながら、名前を繰り返す。
「そうよ、ここは王城の一角。あなたが町で泣いていたって仲間が連れてきたものだからね。悪いけど、勝手に着替えさせてもらったわよ」
そういわれ、自分の服を見ればさっき着ていた服ではなくネグリジェのような格好になっている。
薄い布のそれは、少し恥ずかしかったけれど、着替えさせてくれたので文句は言えない。
「ありがとうございます…」
その後、英雄は自分の正体を彼女が愛した人を殺したものだと言い放ちました。彼女は事実に怒り狂い、英雄を今より更に敵視するようになったのです。ですが、そのうえで英雄は少女に愛を囁きました。たとえ許されなくてもいい。でも、この思いだけは君に届いてほしいと。
少女は困惑しました。勿論、愛する人を思い続ける心は本物でした。ですが、彼はもうこの世には存在しなかった。いないものを思い続けることは幼い彼女にとっては苦痛のそれだったのです。
疲れ切った彼女は、英雄の愛を受け入れました。英雄は喜びました。真実を知らないまま、ただ愛するものを手に入れられたことに。愛を注げるただ一つのものに出会えたことに。
英雄は彼女の事を愛しました。ですが、彼女にとって英雄の存在とは復讐対象。愛する人を殺されて、憎悪を抱いた自分の心は本物でした。
そんな時、彼女は一人の子供を身ごもりました。英雄はそのことに喜び、少女もまた英雄に感化されるように喜びました。ですが、その子供とは彼女が愛した者との子供だったのです。
少女はこのことに内心で打ちひしがれながらも、周りに悟られてはいけないと子供の存在を隠しました。ですが、それも長く持たず英雄にバレてしまったのです。英雄は自分の子ではなかったことに絶望し、英雄の責務と言う口実の元、少女のお腹の中で眠っていた子を殺しました。
赤子は、泣くことも、息をすることも、母親の顔を見ることも出来ずにこの世を去っていったのです。
このことで、少女はさらに深い絶望にさいなまれました。もう、家族のまっているところに逃げてしまいたいと、何度も何度も願いました。
ですが、英雄はそんなことを彼女に許しませんでした。洗脳にも近い言葉で彼女の精神をつなぎ止め、毎夜毎夜彼女に愛を注ぎました。
彼女は、自分が壊れてしまってもなお、英雄の愛を受け止めました。とっくに二人とも歪んでいく関係を日に日に感じながら、少女は日々を過ごしました。
ある日、再び彼女に命が宿りました。今度こそ、英雄との子供です。英雄はこのことであまり喜ぶことは出来ませんでした。また、違う男の子供ではないだろうかと、心の中に少女を疑ってしまう疑心が生まれたのです。おなかの中で眠っている子が、かつて自分が殺した者の子ではないかと、また彼女が自分をうらぎるのだろうかと。
少女のお腹の中には、二つの命が宿っていました。双子です。少女は、このことに歓喜しました。少女の精神はとうに英雄を中心に保たれており、英雄との子ができて喜ばないことなどなかったのです。
ですが、少女の体は一度に二人を産めるほど、もう強くはありませんでした。医者から、『もし無理やりにでも二人産めば、母親の体がもたないでしょう』といわれ、何度目かの絶望に陥りました。
やっと生まれてきてくれた英雄との子を、自分欲しさに殺すことなど少女にはできなかったのです。迷った挙句、少女は英雄にこのことを話しました。すると、まだ疑心の解けていない英雄は一人堕ろしてしまえと言ったのです。
少女は、英雄を信じられなくなりました。英雄が自分の事を心配してくれているのは分かったのです。ですが、自分の子を殺してしまえという英雄は、少女には受け入れられませんでした。
少女は、なんとしてでも二人産むことを決意しました。少女には、もう終わりたいという心と、我が子の死にざまをもう二度と見たくないという、そんな母心があったのです。
少女は、双子を産みました。元気な男の子と、女の子です。子供の愛しい顔が見れたことに、少女は涙を流しました。英雄は、生まれてきた子供が自分の子だということにようやく疑心が晴れ、彼女を再び愛しました。
でも、少女の体が崩壊していくことを、決して止めることは出来ませんでした。少女は日に日にやつれ、段々と頬が痩せこけてきてしまうほどにまで陥りました。
英雄は、そんな彼女の様子を見ているうちに正気が保てなくなっていきました。いや、元々壊れてしまう寸前だったのでしょう。少女と言う自分を構成するすべてがいなくなろうとすることに、英雄は狂いました。
少女は死ぬ間際に、愛していた人の声を聴きました。それは、悪魔の囁きのようで、天使の救いのようでもありました。『お前の愛した人と一緒にこちらにおいで』と。少女は、もうその言葉しか頭の中に入ってきませんでした。
少女は英雄を呼び、抱きしめました。これから自分が行う復讐と、贖罪に対してのものでした。
少女と英雄の心臓が重なった時、少女は英雄の心臓ごと、自分の心臓を愛していた人を殺した聖剣で貫きました。
英雄はかすれ行く意識の中、少女の唇にキスを落としました。それは、『愛する人に与えられた死を受け入れる』と言う意味でした。最後のキスに、少女は涙を流し英雄と共に二人で息絶えました。
これは、愛する人を英雄に殺された少女と、愛する人の為に魔王を殺めた英雄の物語。
これは、まだ長い歴史の一ページに過ぎない。
読んでくださりありがとうございます!
ちょっとだけ病んだみたいな表現が多いw次回は…いつになるかわかりません。が、作ると思いますので気長に待っててくださいm(*_ _)m