規格外的乙女(ユティア・スターレ)
「"女神の加護"」
とても綺麗で、美しい声色。その言葉は、スッと俺の耳に入っていった。
すると、俺の中にとてつもない多幸感が溢れていき、冷たくなっていた俺の体は熱を取り戻す。
朦朧としていた意識も次第に研ぎ澄まされていく。
体力と魔力が、みるみると回復していくのが分かる。
とても心地の良い感覚に体が包まれている。
体中で感じていた筈の激痛も、嘘だったかのように、今はもう無い。
意識を向ければ、動かくなった筈の下半身も動かすことが出来る。
左手も腫れは治まり、痛みなんて微塵も感じない。
……なにが起こった?
俺は、状況についていけていなかった。
「ロワ君! 大丈夫? 大丈夫だよね!?」
俺の顔を覗き込むようにして、ユティの大きな金色の瞳が向けられていた。
そうだ。ユティだ。
ユティが、106階層で拾った"女神の長剣"の適性を持っていたんだ。
記憶が曖昧だが、それだけは憶えている。
色々と訊きたいことはあるが、今はそんな場合ではない。
「ユティ! 異階層主は!?」
勢いよく体を起こして、ユティに問い掛けた。
そんな俺の様子を見て、ユティはホッと胸を撫で下ろしていた。
かなり心配を掛けてしまったようだが、それについての謝罪は後だ。
俺の記憶が確かなら、異階層主をまだ倒せていない。そして、奴は俺にとどめを刺すべくこちらへ近付いていた筈。
まずは奴を倒さないと……。
しかし、そんな俺の気を知ってか知らずか、ユティがいつもと変わらぬ調子で答えた。
「大丈夫だよ、ロワ君。ほら、アレ」
ユティの視線の先に、俺も目を向けると、
「は? アレって……」
ユティの視線の先には確かに異階層主がいた。
だが、その異階層主は見えない壁に阻まれいるかの如く、一定の距離から俺達へ近付けない様子だった。
見えない壁に乱暴に拳を叩き付けたり、あの恐ろしい攻撃力を誇る尻尾を振り回しているが、何を試しても、その見えない壁は奴の目の前に立ちはだかっているようだった。
……間違いない。
"結界"だ。
「結界魔法"神域"だよ。第99階層級以下の魔物や魔獣は、あの壁を越えられないみたい」
やはり、ユティは間違いなく"女神の武具"の適性を持っているようだ。
"女神の長剣"を手にしたことで、扱える魔法や剣技についての知識を手に入れている。
まさか、ユティが適性を持っていたとは……。いや、今考えてみればその可能性は充分あったように思える。
まず、数多くの武具を取り扱う武具屋の娘であるにも関わらず、適性武具が判明していなかったのだから、かなり珍しい適性の持ち主だと気付くべきだった。
そして、ユティの人柄だ。
いくら俺に好意を抱いているとは言え、自殺行為とも思える俺のアベル攻略へ同行するという優しさ。それはもう、まさに女神のような優しさだと言えるんじゃなかろうか。
俺は改めて納得した。
「ちなみに、俺の体が全快しているが……まさか治癒魔法を扱えるのか?」
見たところ、異階層主があの壁を越えることは無さそうなので俺はユティに質問することにした。
「うん。"女神の加護"っていう治癒魔法だよ。その……この魔法はロワ君に対してしか使えないみたい。体力、魔力、状態異常、その他全てを正常値へ回復させるみたい」
「……………」
色々とおかしい。
……規格外過ぎる。
まず、今もなお異階層主を足止めしている結界魔法の効力だ。第99階層級以下の敵を寄せ付けなくする結界なんて、『どうぞ100階層までは一気に上がって下さい』と言っているような物だろ。
そして、さっきユティが言っていた治癒魔法。
俺に対してしか使えないと言っていた理由は、何となく分かる。
その話は置いておいて、この治癒魔法の効力。
この魔法は、対象が一人に固定されている所を考えると、妥当と言えなくもないが、体力に魔力、状態異常まで全快させるとはやはり、規格外だ。
だが、俺が言いたいのはそんな事じゃない。
ユティの手にしている武具は"女神の長剣"だ。
"長剣"なのだ。
"杖"でも"錫杖"でも"魔導書"でもない。
俺の知る限り、"長剣"や"大剣"、"槍"といった武具の適性を持つ冒険者は魔法を使えない。
俺だってそうだ。
しかし、ユティは使っている。
これはいったいどういうことだろうか。
この"女神の長剣"の適性を持っているユティは……これまでの巨塔 の常識を覆している。
106階層という上層の、滅多に戦利品を残さない"階層主"の希少戦利品。
更に上層には、もっと特殊な武具が存在しているのかも知れないな。
俺達冒険者は、この巨塔のことをそれなりに知っているつもりだが、実の所は、何も分かっていないんだ。
……知りたい。
俺は、この"巨塔"のことを、もっと知りたい。
自然と俺は笑っていた。
とはいえ、今はこの異階層大広間から脱出することが先決だ。
「ユティ。あの異階層主を、お前が倒すんだ」
しっかりと、ユティの瞳を見据えながら俺は言った。
一瞬だけ目を見開き、怯えたような表情をしたユティだが、その瞳は真っ直ぐに俺の視線を受け止めた。
「わかった。ロワ君お願い。教えて? 私に、冒険者の闘いを!」
そう言うユティの瞳は相変わらず綺麗な金色で、彼女の左手には冒険者なら誰でも刻まれている、自身の"最高到達階層"である数字が輝いている。
ユティは
――冒険者だ。
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